第007話 ライセンスと尋問
誰かがいった。この世の贅を極めた国があると。
誰かがいった。黄金の稔る国があると。
誰かがいった。極上の女のみが暮らす桃源郷があると。
嘘か真かなんてものはどうでもいい。
ただそれにロマンと夢があるか。
それだけで十分。
エルドラド城。その一部はアカデミー寮をして使われているのは周知の事実だが、中には部屋のレイアウトを自由にいじりすぎて他の人に明け渡せなくなっている状態なのも少なくはない。そういったものの一つにサクの植物部屋が含まれている。その部屋の住人であるサクは試験を済ませた魔王様ことアレン(偽名)を壁際に追い込み杖を突き付けて、まるで尋問官の様にいつでも魔法を打てるような状態でいる。
「さっきのはなんだったのか説明してもらえるかしら?」
「まあ待て。杖をこっちに向けられたらビビッて話もできやしない。」
「面白い冗談を言うのね。二度と減らず口を言えなくしてあげてもいいのよ?」
自室で先ほどの試験を間近で見ていたサクは、その不自然なまでの力を問いただした。魔法付与に重厚兵を吹っ飛ばすパワーと高速戦闘。聞きたいことが山ほどあるのに目の前の男は真面目に答えようとしない。
「さて、それじゃまずはなにから話すとするか。それじゃまずエンチャントのことからだな。最初にいっておくが別に魔法が使えないなんて言ってないし、あの剣自体の魔力伝達率が良かったっていうのもある。それに基礎魔法ぐらいは使えるさ。力押しというごり押しで無理やり剣に風を付与させたってわけだ。」
「なるほどね。確かにアレンは『魔法が使えない』なんて言ってはいないわ。てっきり使えないって思ってたわ。ごめんなさい。」
「そんで次はパワーとスピードについてだな。こっちも原理は簡単だ。剣を振るとき、地面を蹴るとき、そういった動作の最初に魔力を噴出させるだけだ。空気圧の魔力版だと考えれば簡単なことだ。」
「たしかにその原理なら少ない魔力で威力が上がるわね。風と水の魔法なら一点集中型の強力な一撃にできるし、ピンポイントで使えるからコントロールも簡単なる。まさかこんな見落としがあるなんて思わなかった。やっぱりあなたを選んで正解だったようね。」
ない胸を張ってドヤ顔をするサクの表情はまるで一つの作品を作り上げた時の子供のようであった。
なおここで決して子供体系とは言ってはいけない。氷漬けにされてしまう。
「それじゃ改めてライセンスについて説明するわ。ライセンスというのは簡単に言うと挑戦権や通行所みたいなものよ。下はDから始まって一番がAの全部で四つ。それぞれ行ける地域や受けられる仕事が変わってくるの。正直なところ、DランクとCランクの差はあまりないの。違いがあるとしたら行ける範囲かしら。Dランクは城下町を中心に東の海岸と霊峰『カルナ』の麓まで、Cランクになると南の海岸と西『フラウエジ火山群』の入り口、BランクとAランクになるとこの大陸ならどこにでも行けるようになるけど、Aランクになると空路の使用が許可されるの。それ以外は海路を使っての大陸移動になるわ。それ以前に大陸間の移動はBランク以上のライセンスが必要になるのだけど、どちらにせよ乗る前に止められるから問題ないわ。言い忘れてたけど、同行者がAランクを持ってたとしてもDランクとCランクは空路も海路も使えないから歩いての大陸移動になるのよ。」
「歩いて観光をしながらの旅というのも悪くはないと思うぞ。その地域の景色や文化を味わいながら美味いものを食べ歩く。本来の旅とはこういうものだと考えているのだが、サクの意見を聞かせてもらおう。」
「確かにアレンの意見は最もだと思うわ。でもそれだと何日も野宿をしながらということになってしまうのが難点ね。食べ物に関しては袋に入れて持ち運べば長期間の保存もできるからいいけど、体が洗えないっていうのは遠慮したいところだわ。」
