第002話 基本の魔法は風
かつてどこかのニンジャが「戦いの基本は格闘だ」と言っていましたが、それと同じで風の魔法というのが基本となります。個人的には竜冒険のル〇ラは風を使って長距離を移動しているのではないかと常々思います。ふわっと浮いてビューンと飛んでいくのが風らしさを感じさせてくれますね。
魔法とは万物の素となるものを使役し使うもの。つまりは自然を使うということに等しい。火、水、風、土、雷という5つの素が存在しているが、この中で基本となるものは風である。風の魔法というのは扱いやすさという点もあるが、基本的に場所を選ぶことのない魔法というのが基本の基本たる点だ。むしろ火や水といった魔法は難しい。簡単な術式で唱えることのできる魔法とはいえど炎がなければ日の魔法はつかない。水場がなければ水の魔法は使えない。小さな火種を生み出し、それを巨大な火の魔法として昇華させることができて初めて魔法使いを名乗れるといっても差し支えないだろう。水に関しては流体の魔法という極めて難易度の高い魔法といってもいい。むしろ氷結魔法の方が簡単である。
「と、長々と説明するのも何なので現在の状況を説明すると、ゆっくりと風の魔法を使って地上に降りている。転移の魔法というのは地上の座標は正しいが、高さの座標がでたらめの場合がほとんどというのが問題だな。次に会った時のために記しておこう」
地面から赤い光が伸び、その光の柱の中をゆっくりと降りてくるのはラスボスの威厳を放っていると言えよう。彼も魔王なのだ。足にまとった風の魔法で自由落下などせずにいられる。もし仮に魔法の使えないものが同じ状況になったとすれば、それはガメオベラ確定のクソイベントである。しかもリトライ不可能というおまけ付き。きっとワゴンセールでも売れなくて一部のマニアしか手に取らなくなるだろう。
「さて・・・ここが人間界。空が青い。そして眩しい。」
初めて見る太陽は目に優しくない。文献での知識でしか知りえないものが目の前の広がっているという真実は彼の心を完全に支配するには十分なできごとであった。
「あれが太陽。なんという輝きなのだ。これほどの輝きを持つものが魔界に存在していただろうか。吸血種が嫌い理由がわかる。すべてを照らす明るさ。そしてこの暖かさ。ついになる存在であり手も足もでないほどの力の本流だな」
彼は抑制の指輪を付けてその場を駆け抜けた。その直後である。
「この辺だな!」
「間違いありません。膨大な魔力の反応があります。」
「転移した痕跡はない。つまりはまだ遠くには行ってない筈だ。探して殺せ!いいな!」
「ハッ!!」
それなりに良い武器と防具を装備した兵隊と魔法を媒体に使う大砲を手にしているローブの男性が駆け付けた。そして彼の降り立った場所を捜索し始めたのだ。
「あれほどの魔力を持っていながら祭祀様の結界に探知されずに侵入してくるとは、ゲートの異常発生だったのですかね。」
「馬鹿をいうな。あれだけの魔力。仮にゲートが開いたとしても魔界のど真ん中に開かなくてはあり得ん。もしかしたら強力な魔物が侵入しているかもしれない。生け捕りにできれば研究に使える。殺してしまっても我々の評価が上がる。どっちに転んでも問題ないさ。」
他の兵とは明らかに身に着けているものの違う人物と祭祀と呼ばれた人物が会話していた。
(魔物を捕まえて研究・・・確かに不思議なことではない。だがこの異様な感覚は何だ。考えても仕方ない。いまはここを離れるとしよう)
ガササッ
(やばっ!)
「ネズミが一匹。聞き耳を立てていたようですね。」
BOOOOM!!
祭祀の持っていた大砲が火を噴き、巨大な破裂音と共に彼の隠れていた草むらが爆発した。地面がえぐれ周りの木々も根っこからなぎ倒されるほどの威力を持つのがその惨状から見てわかる。
「逃がしたようですね。すばしっこいネズミだ。隊長さん。もう引き上げて構いませんよ。」
「はっ!全部隊集合!これより城に帰還する。」
「「「ハッ!!」」」
「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・覚えてよかったランポート。あの筒の威力。普通じゃ考えられないな。もし食らってたら大変なことになってた。」
彼はランポートという短距離の瞬間移動と座標指定の魔法で祭祀との対角線上の木の上に移動して事なきを得た。ランポートの利点としては魔法の痕跡を残さないというところにある。転移魔法は膨大な魔力を使うため、その痕跡から移動先を知ることができる。だが短距離の魔法というのは使う魔力が少ないため魔力の痕跡を残すことはない。正しくは痕跡が残っているが空気中に霧散して消えてしまうので結果的には残ることがないのだ。
それに加えて今回は抑制の指輪の効果でもある。
本来、膨大な魔力を持っているのもは無意識の内に漏れている魔力を体の表面に纏っている。このことで物理的災害や自然災害から身を守っているのだが、同時に強さを晒してしまっているといってもいい。
その場を離脱しようともその場に残っている魔力で強さの判断ができてしまうというわけである。先の通り、抑制の指輪には魔力を制限する力があり、そのお陰でここを乗り切れたと言っても過言ではない。もし指輪がなければ最悪の場合、国一つ滅ぼさなくてはならない。
つまりは複数の要素が合わさって起きた偶然というものにすぎない。
(それにしてもあの大砲……複数の火の魔法を同時に使ったように見えた。いくら簡単な初期魔法だとしてもそんなのことが可能なのか?)
