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桜舞う笑顔

 週末になった。

 数年ぶりにテスト期間以外で部活のない週末になるはずだったが、今、トシヤは最寄駅から数駅離れた接続駅の広場にいた。

 何事も始めたばかりが肝心だよ、とワタルに誘い出されたのだ。


 そんな彼はブランドもののシャツを組み合わせたものにジーパンと、奇を衒わない格好をしている。

 一八〇センチ近い高身長でスタイルのいい彼は、そんなシンプルな格好でも十分にサマになるのだ。


 普段なら着古したTシャツにヨレヨレのズボンで出掛けているが、隣に立って恥ずかしい格好しないでね、とワタルに釘を刺されたので、妹に頼んで用意してもらった。

 おかげで「どうせすぐにフられるんだから、気合い入れる必要ある?」と煽られてしまったが。


 そんな呼び出した本人はといえば、十数分前に『ゴメン遅刻する。適当に時間潰してて』と、絵文字で彩られたメールを送ってきたきりだ。

 遅延情報は出ていないから、寝坊やらの自業自得パターンだろう。

 ワタルはこういう約束事に遅刻するのを嫌いそうだと思っていたが、案外とルーズな性格らしい。


(つか、どっちで来るんだろう)


 現場についてから女装するのか、それとも女装してやってくるのか。


 出会った時のことを考えれば、それほど気合いを入れなくても女に見えてしまうはずだから、わかりやすく女装といえるほどの格好はしてこないのかもしれない。

 今回はあくまでも練習でしかないのだし、よほど普段からあの格好……コウコを見せびらかしたいとかでもなければ、普通の男っぽい雰囲気の格好をしてくるのではないか。


「まあ、蓋を開けてのお楽しみ、か」


 ふぅ、と吐息して手すりに深く寄りかかる。

 眼前を行く人波は、この街にこんなにも人がいたのかと思うほどのもので、このうちの何割が同じ場所を目的地にしているのだろうかと思う。

 そしてきっと、この中に同級生も混じっているはずで……。


(あんまり見られたくねぇな)


 コウコは美人だ。それは掛け値なしの感想で、あの日見惚れた瞬間から変わらない。


 美女と二人きりで出掛けることが出来るのは素直に嬉しいが、ワタルの女装である以上、アレが誰だとか追及されるのは勘弁願いたい。


(その辺、あいつはどう考えてるんだろうな)


 活動を続ける上で、この問題から目をそらすことはできない。撮影場所を屋内に限定するか、遠出でもしない限り、知り合いと遭遇する可能性は排除できない。

 そして現実問題、高校生にそんな予算はない。

 向こうの親を抱き込めばそういうことも可能だろうが、毎週毎週息子のわがままに付き合ってくれるほど子煩悩な親かどうかはわからない。

 となれば必然、高校生のお財布でも行ける範囲で撮影を楽しむことになる。

 そうすると知り合い目から逃れることは不可能なわけで、何かしら理由をでっち上げるしかない。


(まぁ、恋人ってのが無難なんだろうなぁ)


 トシヤが受け入れさえすれば、それですべては解決する。

 大会に出ていた頃知り合ったとでも言っておけば、それで万事解決なのだが……。


(そうすっと俺のリアルがな……)


 すでに彼女がいるという評判が広まれば、当然本物の彼女を作ることなど不可能になる。

 別に、今すぐ彼女がほしいというわけではないが、将来的にそういう相手を作って青春したいという願望はもちろんある。

 彼女に事情を説明して受け入れてもらう、というのが楽なのだろうが、そうすると今度はワタルにも彼女について話をしなくてはならないわけで……実に、面倒くさいことばかりだ。