女性としては何日も体を洗わないというのは耐えられないのだろう。魔物によってはあえてその臭いで縄張りを知らせるというのも存在しているが、人社会においてはほんの一部にしか当てはまらない。あまり知られていない話ではあるが、どこかの国では風呂文化といって湯に浸かり体を清めるものが存在するらしい。
コンコン
そんななか、会話をぶった切るようにしてドアがノックされる。サクが返事をして開けると誰かの使い魔である妙に柔らかそうなフクロウが手紙を持ってちょこんと佇んでいた。
「そいつはなんだ?」
「この子は配達さんの使い魔のミズフクロウ。城下町の手紙の配達が主な仕事で分裂して一度にたくさんの手紙を届けられるの。」
「見たところ魔法生物の様に見えるのはそのせいか(魔界でもそんな生き物を見たことないしな)。」
「魔法生物についても知ってるんだ。ありがとうミズフクロウ。」
ドアを閉めると向こう側でバシャァと水の弾ける音が聞こえた。分裂したミズフクロウはその任を終えるとただの水になり空気中に漂う水分となって消えていく。そうしてゆっくりと元のミズフクロウへと集まっていくのだ。
「アレン宛の手紙よ。差出人は・・・き、きき、騎士団長!!!?」
「こっちによこせ。」
「あっ、ちょっと!!」
アレンは手紙を奪いとり手の届かない高さで封を開いてから呼んだ。
「ふむふむ。ほー。へー。はー。」
あまりの適当っぷりに意地になっていた姿が恥ずかしかったのかサクは椅子の上で膝を抱えてしまった。決していじけているのでも、背が低いのを嘆いているのでもないので注意されたし。
「そういうことね。」
クシャクシャクシャ ポイッ
ボワッ
手紙を読み終えたところでクシャクシャに丸め、火のついたランプに放り込んだ。火はすぐに燃え移りあっという間に紙は灰となり、当事者同士でしか中身をしることはなくなった。
「ほんとなにしてるの!騎士団長からの手紙を燃やすなんてどうかしてるわよ!!」
「別にどうってことはなかった。ただBランクのライセンスを渡すから夕食後に来てくれって内容だ。」
「なんだか嫌な予感がするけど、聞いておくことにするわ。どこに呼び出されたの?」
「団長室って書いてあった。」
「絶対にスカウトだわ。誰が何と言おうがアレンを入れるつもりだわ。いい!絶対に断りなさいよ!私のパートナーはあなただけなんだからね!!」
「元からそうするつもりだ。さて、そうこうしているうちに暗くなっちまったな。晩飯にするか」
「絶対だからね!約束したからね!」
「はいはい。わかってますよ。・・・・・サク?」
「お願い・・・・一人にしないで・・・」
ローブの袖を摘まみ先ほどまでの彼女ではないかのように震えている。
ギュッ
「安心しろ。約束は守る。騎士団には入らない。」
「うん。あと、いまのは忘れて。」
「忘れないさ。大切な約束だからな。」
「意地悪。」
傍から見れば、泣いている妹を抱きしめている兄のようにも見えなくもない。
きっと本人に自覚がないが、心のどこかで無意識に依存してしまっているのだろう。
この脆く、簡単に崩れてしまっても構わな関係に彼女はすがっている。そうでなければ、きっと彼女は壊れてしまうから。
魔物図鑑 008 サイクロプス
一つ目の巨大な人型の魔物。一部界隈では女性のサイクロプスというより、単眼系女子で構成されたアイドルユニット『モノアイ』が人気だとか。あくまで巨大なのはサイクロプスの中でもギガントと呼ばれる種のみで、その殆どが人畜無害に暮らしている。討伐対象になるのは天魔同盟に違反したもののみである。言うまでもないが基本的にサイクロプスはみな力持ちである。