「あの…………………………ですか?」
(違う属性の魔法なら連続で使うことができるのは魔老人に見せてもらったことがある。それでも同じ属性、しかも同じ魔法を同時に……)
「あの……だいじょ…………ですか?」
(地面に罠を張るように大砲に魔方陣を組み込んでいたとしても一つの呪文につき魔方陣は一つしか媒体にできない。となると魔方の発動を遅らせて同時にということになるのか?)
「すみませーーん!!大丈夫ですかーー!!!」
「うおっ!!びっくりした!!」
若様は下から聞こえた声に驚き木の上から重力に従い落下した。
「っ、っっっっ!!!……」
頭をぶつけた彼の側にはエルフの王妃の様な美しい長い白金の髪の女性がいた。胸は控えめである。
「ご、ごめんなさい!回復の魔法を使うのでちょっと我慢してください!」
そういうと彼女は背中の杖を手にし、バッグから取り出した果物を中心に魔方陣を描き始めた。
「たしかこんな感じで……よしよし。」
ほんの数秒で複雑な魔方陣を描いただけでもかなりの集中力を使うのに、彼女はすぐさま出来上がった魔方陣の中心に彼女は立ち、呪文を唱え始めた。
「我は癒すものなり、大いなる母は海に、大いなる父は大地に、かの者の傷を癒したまへ!」
最後に水筒と呼ばれる水を持ち運べる道具を使い、果物に水をかけると魔方陣は緑の光を放ち若い魔王の傷を治した。回復魔法というのは魔法の中でも特に難易度の高い魔法であり、一番簡単なものでさえも水と土の魔法をもとにしないといけないので回復魔法が使える=高度な魔法が使えるということになる。貴重な存在故にどのパーティも回復魔法の使える人材は喉から手が出るほど欲しい実態がある。
「…………どうして見ず知らずの奴を助けた。もし俺が野盗や盗賊のような人間だったらどうするつもりだ。」
「うーん。何ででしょう?理由を聞かれると悩んでしまいますが、『貴方様からは悪い匂いがしなかったから』、というのは駄目でしょうか?」
(そうやって捨てられて『可哀想だけど家では飼えないの』って言われた猫のような顔をするな!)
魔王というのはラスボスである。つまりはラスボスの威厳を保つためには、そういった雰囲気を出すというのが大切になってくる。例えば猫の背中を撫でながら『そうか。やはり奴では荷が重かったか』なんて台詞を言ったりするのも仕事の一つである。その影響からか直接動物に危害を加える魔物は少ないのだ。
「別に文句はない。ただそうやって直感だけだといつか痛い目を見ることになるぞっていう話だ。」
「その時はその時です!どんとこい古代魔法というやつです!あ、そうです!ここで出逢えたのも何かの縁です。もしよろしければお名前を教えて頂けませんか?」
「そ、そうだな。名前か……」
(ヤバイヤバイヤバイ。なんだよ一体。見ず知らずの魔王を助けたと思ったら名前を聞いてきやがったぞ。バレてる。絶対にバレてるよこれ)
「あ、そうですよね!こういうときはこちらから名乗るのが礼儀でございました。」
「えっ?」
彼女は散歩下がりスカート摘まむと、まるでどこかの育ちの良い貴族か王族のような立ち振舞いを見せた。
「私はここ、魔法都市エルドラドの8代目王妃『ドランド・ル・エルドラド』の娘『アリシア・ル・エルドラド』と申します。」
「は?えっ?つまりお姫様ってことですかい?」
「はい。」
魔物図鑑003 ケルベロス
地獄の番犬として知られているが首の三つあるわんこである。
とても人懐っこい性格をしておりそれぞれの頭がべろべろと顔を嘗め回す光景もしばし見ることができる。
もちろん門番としての能力も高く、魔法耐性も魔物の中では高い方に分類される。
その強靭な足は獲物を捕まえるだけではなく、しっかりと地面をとらえ暴風や激しい流水で飛ばされないようになっている。
脳は中央の頭にしかないので、真ん中の頭が弱点である。
そしてその肉球はとても柔らかい。