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5.未来高校生の日常生活⑤(図書館の午後)

5.未来高校生の日常生活⑤(図書館の午後)

古本の"すえた匂い"が立ち込める図書館に着いたのは午後1時半。

いまどき珍しい紙媒体の本が、1階の隅から隅まで木の本棚に

きっちりと陳列されている。


1階の窓という窓は本棚で埋め殺されているため、

吹き抜けとなっている2階の窓から差し込む初夏の光が、

ほんの少しだけ柔らかくなって、図書館全体を包み込む。

あちらこちらの机で作業をしている同僚たちが、

その光の中に浮かび上がる。


図書館の中を一歩ずつ進むたび、

オレの中に幾千もの活字の波が流れ込んでくるように思える、

この瞬間がたまらなく快感だ。


今日の午後は職能訓練。

クラスのみんなは、それぞれが将来"就職"するであろう

分野の職場に訓練に行く。


レオナは空港、ユリカはコンサートホール。

志賀さんは大学、穂高は運動競技場、といった具合に。


それぞれの適正職業は、各自のAIが、

幼少期からのあらゆる行動をもとに得意分野を割り出し、

本人にとって社会にとって最も「適切」と思われるものを提示する。


もちろん、人間はその判断に必ずしも従う必要はない。


しかし、大多数の人々がネットに接続し、

各自が所有するAIに従う「完全AI化社会」においては、

AIが導く「最適解」がたしかにその人にとって最良のものであることがほとんど。

よほどの"あまのじゃく"な人でない限り、AIに従う。


人々はみんな、AIが予測する将来こそが

いちばん幸せな人生に導いてくれると信じているのだった。


レオナは、宇宙連絡船の運転士、

ユリカは歌手、志賀さんはコンピュータプログラムの研究者、

学級委員長の穂高はテニス選手。


今の高校生たちは、

「将来の夢」はAIが与えてくれるものだと信じているし、

自分で何をしたいのか、積極的に考えることもあまりない。


そんななかオレは、本をほとんど読まないのに

なぜか学芸員が適正と判定されてしまった。

本の面倒を見ることが、オレ自身にとっても社会にとっても良いことらしい。

その理由はAIのみ知るものであり、人間であるオレにはわからない。



学芸員の仕事は、

21世紀のそれに比べると仕事の範囲はかなり広く、

世の中に出回る図書の管理だけでなく、

かつての出版社のように、書物の制作や製本も行う。


古い資料をスキャンして、デジタルアーカイブス化したり、

傷んでいるものを修復するのも、重要な仕事だ。


オレは、この仕事をこう(とら)えている。

機械による平準化の影響を受けない、

人間の「生の記憶」を受け継ぐ仕事だ、と。


当然、機械の平準化を受けるまえの人間の記憶は、

どれも非効率なものばかり。


過去の書物をひも解くたびに目にする

あいまいな感情による"やっかみ"や嫉妬、

コミュニケーション不足から生じる怒りや悲しみ。

その果ての絶え間ない争いや戦争。


しかし思う。

人間とは、こうまでも感情豊かだったのか、と。


◆◆◆◆


22世紀末の今日(こんにち)

紙の本は、児童書や研究書くらいで、

それ以外はほぼデジタル化されている。


資料を探しに、

わざわざ図書館に足を運ぶ人は皆無。


図書館の一番奥まったところにある職員控室で

自分のエプロンを手にすると、今日の業務内容を確認する。


スマコンのエミリちゃんが事務的に言う。

『今日の業務は、キュレーションです。

 2階の第3資料編纂(へんさん)室にいる

 浅間ユウジ学芸員に接触してください』



「失礼します。」

資料編纂室に入ると、

うずたかく積まれた資料の向こうから人のよさそうな

30代半ばの先輩学芸員、浅間さんが顔を出した。


ヨレヨレのエプロンに無精ひげを伸ばしていながら

チョイ悪な雰囲気を帯びたそのオーラは、

学芸員の中でも異色な存在だった。



「おっ、今日は尾瀬くんか。」

集中するために仕事中はスマコンを外している学芸員が多く、

浅間さんも同じ。だから、今日自分のパートナーが誰かを知らない。


浅間さんはエプロンで手をパンパンと払うと、一枚の紙をオレに手渡す。

「これだけ拾っていけるかな。」


そこには、

膨大な数の資料の名前がリストアップされていた。

それらは、日本の19世紀末から20世紀初頭にかけての

国家機密文書、著名な小説、新聞記事、町内の回覧板、

果ては一般人の手紙まで。


「明治時代ですね。どういうキュレーションをすればよいでしょう」


キュレーション、それはネットで検索されそうなキーワードについて、

有用だと思われる資料にインデックス、つまり目次をつけていくこと。


ある人が何かの調べものをするときスマコンのAIに調べさせるわけだが、

膨大な情報を一つ一つ洗っていくのはネットに負荷をかけてしまう。

そこで、信ぴょう性が高く、その情報を知りたい人に有用と思われる資料を

あらかじめリストアップしておけばよい、というわけだ。


「ふふん、尾瀬くん」

もっともらしく咳払いをすると嬉しそうに話した。


「来年日本で開かれる行事とは何だろう?」

「あ、世紀末博覧会ですね。」


「そう、世の中の人々も、過去の世紀末に何が起こったのか、

 どういう時代だったのか興味を持ち始めると思うんだ。

 だから、人々が一斉に検索をし始めてもネットがパンクしないように、

 あらかじめ資料は整理しておきたくてね。

 特にこの時代は、アナログ情報はたくさん残ってるのに整理されてなくて、な。」


300年前かぁ・・・。

完全AI化による社会の大変革を、

明治維新前後のそれに投影できるような気がした。


「ちなみに僕は、20世紀末をやってるんだけど情報量が多くて大変だよ。

 キュレーションのやり方はもう教わっていると思うけど、

 検索してきた人が、その概要と信頼性がわかるような見出しを資料ごとにつけてほしい。

 僕がリストアップした資料はあくまで例だから、できる限り多くの資料にあたってほしいな。」 

「Copy that!(了解です)」


<続く>

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