プロローグ
その昔投稿して最終候補からの出版目指し色々弄ってたけど最終的にハネられて出せなかったやつです。
一応ある程度までまとまっているところまで毎日投稿します。
―――金剛寺学園 校則 序文 金とは使うものである。
「お腹―――空いたな」
少し、意識が飛んでいたようだ。
余りの空腹で朦朧とする意識の中、僕は待っていた。
僕からお金を借り、僕から働く場所を奪い、追い出した彼らの「絶対に返すから」の言葉を信じて。
僕の名前は葉山信士。
信を司る者、という意味で僕の父が名付けてくれた。
僕の父、葉山信太朗は「人を信じる者が人の上に立つことが出来る」を信条に自分の会社葉山食品を一流企業に育て上げた。
僕はこの名前を気に入っており、僕自身も人を信じ、敬い、真面目に行動することで何かが成し遂げられるはずだと信じていた。
―――そして、その信念を貫いた結果、今僕はこの青空の下で飢え死にしかけている。
僕は、この『学園』に来る前のことを思い出していた。
◆
「これを読みなさい」
父の部屋に呼び出され、入るなり見せられた一枚のパンフレット。その表紙には『金剛寺学園へようこそ』と大きく書かれていた。
部屋には父の他にもう一人、パリッとしたスーツを着た黒縁眼鏡の中年男がニコニコ顔でソファに座っている。
「初めまして。私、金剛寺学園管理課の前野と申します」
そう言うと男は立ち上がり、僕に深々と頭を下げ名刺を差し出して来た。
「貴方に是非、金剛寺学園へと入学して頂きたいのです」
「金剛寺―――学園?」
僕は手渡されたパンフレットをざっと見る。
そう、僕は本当にざっと、十秒もかからずに十数枚分の学園の紹介文を読み切った。
「なるほど、大体分かりました」
「おや、今ので分かったのですか?」
「ええ、得意なもので」
僕は何でもすぐに覚えてしまう、瞬間記憶の持ち主だ。
写真に焼き付けたようにその光景を鮮明に頭の中から取り出せる。
この特技に気付いたのは5歳の時だった。一読した父の経済新聞の株価欄をそらで読み上げて周囲を驚かせたのがきっかけだった。
「金剛寺学園は生徒自らが学園内で商いを実践し、正しく経済活動を学ぶ場所である。ですか?」
僕は学園の成り立ちから、理念、そこに書かれていたことを数ページ分抜き出し暗証してみせる。
「その通りです。いやあ素晴らしいご子息をお持ちですね」
そう言って前野さんは父に向かって微笑みかける。
『金剛寺学園』
金剛寺グループという会社により建てられたその学校は東京都の南東の孤島に位置し、その中で生徒たちが自ら金を稼ぎ、卒業までの間に経済を学ぶという、経済の専門学校のようだった。
さらに、金剛寺学園は、今回の誘いのように、僕みたいな企業の御曹司を優先的に入学させているようだ。
なぜならパンフレットの中には卒業した大企業の社長子息や幹部のコメントが連なっていて、どれもこの学園を褒めちぎるものだったからだ。一部その筋では有名らしいと後に父から聞かされた。
「ここで差をつけられるわけには行きません。経営者として適性なスキルを身に着け伸ばすのにうちより素晴らしい学園はありません!」と前野さんは力説していた。
「お前が決めなさい」
父はそう言って僕に決意を促した。
僕の中では答えは決まっていた。
こう言う時の父は僕に期待しているのだ。
経験を積み、立派な経営者となって帰ってこいという、無言のエールなのである。
その信頼に応える言葉はこれしかなかった。
「入学します」
その言葉に後悔はない―――はずだった。
桜舞う季節、僕は期待に胸を膨らませ、学園のチャーターした大型船にゆられ、金剛寺学園を目指していた。
僕はこの春、金剛寺学園普通科に入学する。立派な、父のような経営者になる為に。
デッキに上がり、雲一つない青空と穏やかな海を見つめながら、僕はこれからの未来に思いを馳せていた。
「よう、お前も新入生だよな?」
「ん、ああ」
僕は同じ新入生らしき一団に声を掛けられた。
お互い、真っ白な新品の制服に身を包んだ者同士、新入生以外には有りえないだろう。
この時、声を掛けて来た面子と、学園の二回生とで作った最初の部活―――そう、学園では会社とは呼ばず、全ての経済活動は『部活』として扱われている―――で僕は経理に携わり、持ち前の記憶力と、それに付随する計算力の高さで成果を上げることになるのだが……。
「俺は中谷って言うんだ。これから一緒に生活する仲間だろ?宜しくな!」
そう言って握手を求められ、僕はそれに応える。
金剛寺学園は全寮制だ。ちなみに携帯も圏外で、学内でしか通話は繋がらないらしい。基本卒業まで自由に外部との連絡は取れないのだ。身内に不幸でもあれば別だがそれ以外では島外に出ることもままならない。
一部成績上位者は本土に戻ることも許されているらしいが、今からそれを期待してもしょうがないだろう。
こんなところに居たら娯楽が無くて逆に不便だろうって?
