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6.未来高校生の日常生活⑥(シェナンドーの夜)

6.未来高校生の日常生活⑥(シェナンドーの夜)

「ただいま」

思いのほか作業に熱中していたみたいで、

図書館を出て家に着いたのは6時を回っていた。


母親がいない家庭ながら、小ぎれいに整理整頓された玄関を上がると、

キッチンからひょこっと顔を出したのは弟のアユム。


「お兄ちゃん、おかえりなさい!今夜、晴れるかなあ」


『今夜の降水予定はありません。』

「星は見えるかな。」

『はい、8時から12時にかけて雲一つありません。

 キレイな天の川が見えるでしょう。』


オレはグッ!とアユムに親指を立てみせると、「わーい!」と喜ぶ。

小学生のアユムには、データ蓄積用のスマコンは与えられるけど、

スマコンを通して自分から情報にアクセスすることは法的に許されていない。

中学生になってようやく情報にアクセスできるようになるが、

耳のスマコンではなく、腕にはめた"インタフェース"からのみに制限されている。


「おかえりなさい!先に食べちゃって。今日ユリカちゃんが来るんでしょ。」

あ、そうだった・・・。


仕事から帰ったそのままの姿にエプロンをして

キッチンに立っているのは、姉のチアキ。

5年前に母親が他界してからは、

ずっと母親代わりとして尾瀬家を支えてくれている。

しかも医者として働きながら。


2186年の今日現在、

医療事情は量子ゲートコンピュタが実用化されたことで飛躍的に進歩した。

患者の体内にマイクロマシンを注入し、それから得られる体内のリアルタイムの情報と

以前の行動記録とを融合し、様々な化学物質や医療手段について

数億通りのシミュレーションを瞬時にやってのける。


スマコンを経由して日々蓄積される活動記録と定期健康診断の結果さえあれば、

不慮の事故を除いて、余命判断もとても正確なのだが、自分の寿命が分かることになるので

医者以外はその情報にアクセスできない。


このような世の中において医者や看護師がやっていることは3つ。

一つは、AIと量子コンピュータが導き出した病気への処置の正しさの最終確認、

一つは、依然として完全ロボット化は困難な手術やお産、

最後に、患者の精神的ケアだ。



宇宙連絡船のおもちゃを手にしてテーブルの周りを走り回っているアユム。

「キュイーン、本船は間もなく第3コロニーにドッキングします」


「ほら、アユム。箸を並べてよね!」

アユムはおもちゃをテーブルに置くと、

チアキから箸を受け取って渋々テーブルに並べ始める。


その時、チアキが右耳に手を当て、目がその時だけ仕事モードになる。

「・・・了解。」


「大変だねえ、病院からの緊急連絡?」

「あ、いや、連絡委員の伝達通信。」

「そっちか。まじ姉ちゃん大変だわ。医者と連絡委員の掛け持ちなんて」

「まあAIが全て選んだんだからこれで良かったのよ。実際、私忙しいの嫌いじゃないし」


◆◆◆◆


現代社会の人々は、

職業と地域という2つのコミュニティに属する。


世界全体が完全AI化され、情報の非対称性が完全になくなった今日(こんにち)

