勇者との出会い
「ここは一体?」
俺の目の前に知らない景色があった。
辺りには広大な草原が広がっており、綺麗な山々が連なっていた。
空には見たこともない鳥のような竜のような生き物が飛び交っていた。
俺はジーパンにチェックシャツというラフな格好で外出していた。
服装はそのままで、いつもかけてるメガネも身につけていた。
俺の名前は佐渡隆太。
今年で二十四歳で、とある電機メーカーに勤務しており、今日は休日のため、遠出するために電車に乗りこもうとしていた。
不注意で線路に落ちたはず。
確か、電車に轢かれて死んだはずと思っていた。
まさか、ここはあの世だろうか?
俺は適当に未知の世界を歩くことにした。
緑が生い茂っており、見てるだけで心が安らいだ。
こんな風に自然風景を見るのを楽しめることができたのはいつ以来だろうか。
進んでいくと、やがて深い森に入っていった。
森の中は少し不気味で、何かに監視されているような気がした。
「やべぇ......怖いな。戻ろうかな」
一度来た道を戻ろうとし、振り向いた時、大きなゴリラのような生き物が立ちはだかっていた。
毛深く、さらに普通のゴリラとは異なり、毛は赤かった。
「うわ!」
俺は後ろに飛び上がった。
「お前? 魔王様の敵か?」
なんとそのゴリラは流暢な日本語で訊いてきた。
「い、いや違います」
敵意がないことを示そうと思い、敬語で話すことにした。
「そうか。まぁ、いい。腹が減ったしお前を食べることにする」
「ええー!」
酷いにもほどがある。
出くわした直後に食べようとするなんて。
知らない世界にきたと思ったら、ゴリラに食べられましたってか?
「い、嫌だ!」
俺は食べられないようにダッシュした。
地面が凸凹していて、結構走りにくかったが一心不乱で走った。
しかし、ドドドドとゴリラが追いかけて来る音がした。
あっという間に追いつかれ、肩を掴まれ、ポイと後ろに投げられた。
「いたた......」
俺は尻餅をついた。ジーパンの尻の部分が泥で汚れた。
「悪いが逃さんぞ。お前はゆっくりと味わって食べてやる」
「くそ!」
一か八かやってやるか。どうせ一度は死んだ身。
俺はゴリラの元へ走り出し、腹にパンチをしてみた。
すると、ゴリラは軽くだが、吹っ飛んだ。
ゴリラはすぐさま体勢を戻した。
「ごぉ! お前、なかなか強いな」
ギロリとゴリラが俺を睨みつけてきた。
だがいいぞ。元の世界では喧嘩一つしたことない俺だが、この世界ではそれなりに強いようだ。
「今度はこちらから行くぞ! うん?」
ゴリラが俺の後ろの方を見つめた。
なんだ? と思い、後ろを振り向くと、銀の鎧と金色の剣を持ったやや長めの金髪の人がこちらに近づいてきた。
「お前、ゴー・リラだな?」
「ああ。そうだ。お前、魔王を狙う勇者か?」
「そうだ。魔王の手先のお前を斬らせてもらう。そこの者、危ないから下がっていろ」
勇者という人にそう言われ俺は下がった。
顔は中性的な顔立ちで男か女か分からないが勇者というからには男なのだろうか。
「勇者よ。お前を倒せば魔王様への俺の評価が上がる。全力で行くぞ! ジャイアントパンチ!」
なんとゴー・リラというモンスターの片腕が大きくなり、パンチが勇者に飛んで行った。
しかし、勇者はジャンプし、巨大化した片腕の上に乗っかった。
「何?」
ゴー・リラが驚いた様子を見せている。
「終わりだ......」
勇者は片腕の上を走り、軽く飛び、着した。
飛んでから着地するまでの刹那の時間、勇者は軽く剣を振り切り、ゴー・リラの首を切り落とした。
首から上を失ったゴー・リラは大量の血が流れた。
「うわ!」
思わず声を上げた。おぞましい光景に思わず倒れそうになった。
「大丈夫か?」
勇者が俺のことを心配して駆け寄ってきてくれた。
「ああ。ありがとう。助けてくれて。えーっと、勇者さん」
「礼には及ばない。私の名前はマリサという。あなたの名前は?」
「佐渡隆太だ。よろしく」
「さわたりりゅうた......変わった名前だな」
「あはは......」
この世界では珍しい名前なのかもしれない。適当に笑ってごまかそう。
俺とマリサは一緒に歩くことにした。
「マリサ、魔王ってのはどんなやつなんだ?」
魔王のことを訊くとマリサは険しい表情を浮かべた。
「非常に恐ろしく残酷なやつだ。私の村の人たちを皆殺しにしてしまった。私は復讐のために魔王を倒しにいく」
「そ、そんなにやばいやつなのか......」
助けてくれたお礼に何かお手伝いしたいと思ったが、俺には魔王退治は手伝えそうにないな。