ところがどっこい、この島の中にはありとあらゆる施設が用意されているのだ。
東京ドーム何十個分だか忘れたが、それだけの敷地の中には娯楽施設も、商業施設も潤沢に用意されていた。
下手をしたら東京の歓楽街よりも遊ぶ場所が多いかもしれない。
そして、恐るべきことに、その殆どが『生徒』によって運営されていた。
商売はすべて、部活動として扱われ、様々な業種がそこに根付いていて、過去立ち上げた部がそのまま運営している長い商売もあるらしい。
もちろん新規で商売を立ち上げるのも構わない。それこそ、何百という部活が何千という生徒によって運営されている。
そしてそのせいか、卒業後も学園に残る人間が多いのだと、前野さんに聞かされた。
この中の生活が楽しくて、学園に就職し、運営していることもあるのだという。
学校見学会で一度来た時に見たが生徒は皆一様に一生懸命働き活気に満ち溢れていた。
この学園のタイムスケジュールを見て驚いたのだが、午前中は通常授業、午後は実地で商売をする時間なのだそうだ。しかも商売の売り上げが良ければその午前中の授業ですら免除されるそうなのだ。なんとも大胆なシステムではないか。
そしてその核を成すのが学園専用独自通貨『円帝』である。
プリペイドカード型の通貨と電子マネーの併用により学園内で流通しており、自販機から商店、全ての場面の支払いで有効である。
そしてもう一つの根幹に、税の存在があった。
ほぼ日本と変わらない税金の仕組みが適用され、経済が廻っている。
そう、ここにはもう一つの社会が存在しているのだ。
この中で僕は成長し、いつか父のような経営者になる。
「おい、見えて来たぜ!」
誰とはなしにそう声が上がった。
波間の先に学園のある島が見えて来たのだ。
僕はその決意と共に、それを見つめたのだった。
◆
―――どうやらまた少し、意識が飛んでいたようだ。
今はもう、新緑の季節だった。
そう僕は、立ち上げた商売には成功した。
だが、僕は―――考えたくないことだが、裏切られた……んだと思う。
皆で作った部で業績を上げ成功させたと同時に、僕はすべてを奪われ、追い出されたのだ。
『必ず呼び戻すから』『必ず返すから』『何かあったら絶対に助けるから』
彼らはそう僕に言っては、何も返してはくれなかった。
思えば、僕の人生は友人に何も返してもらった記憶がなかった。
玩具を貸せば返して貰えない。
お金を貸せば返して貰えない。
自由研究を見せればそのまま提出される。
お弁当のハンバーグを一口欲しいと言われ渡せば一口で全て食べられる。
僕の元には、何も返って来たことがなかったのだ。
それでも僕は、愚直に信じていた。
いつか、そう、いつか僕のこの思いは返ってくるのだと。
ただ、同じ部の彼らが僕にくれたものと言えば、知らずに押し付けられた借金だけだった。
僕名義の借用書の明細だけが、僕が部を去る際に渡されたものだったのだ。彼らは勝手に僕の判子を利用し、借金をしていたのだった。
その借金のせいで僕は生活に困窮し、今に至っている。
周りにいた級友が僕を助けてくれるのかと思ったが、誰もそんな人間はいなかった。
この学園には一応生活保護の制度は存在していたし、バイトもあったがとある事情で低賃金の仕事しか回ってこなかった。それでは借金などおいそれと返せるものではなかった。それに一旦生活保護を申請してしまえば、労役が課せられるという。
しかも労役に行った者は二度と帰ってくることがなく、この金剛寺学園の地下で、どこかのギャンブル漫画宜しく、重労働を課されているという噂がまことしやかに流れていた。それが嫌なら、退学するしか道がないと言われ、労役前に学校を退去する者もいたそうだ。