「……乗るべきじゃなかったんじゃねぇの?」


 そうする以外の選択肢がなかったのは事実なのだが、もう少し、こう、なんとかならなかったのだろうか……。


 はぁ……とトシヤは深々溜息を吐いた。

 一人で考えていたところでどうしようもない話だ。これ以上は、ワタルが来てから考えればいい。


 そんなことを考えていると、手の中で携帯が震えた。

 灰谷ワタルという文字を見て通話ボタンを押せば、騒がしい雑踏が聞こえてくる。


『ごめん。今ついた。どこにいるの?』


 聞こえてきた声には不安がにじんでいる。

 音程がかなり高いのを見るに、女装姿なのだろうか。

 あれだけの美人ともなれば変な視線を向けられるのは当たり前の話で、もしかすると、コウコの姿で外を歩き回るのは初めてなのかもしれない。


「モニュメントの北側。百貨店の東西ビルを繋いでる空中回廊の前」

『え、さっき見たはずなんだけど……ほんとにいる?』

「いるよ。そんなところで嘘吐いてどーする」

『そ、そうだけど……ねぇ、僕駅間違えてたりしないよね?』


 ワタルは少し涙声になっている。不安でしかたがないのだろう。

 学校での印象だと、こういう時に動じないやつだと思っていたのだが、どうも違うらしい。


「そういうお前はどこにいるんだよ。改札の近くだよな?」


 ぽーんという音が聞こえるから、改札にいるのは間違いないだろうが、それがどちらの駅の改札なのかがわからない。


『あ、えっと、緑のほう……』

「わかった。そこから動くな。今行く」


 合流に失敗したときというのは、両方が動くと永遠に合流できなくなる。土地勘のあるほうに動いてもらったほうがいいのだ。

 そして、どうもワタルには土地勘がないらしい。


『う、うん……遅刻したくせに、ふがいなくて、ごめん……』

「そんなの気にしてないから。その改札、近くにパン屋あるか。百貨店の下に入ってるやつで、すぐそばに宝くじ売り場がある」

『あ、うん……ある、けど』


 どうやら、もう一つの改札口から出たわけではないらしい。これなら楽に合流ができる。


「その二つの間に柱があるだろ。そこにいろ。すぐ着く。……あ、そういやお前今日どんな格好だ?」

『女装、してる……コーデは』

「わかった。内容はいい。それだけわかれば十分だ」


 通話状態にしたまま、トシヤは移動を始めた。

 幸いだったのは、ワタルがすぐ近くにいたことだ。

 もう一つの改札口にも広場があるので、そっちに行っていたら非常に面倒だったのだ。

 広場の北を見ても見つからなかったといったのでそれを覚悟していたのだが、人波にまぎれて見えなかっただけらしい。


 ならば、そのままそこに居てくれたならいいのにと思うのだが、先に来ているはずの相手が見つからない時、不安で歩き回ってしまう気持ちはわかる。


(手間のかかる姫だこと……)


 そう思いつつ、ちょうど電車が着いたせいで、わっと増えた人を掻き分けながら進めば、柱に寄りかかって泣きそうな雰囲気を背負っている女装姿のワタル……コウコがいた。


 薄い青のストライプが入った、可愛らしい雰囲気のワンピースに緑のジャケットを羽織った彼女は、不安そうな顔で小さなバッグを抱きしめながら携帯を耳に当てていた。

 薄っすらと化粧を施している彼女の目は初めて見たときよりも大きく感じられて、ピンク色に輝く唇と合わせて女の子らしさを主張している。

 それらがクセの強い栗色の髪と合わさって、まるで精巧に作られた人形のようだった。

 人が通るたび、ふわりと膨らんで揺れる髪は愛らしさを撒き散らしている。


 あまりにも可愛らしくて、一瞬、本人かどうか躊躇ってしまうくらいのものだった。


『ねぇ、見えた? ぼく、いるよね?』

「ああ、見えたよ。出口の方みろ」

『あっ』


 高々手を上げれば、トシヤに気づいたらしく顔がぱっと輝いた。


「トシヤ!」


 男だとわかっているのにその反応にきゅっと胸が高鳴って、アレは男だと必死で言い聞かせた。


 そんな男心も知らず、通話を切ったコウコが飛び込んでくる。

 咄嗟に抱きとめれば爽やかな香水の香りが鼻をくすぐって、肩の小ささにドキドキとする。

 男のくせに、あまりにも華奢すぎた。


「合流できてよかったぁ……あ、ごめん、抱きついちゃって」

「お、おお……まあ別にそれはいいけど。最初からその格好で来たんだな」

「うん。向こうで着替えるわけにもいかないからね。どう、可愛い?」


 身を離したコウコが、見せつけるようにその場でくるりと回ってみせた。


「まあまあ」


 本当は大絶賛だが、素直にそう告げるのはなんだか悔しくて誤魔化した。

 そんな感情の動きは容易く見抜かれたようで、クスクスと笑われてしまう。


「なんだよ」

「ううん、素直じゃないなーって」


 コウコには今日の自分が最高に可愛いという自負があるのだろう。

 そして実際、トシヤは胸をときめかせているのだから、その感覚は正しい。


「……迷って泣きそうになってたくせに」

「それを言うのはずるいよ!」


 負け惜しみじみた発言をすれば、ムムムッと眉を顰めてにじり寄られる。

 体に触れる彼女の胸に、ついさっき抱きとめた時にはわからなかった柔らかな感触があることに気づいて、トシヤは赤面した。


「おやおやぁ……顔が赤いよぉ~?」

「む、胸が当たってんだよ……」

「偽乳なのに?」

「思春期だぞこちとら。というかどうやってるんだよそれ」


 一皮剥けば男の体が出てくるとわかっていても、女の格好をして胸もあるとなればどぎまぎもする。


 情けない顔をしているトシヤを見て、クスクスと笑ったコウコは胸を張りながら告げた。


「最近はそういうテクニックもあるんだよ」

「あぁそうかい」

「気に入ったならこの格好をオカズにどうぞ?」

「アホ言ってんな」


 そんな気持ち悪いことできるはずがない。

 小さく溜息を吐いたトシヤは、ここまで冗談を飛ばせるなら目的地に移動を始めても大丈夫だろうと判断して歩き出す。


「ほら行くぞ。はぐれるなよ」

「え、あ……う、うん」


 はぐれないようコウコの手を握れば、露骨に恥ずかしそうな顔をされた。

 男のはずなのに、とてつもなく柔らかい掌を握っていると、本当に変な気分になってくる。


 なんだかまるで初々しいカップルみたいだ……なんて思いながら、二人は目的地行きのバス亭へと急いだ。

 

