梅雨晴れの未来で
コウコは酷く憂鬱そうな顔をしていた。
梅雨晴れの空から暖かな陽光が差し込む部屋の中、出窓に腰掛けた彼女は、キャミソールにホットパンツというラフな姿で外を眺めている。片膝に頭を乗せて、白皙の美貌を不満の色に染めながら、時折、溜息を吐いていた。
風が吹くたび、くるぶしに届きそうな長い栗毛が揺れてきらきらと輝く。鬱陶しそうに眉を顰めながらも、それを結わず、窓も閉じないのは、まとめればクセが出るし、閉じれば“聞きたい音”が遮られるからだった。
けれど、我慢にも限界はある。彼女は「遅すぎるわ」と口を動かし、壁へ頭を移した。まとわりつく髪を払いもせず、目を閉じてしまおうとする。
そんな彼女を、トシヤはシャッター越しに見つめていた。演技の真似事をしているときのコウコは、息を呑むほどに美しい。
彼女の感情が整うまで、トシヤはカメラの奥でただ息を潜めて待つ。それが、自分が“透明人間になったような気がする”理由だった。
(ほんと、綺麗だ)
目を閉じて誰かを待つ演技をする彼女は、たまらなく魅力的だった。たとえそれが嘘でも、胸の高鳴りは止まらない。
やがて、コウコがふと何かに気づいたように顔を上げた。トシヤはカメラを持って、部屋の入り口へと移動する。与えられた役割――戸を開ける者として。
彼女は出窓から降りて、戸が開くのに合わせて視線を向ける。
きっと、その目に映っているのは“遅刻してきた恋人”だ。
「おそい」
女性にも少年にも聞こえる低く甘やかな声が響く。拗ねたような響きに、彼女の不満が滲んでいる。
――シャッター音が続けざまに響いた。
「でも……きてくれた」
ふわりと顔がほころぶ。憂鬱の色が、鮮やかな喜びへと変わっていく。
「スキ」
トシヤの胸が、痛むほど高鳴った。
それが演技だとわかっていても、夢で見た痴態が蘇っても、彼は、シャッターを止めなかった。