退学たい―――そう思ったこともあったが、僕には父の信頼を裏切ることは出来なかった。
結果、食うに困り、着る物も着ず、パンツ一丁で金剛寺学園学舎横の草むらで天を仰ぐことになった。着ている物も無ければ校舎に入ることもままならない。
そこで――学校の連絡掲示板に、僕がここに居ることは書き残しておいた。
「借りたものを返して下さい」と言葉を添えて。
それを見た、僕の知り合いが、助けてくれることを信じて。
しかし、待てど暮らせど、そんな人物が現れることは無かった。
―――心が、ぐらついているのが分かる。
自分の信念が、自分の死を前にして崩れ落ちていく音が聞こえる。
「死んだら天国行きだと、いいな……」
草むらにうつ伏せで倒れ込みながら、そんなことを考えていた。
―――人を信じた結果、死んだとしたら父は評価してくれるのだろうか?
……いや、もうそんなことを考えているのも……眠い。
寝よう…目を閉じればきっと……暖かい服も、ご飯も……。
……ペロッ
「?」
顔に何か温かいものが触る。というかこれは……舐められた?
薄目を開けて横を見ると、大きな、犬の顔が視界に入って来た。
「……パ○ラッシュ?」
思わず世界名作劇場的なシチュエーションと自分を重ねてしまう。
ここにルーベンスの絵などなく、近くの建物の壁にう○この落書きがしてあるくらいなので激しく情緒には欠けるが、そうか、これが天国からのお迎えか、と僕は思った。
「僕もう眠いんだ……。だから、えーと、天国へ連れてってくれるかい?」
ガブッ
痛い。今度は頭を咬まれた。てか僕は餌じゃない。まだ死んでない。いや、それとも天国へ連れて行ってという言葉を実行すべく、とどめを刺そうとしている忠犬という可能性も否定できないが、出来れば痛いのは勘弁して頂きたい。
「……拾い食いは駄目だぞ?」
「!?」
ふと、くぐもる様な女の子の声が聞こえた気がした。
その声から一拍を置いて、僕の頭は痛みから解放される。
顔を上げて声の方を見ると、深く暗い瞳をした女の子が様子を窺がうように僕を見つめている。
彼女は膝上までを薄紫色のケープで包み、長く伸ばした黒髪を両サイドで纏めて無造作に垂らしていた。全身をケープで覆っているためスタイルは分からないが、ケープからチラリと見える手足は細くしなやかで、まるで妖精のコロボックルが少女サイズになって僕の元に現れたかのような印象を受けた。もしかして、彼女が天の使いか何かなのだろうか?
「あの……貴方は?」
その女性は怯えたように後ずさりをする。
それもそうだろう。今の僕の見た目は完全に変質者に近い。
しかし、彼女は意を決したように僕に近づいてきた。
そして意外な行動を起こした。
「くん、くん」
「あ、あの、何を……」
何とその少女は顔を近づけてきて僕の匂いを嗅いでいるではないか。
余りにも顔が近くて、僕は戸惑う。僕に気でもあるのではないかと錯覚する。
しかし、彼女の口から出てきた次の言葉は意外なものだった。
「……イチ、運ぶぞ」
「へ?」
その言葉を聞いた瞬間先程の犬が乱暴に僕の首に噛みついた。
「!!!???!?!?!???!」
く、苦しい……死ぬ!?
牙は立てられていないが思い切り首を絞めつけられている。力の限りもがこうとしたが、腹ペコの僕の体には抵抗する力は残されてはいなかった。
僕は犬に引きずられ意識を失いかけながら彼女の調子はずれの鼻歌を、聞いた……気がした。