禁じられた遊び
二人きりで、と、飲みに誘われて、何にも気づいていないような笑顔でうなずいた。計算通りだ。私が見ていただけの視線が、最近、合うようになっていた。
自分一人じゃきっと入らないようなレストランで並んで食事をして、冷たい辛口の日本酒を軽く飲めば、気分がよくなって、探るように膝に触れてくる相手の膝も嫌な気にはならない。
「最近どう?」
「えー?」
「何か、悩みがあれば聞くよ」
「悩み、ですねー?」
しなだれかかるようにとまではいきすぎず、ただ首をかしげるよりは体を彼に寄せて、考えるそぶりをする。
ちらりと上目で見れば、あちらも私を見ている。どうしたいとか、どうなりたいとか、たぶん、私の思い違いではない。
上司である彼の奥さんは専業主婦で、私は彼女のSNSでの様子を知っている。そのアカウントを見つけたのは偶然だったが、彼女が彼の奥さんであると知ってからは、ずっと、いわゆる観察対象として眺めていた。我ながら悪趣味だ。
彼女は、馬鹿だ。素人に身元を特定されるような投稿を繰り返している。それに無知だ。自分がどれだけ夫に、子に、家に尽くしているかを語る。愚かだ。自分が必要とされていると、無意識では信じきっている。昔の愛は昔のもの。忌み嫌うような冷たい目を向けられて、冷めない愛があると?
家庭で心穏やかに過ごせない男が、自分を慕ってくれて柔らかな女に心揺らさないわけがない。浮かんでしまったその夢想を、現実にしてしまうかどうかは、ともかく。
「でも、こんなこと、相談するのも、何というか……」
「君が嫌でなければ、聞かせて。今夜は、何でも聞くよ」
微笑みに対して、私はふわりと視線を浮かせる。すっとした鼻筋。大きくはないが、くっきりした二重の目。シャープな線を描く輪郭。触れてみたくなる。
奥さんは、可哀想だ。今、自分の手の中にあるものを、今、自分を形作る世界を、愛せないなら。それでは、何を手に入れても、いつまでも足りることがない。
「どうした?」
「……他人のものに、恋なんてしちゃ、いけないのに」
一瞬だけ目を合わせて、伏せる。おそるおそるといった風に手を太ももへ伸ばせば、捕まる。
ああ、奥さんは可哀想だ。
私なんかに目をつけられて。
この玩具はいつまで遊べるだろうか。でも、まあ、楽しければそれでいい。ダメになれば、壊すか逃げるか死ねばいい。誰がいなくたって、世界は何も変わらない。私が死ねば、私の世界が終わることと同じ。生に意味がないことは、生きる理由になるという。だから私は、私の眠られぬ夜のため。