第008話 取引と対価
ちょっぴり大人なお話
死神は寿命と引き換えに目を与えた
悪魔は体と引き換えに願いを叶えた
では魔を統べるものはどうなる?
どのような対価を迫られるのだろう
エルドラド城騎士団長室
ここ魔法都市エルドラドを中心に兵の派遣や国の治安維持、魔物の討伐に護衛など実に多種多様な任務をこなす集団のトップ。エルドラドにて特殊な権力を持つものにのみ与えられる一室はある種の禁域として扱われている。
そんな部屋にお呼ばれしてしまった次期魔王様ことアレン(偽名)は三回扉を叩いてから入室した。
「やあ。君がくるのを今か今かと待っていた。まずは呼び出してしまって悪かった。適当にくつろいでくれ。」
「では、お言葉に甘えて」
来客用と思わしきソファに腰かけるアレンは、簡単に室内を見渡した。まず最初の飛び込んできたのは赤い長髪を後ろで縛る胸の大きな褐色女性が一人。壁にはサーカスとの一戦で割り込んできた人物が着ていた鎧と手にしていた大剣。本や書類が乱雑に積み重なった机。棚に飾られた古ぼけた写真や骨董品などがあった。
「まさか団長様が女だとは思わなかったな。しかもかなりの上玉ときた。状況が状況ならこっちから声を掛けたんだがな。」
「よく言われるさ。あの兜に変声の魔法がかけられててな。男の声になってしまうんだよ。」
「そりゃは勿体ない。」
「女の声だと相手に嘗められるからね。専属の魔法使いに付与させて固定化させたんだ。」
団長は飾ってあった葡萄酒とグラスを持って、こちらの笑みを見せる。
「どうだい。君も飲むか?」
「遠慮しておく。」
「そうか。」
向かいのソファに腰かけた団長は、果物酒のコルクを引き抜くとそのままを直飲みした。
「んっ・・・んぐっ・・・ぷはぁ〜。うめぇなこれ。」
「・・・・・・・・・・・」
「んあ?あーー、あーあーあーあー。そうだったそうだった。すっかり忘れてた。」
何かを思い出したかのように態度が一変する。先ほどまでの酔っぱて尻を触ってきそうなスケベ親父っぽい雰囲気から幾千もの戦いを生き抜いた戦士のそれとなった。
「まずはBランクのライセンスだ。それから単刀直入に言おう。騎士団に入ってくれないか。」
「昼にも言ったが、今はコンビを組んでるんだ。断らせてもらう。」
「そう。私が君のことを人間じゃないって知っていてもかい。」
「!!?」
「先ほどの戦いで君が見せてくれたものを考えてみればわかるさ。力技での魔法付与、サーカスを吹っ飛ばす程の剣技、桁外れのスピード。これだけの実力がありながらライセンスの不所持。明らかに不自然極まりない。極めつけはあの破壊力。いくら風の魔法付与を使ったところで、あれだけ大きな傷跡を残せるというのは膨大な魔力を使っている動かぬ証拠。一発だけなら偶然かもしれないが、それが何か所にもあるというのは君が魔物であり、なおかつ上級クラスであるということに他ならない。違うかい?」
パチ、パチ、パチ、パチ
「見事な観察眼。さすがは騎士団長殿といったところだ。だがそれに気が付いたところでお前を消せば問題はない。」
「安心してくれ。私は君のことを公表しようなんて気はない。そもそも騎士団に入れというのは建前、最初から入ってくれないのはわかってたからな。で、本命は君との取引がしたいっていうところさ。」
「取引だと。」
「そう。エルドラドは発展には魔物という存在が大きくかかわっている。武器や防具、それこそ都市全体の生活には欠かせないレベルにまで食い込んでいる。君程の力を持っている魔物なら魔界でも相当な権力を持っているのだろう?そこで君との友好関係を築いておきたいと思っただけ。」
「なるほど、話はわかった。で、あんたは何を出す?金か?人間か?それとも魂か?」
「随分と古めかしい契約だな。古い文献で読んだことがあるが、本当にそうやって迫るんだな。」
「こういうのは雰囲気が大事なんだよ。」
「わかっているさ。」
突然団長は立ち上がり着ている衣服を脱ぎ始めた。その豊満な胸、引き締まったくびれ、大きく出た臀部が露わになる。
「差し出すのは私の体と純潔。これでもまだ満足できないというなら、私の魂と未来を差し出そう。」
それは永劫の奴隷宣言。自身の全てを引き換えにする最上位の供物。契約者と願いは成就し魂を地獄の業火にくべられて灰すらも残らない程に燃やし尽くさるというもの。
「契約完了だ。」
団長を抱き寄せ唇を重ねる。細腕ながら力強く抱きしめれらる体は震え、次第に全身の力は抜け、だらしなく蕩けた無防備な顔をさらけ出す。糸の切れた人形のようになってしまった団長をソファに寝かせると魔王をその体に覆いかぶさる。
「は、初めてだから、優しくして・・・くれ・・・」
「約束しよう。」
乱れるように濃厚に絡み合う男と女。まるで獣のように貪り合うその姿は一種の芸術の様にも思えてくる。互いに本当の名を知らず、何度も何度も行為に及ぶ。
ことが終えたのは朝日が差し込む頃のこと、むせ返るような雄と雌の匂いが部屋全体に充満される中、団長は全身を穢されながらも快楽に取りつかれような淫靡な笑みを浮かべ口元に付いた精を舐めとる。極めて純度の高い魔力が全身を駆け巡るごとに絶頂するまでに開発された体は、もはや元に戻ることはないだろう。だがその顔には後悔はなく、だたその瞬間を幸福に味わうものの姿しか存在していなかった。
魔物図鑑 009 悪魔
強さの幅の大きい種族の代表。
契約の代償として供物を捧げるという習わしが古くから存在している。
力や富、復讐を願い魔の道へと落ちていった人間は最早数えることの出来ないほどいる。
つまりは借り入れと返済のバランスが大事。