「ところで隆太はどうしてこんなところまでやってきたんだ? この森の中は魔族がでるってことで警戒区域に指定されてるのに」
「それが、気がついたらいつの間にか森の前の高原にいたっていうか......全く記憶もなくてな。それで、なんとなく森の中にはいって、どうしてあんなところにいたのか俺にも分からないんだ」
「記憶喪失ってやつか? 名前は覚えてるんだな」
訝しげな顔で俺の方を見てきた。やばい、まさか魔王の手先って勘違いされたかもしれない。
「そうだな......なぁ、俺のこと魔王の手先って疑ってる?」
正直に訊いてみることにした。
「いや、疑ってないよ。私には分かるんだ。悪いやつと良いやつの気配が。隆太には邪悪な気配を感じない」
「そうか、良かった」
「だが、悪いがこの森を出た先にある小さな町まで来たらそこで別れよう。魔王の城はとても危険な場所だ。隆太を連れて行く訳にはいかない」
真剣な表情でそう言った。
それもそうか。さっきの魔族に手こずってるようじゃ確かにマリサの足手まといになってしまうだろう。
「分かった」
俺はあっさり承諾した。
ゴー・リラを倒してから三十分後、ようやく森を抜けた。
「やっと出れたぁ......」
「そうだな。もう少しで町につく。もう一踏ん張りだ」
歩いている途中、それとなくこの世界について訊いてみることにした。
「なぁ、この世界に魔法使いはいるのか?」
「ああ、いるぞ」
あっさりとマリサは魔法使いの存在を認めた。
「へー、魔法使いを魔王退治のパーティに加えないのか?」
「加えない。魔王は強すぎるからな。誰も奴を倒そうとする奴はいない。魔王を倒せなければ報復として自分の家族はもちろん、住んでる町の人たちにも被害を与えられる」
想像以上にやばい奴だと思った。確かにそれは倒そうとするやつはいないだろう。
「私にはすでに家族もいないし、町の人たちも死んでしまったからな。失うものはない」
覚悟が違うと思った。
いや、マリサは復讐に囚われているのでなないだろうか。
「だけど、そんな強い相手にマリサ一人だけで勝てんのか? 相手は魔王だけじゃなく手下もいるんだろ?」
「それでも倒してみせる。刺し違えてでも。あの日から私は魔王を殺すことだけを考え生きてきた」
マリサは完全に復讐鬼となっている。
これは俺が何を言っても無駄だな。
そうこうしているうちに町に到着した。
町には洋風なお店が並んでいた。野菜を売っているお店、武器を売っているお店、獣人族とでもいうのだろうか?
犬耳をした、尻尾を生やしている人もいる。
まさにファンタジーの世界だ。
「マリサ、今日はこれからどうするんだ?」
「いつもは野宿していたのだが、今日は泊まる。泊まる場所を探そう。隆太の分も払ってやろう」
「え! そんな、悪いよ」
「だがお前、お金持ってるのか?」
「......」
俺は黙った。
「というわけで行くぞ」
この世界に来てからマリサにおんぶに抱っこの状態だ。
「ここがいいだろう」
マリサが見つけたのは古い木造建てでできた民宿だった。
看板があり文字が書いてあるが何て書いてあるか俺には読めなかった。
ちょっと古いが俺は奢ってもらう立場なので文句は言わない。
中に入ると、ぽっちゃりとしたおばさんが出迎えてくれた。
「いらっしゃい」
「すみません、シングルを二人分空いてますか?」
「あら、ダブルの方が安いのに良いのかい?」
意外そうな顔でおばさんが訊いてきた。
「ええ。構いません」
「了解、今用意するわね」
三分後、俺とマリサは部屋に向かった。
「なぁ、なんでわざわざ高いのにするんだ?」
「一応、私も女性なんでな。男と同じ部屋というのはちょっと」
照れながらマリサがそう言った。
「え! マリサって女だったのか?」
「気づかなかったのか?」
少し怒ったような顔をした。
「ごめん、勇者だっていうからてっきり男だと......」
「そうか、まぁ言わなかった私も仕方ないな」
少し気まずい雰囲気になりつつも俺は部屋に入った。
部屋の中はろうそく型のランプにベッドと、机という最低限のものしか置かれてなかった。
俺はベッドに横たわった。
いやぁ、疲れた......
この世界に来てからいろいろなことがありすぎた。
とりあえず、俺はこれから一体どうしたら良いのだろうか。
マリサと別れた後は何かしらの職につく?
元の世界にいた時は家電の設計を担当していたが、この世界にも同じような職業があるのだろうか?
分からない。
まぁ、ゆっくりと考えるか。
俺は眠ることにした。