     ***

 

「うわぁ、すごい……」


 バスから降りた瞬間から、視界いっぱいに桜が広がっている。

 例年通りならとっくに散ってしまっているはずだったが、今年はかなり粘っていてまだ散る気配がない。

 もっと早くに来ていれば出店が並んでいたらしいが、この景色を見られただけでも幸運というべきだろう。


 それに、開花からしばらく経っているだけあって人影は疎らだ。

 移動するのに困るほど人に溢れていないのは、写真を撮影するのには都合がいい。


「初めてくるけどなかなかだな」


 カメラを構えながら呟いたトシヤに、コウコは首を傾げる。


「地元なのに見にこないの?」

「つっても少し距離あるしなぁ。だいたいは高校の前の並木道ですませるか、遠出しても近くの大学にあるやつだけだな」


 花見に行こうと気合を入れていたのは、せいぜい小学生の間だけだった。

 両親も加齢で体力が落ちてきたりとかで、出掛けるのが億劫になってきているのだろう。


「風情がないなぁ……」

「花見だなんだつっても、ウチはそんななんだよ」

「ふーん……花見デートとかもしたことないわけ?」

「ないな」


 彼女がいたことはあるが、どうもしっくりこなくて、こういうイベントごとまで持ったことはない。

 ……改めて考えると、ダメな男なのかもしれない。


「なんか、勿体無い」

「そうかぁ?」

「損してる」


 念押しするように言われても、とてもそうだとは思えなかった。

 けれど、部活仲間たちがよく張り切っていたのを覚えているから、コウコの感覚が一般的なのだろう。


(色気よりってことだったのかね)


 それが態度に出ていたから、彼女が長持ちしなかったのかもしれない。

 とことんダメなやつだな……と考えていると、コウコがどこか嬉しそうな顔をしている。


「ま、でもこれからはボクとデートできるんだからいいでしょ?」

「ただの撮影会だろ……」


 どれだけ見た目が女らしくて、匂いも、柔らかさも女性そのものでも、コウコの正体は男なのだ。

 そんな相手とのデートを喜ぶのは、どうかしている。


「目的がそれでも、女の子と出かけたらデートじゃない?」

「買い物の荷物持ち奴隷を、デートできるんだからいいでしょ?っていうようなもんだろ。それにお前は男だろうが」

「この格好の時はコウコっていう女の子ですぅー」


 そういう線を引いたのはトシヤだが、いざそれを盾にされると、なんだか腹立たしい気分になる。


「それとも、トシヤは手を繋いで同じものを食べて、歩幅合わせて歩く、みたいなデートしたいの?」

「憧れはするけどお前とはしねーよ」

「ちぇー。でもそういう写真も撮りたいからそのうち協力してね」


 ニッコリ、満面の笑みを浮かべて告げられた言葉に、トシヤは唸るしかなかった。

 たぶんきっと、そうやって理想のデートをコウコとしていく羽目になるんだろうな、という確信に似た予想があった。


「……まあ、そん時が来たらな。とりあえず今は花との写真撮るぞ。勝手に撮るからぷらぷら歩いてろ」

「はーい」


 溜息を吐きながらの言葉に、素直に頷きを返したコウコは少し先を歩き始めた。

 時折木を仰ぎ見ては、立ち止まって振り返る。


(催促しなくても撮ってるっての)


 他の人の邪魔にならないように、とか、色々なことを考えながらシャッターを切っていく。

 大半は、見るに堪えないダメな写真だ。

 それでも、たった一枚でもいいから、ある程度まともなものが撮れると信じてシャッターを切り続けた。

 

     ***

 

 桜の雨が降る中で、一人の少女が笑っていた。

 緑のジャケットをはためかせて。

 薄い青のストライプが入ったワンピースの裾を、ほんの少しだけ翻して。

 半身だけをこちらに向けた彼女は、奥へと駆けていくようにしながら、手を差し伸べている。


「行こう」


 そんな声が聞こえてきそうな、微かに開いた唇からは真っ白な歯が覗いていて。

 ほんの少し大人びた顔に、満面の笑みを浮かべていた。

 他人に見せるアルカイックスマイルとは違う、ファインダーを覗く彼にだけ、見せる笑顔を浮かべていた。

 

 それがその日の、最高の写真。

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