全ての利害関係はAIで個人単位で情報共有され、平準化され、

世界に住まう60億人がもっとも幸せな状態、パレート水準に収束していく。


21世紀まで争いが絶えなかった「国」というものは

もはや政治調整の場としての役割を終え、

同じ文化的な背景を持つ人たちの集まり、という意味でしかない。

伝統的な価値観を共有する緩やかなつながりであり、

必ずしも動物学的な「人種」とは紐づかない。


国という概念はまだあるので、「国家元首」ももちろんいる。

ただ、どの国でも特に権限はなく、名誉職でしかない。

国民から文化の中心として位置づけられ、尊敬される象徴としてのヒトなのだ。


情報の非対称性がなく、

社会はパレート水準に収束しているので、戦争もない。

つまり、「軍隊」なるものも存在せず、

過去には膨大な費用が支払われていた軍事費は、

いまや生活のためにフルに利用されているのだった。


このように、「国」の政治的な役割が後退した社会において

人と人のつながりを担っているのが「連絡委員」だ。


連絡委員は、独立した職業ではない。

医者の職業コミュニティに属する連絡委員、

バスの運転手に属する連絡委員、銀行に属する連絡委員

というふうに、各職業に一定の割合で存在する。


連絡委員は、自らが属する職業と地域の事情をさまざまな観点で分析して、

連絡委員どうし連絡しあう。もちろんAIにも。


たしかに日常生活においては、

世の中のすべての情報を総括してAIが人々に行動の選択肢を提示するわけだが、

その選択肢がおかしなものにならないように、

人間的な価値観でAIの学習を促すのが連絡委員だ。


AIに意思はない。

全ての人間の行動や過去の社会の記録から、

統計上これが最も適切と思われる道を示すだけだから、

たまには「人としての思い」をきちんとインプットしてあげないといけないわけだ。


たしかに、人間である連絡委員どうしは、

AIと違って情報の非対称性が完全に排除できず、

意思の疎通ミスのリスクも存在する。

しかし、AIが学習しきれない人間のファジーな部分も

介在させることが重要なのだ。


連絡委員は中央政府的なものはなく、

任命についても特にルールはない。

ただ、中学生の頃、適正職業が提示される際に、

AIから「連絡委員になってはどうでしょう」と提案されるだけだ。


◆◆◆◆


家族3人で夕食をとっていると、父親のススムが帰ってきた。

ススムは銀行勤め。

この世の中において残業なんでものは時代遅れの産物だが、

金融業はいまだに残業が多い。


「おかえりなさい」

「ああ、いつもありがとう、チアキ。それと、タキオ、お客さんだぞ」


ススムの背後から顔をのぞかせたのはユリカ。

「こんばんは、ちょうどお父さんと出会ったのでおじゃましました」

「うわーい、ユリカお姉ちゃんだ」

相変わらずの弟への好かれっぷりは、ユリカの母性本能がすごいからか。


「ちょっと早くないか?」

テヘッという顔をオレに返すと、勝手にパタパタと2階に上がっていった。



夕食を終えて2階のベランダに立ったオレとアユムは、

そこにある天体望遠鏡を覗きながら歌を口ずさむユリカを見つけた。


駆け寄るアユムのために足置きを持ってきて

天体望遠鏡ののぞき窓の下にしてあげるユリカ。


「ほら、織姫さんと彦星さんが天の川を挟んで

 どんな会話をしてるんだろうね」

アユムの頭をなでながら、またあの歌を口ずさむ。


 "Shenandoah(シェナンドー), I long to see you,

  Away you rolling river.

  Cross the wide Missouri(ミズーリ)..."


「この歌、カグヤおばちゃんがよく歌ってくれてたよね、私たちに。」

天文学者だったオレの母親は、

幼馴染のユリカを誘ってよく天体観測をやっていた。


歌手として職能訓練を受けているユリカの声はどこまでも澄んでいて。

その声の中に、母さんの声を聴いた気がした。


(この曲は、アメリカの古い歌で、開拓者の青年が、

 ネイティブアメリカンの女の子に恋をした歌なの。

 でも、二人とも生きる社会が違うから結ばれることはなくて。

 ただ、ミズーリ川を挟んで両岸からお互い会える日々を祈る、そんな歌。

 まるで織姫と彦星みたいで切ないでしょう)


それを聴いたユリカは、涙ぐんでたっけ?

いつまでも感受性が強いヤツだ(笑)。


洗い物を終えたチアキとススムも上がってきた。

「おっ、今日は空気が澄んでる。母さんが生きてたら、きっと驚くよ。

 『まぁ、東京でこんなにきれいに天の川が見えるようになったの』ってね」


その時、昼休みに志賀さんが言ったように、

一艘の宇宙連絡船が天の川を渡るのがはっきりと見えた。


いつまでもこの平和な日々が続けばいい、

そう思うオレの一日が終わった。


<続く>

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