岩を転がす
誰にでも愛される姫になりなさいと言われ育てられた。
でも、本当にそれでいいの?
「姫、何ですかそのはしたない格好は!」
「私はこれで行くの、だって──」
異世界から来たというあの方は私に愛と平和の尊さと、岩を転がす事を教えてくれた。
魔族の侵攻により我が国は危機に陥っていた、圧倒的な兵力の前に軍はほぼ壊滅。このままでは国が滅びてしまう。
しかも国王である父は心労のせいで病に伏し、国の指揮を執る者もいない。
そこで私に白羽の矢が立った。王権を継がせ魔族の王とやらと婚姻し、実質的な支配権を譲る手はずらしい。
それが一番国民に被害が出ない方法なのだと。
それでいいのか? と私の中であの方が言う。
誰にでも愛される姫、それが敵にでも? 誇りを捨ててまで愛される必要があるのだろうか。
この戴冠式は賭けだった。
寺院の扉が開くと満場の喝采と熱気が押し寄せる、正面の祭壇で教皇が冠を手に待ち構えていた。
でも私の姿が目に入ると寺院は中は静まり返る。
クシャクシャにした髪、真っ黒で体に密着したドレス、牛の鼻輪を繋げた謎の飾り。これは全てあの方に教わった物。
私は静まった寺院の中央へ走ると、弾けもしないリュートをかき鳴らして叫んだ。
「ロックンロール!!」
戴冠式は大失敗に終わった。
「姫様、どうなさるのですか」
「ロックの精神よ、岩を転がすの」
そう言うと爺やは泣き出した。今頃、麻疹にかかった様な私の姿が痛ましく見えたのだろう。
それでも私に迷いはなかった。
あの方──、異世界から現れ国を救うとされた勇者。ただそのイメージは余りに異なっていた。
病的なまでに細身な体・逆立ちしたような髪、異国のリュートを手にいつも歌を口ずさんでいる。
素敵な方だった、でもあの方は押し寄せる魔物の前で『ラブアンドピース!』と叫びながら袋叩きにあって亡くなったのだ……。
「爺や、私は行くわ」
「姫様……」
「ロックのお祭りよ、フェスと言うらしいの」
冷たい目で民衆は私を見送った、この姿は死神のように見えたのかもしれない。
思わず笑みが漏れる。誰にでも愛されるなんて、やっぱり無理ね。
城を抜け、道を駆けると岡の上にズラリと魔物の群が迫っていた。
私にあるのは鉄製のリュートが一つ、そして私と命を共にする側近の者が数名。
後悔はない、私のシャウトと共に皆が敵に向かって飛び込──。
その時、背後から爺やの声が響いた。
「姫様! 民衆が武器を手に立ち上がりました!」
「……岩が、転がった」