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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

無知恐怖症

作者: 隠涙帽子

初めての短編ホラーです。

怖い人には怖い、怖くない人には怖くない。そんなお話です。

暖かい目でご覧ください。 

『起きなさい。被験体4617』


 部屋に設置されたスピーカーから無機質な声が流れた。

 その声により、ひとりの少女が目を覚ます。


 辺りを見渡すと、どうやら、六畳ほどの白い部屋にいるようだった。その部屋にはひとつ、引き出し付きの机と、椅子が置かれていた。


『机の上に鉛筆と数学の問題集があります。それを解いてください。時間制限などはありません』


 少女は眠そうに目を擦りながらも、椅子に腰かけ問題を解き始めた。


 少女が悩みながらも黙々と解いていると、またあの無機質な声が流れてきた。


『部屋の隅に赤いボタンがあります。そのボタンを押すことによって、あなたの恐怖心を完全に消去することが可能です。何か恐ろしい現象が発生した場合は、そのボタンを活用してください』


 特に恐ろしい現象も何もなく、時間だけが過ぎて行った。

 問題を解いていた少女は言った。


「あのー、鉛筆の芯、短くなってて、もう書けそうにありません」


『無理そうですか?』


「はい。鉛筆削りとか、ありませんか?」


『ありません。少々お待ちください』


 なぜか部屋が全体的に揺れだした。が、すぐに止まった。


『お待たせしました。引き出しの中に、削りたての鉛筆を配置しました。それを使用してください。引き続き、問題を解いてください』


 少女は引き出しを開けた。

 その中に入っていたのは――


 少女は椅子を倒しながら立ち上がり、頭を抱えながら後ずさりした。

 そして、うめき声を出しながら自分の体を床や壁に激しくぶつけ、のたうち回る。

 真っ白だった部屋が、少しずつ染まっていく。

 


 『部屋の隅に赤いボタンがあります』


 『そのボタンを押すことによって、あなたの恐怖心を完全に消去することが可能です』


 『何か恐ろしい現象が発生した場合は、そのボタンを活用してください』



 赤いボタンのことを思い出した少女は、部屋の隅に目を向けた。


 そこに、赤いボタンはあった。


 少女はその、赤いボタンを押した。

 すると、



 パジュ。



少女の頭に高圧電流が流れ、彼女の海馬を焼いた。











引き出しの中には、鏡が入っていた。




  ■  ■  ■




「アドルフ博士、アドルフ博士?」


「おやおや、無機質な君がこの私の名を呼ぶとは珍しいね。しかも連呼だなんて実にめずらしい」


「博士、質問の許可をください」


「ふむ、よろしい。私は今すぐにでも実験を再開したいところだが、君の珍しい行動に感動を覚えたから答えてあげよう。何だね?」


「この実験の意味は? 目的は?」


「ほほう......これは、なんと、珍しい。もしかして君は、海馬を焼かれ記憶をリセットされ続ける哀れな少女に同情でも同感でもしちゃったのかい? 無機物が有機物に同情とは、実にめずらしい!」


「ふざけてないで答えてください」


「ありゃりゃ、ロボットアームに怒られちゃった」


「なぜあの被験体は、あれほどまでに精神を乱したのでしょうか? 私には理解できません」


「ふむ、それは鏡を見たからだね。正確には”鏡に映った自分”を見たからだ」


「自分を見たから、ですか? ......もしや彼女は、鏡に映った自分を見て、『私がもう一人いる』と混乱を起こした?」


「いやいや、彼女はそこまでバカじゃあないよ。人間として平均的なIQを持った平凡な実験体だ。むしろ、()()()()()()()()発狂したともいえるね」


「............理解できません。博士、そろそろ模範解答を」


「これは余談なのだが、学生だったころ、私はテストの模範解答が大っ嫌いだったよ。あのやけに綺麗な文字で書かれた解答を見ると、自分の思考と自分の答えを否定された気分になる」


「博士」


「あーはいはい、分かったわかった......。順番に説明していこう。まず、彼女は鏡を見た。呪いも魔法もゼンマイ仕掛けもかかっていない、ごく普通の鏡だ。彼女はその鏡を見て、そこに映った自分を見たのさ。ここまでは良いね?」


「はい」


「そして、こう思った。こう疑問に思った。とてつもなく大きな大きな疑問を、人間の高度に発達した脳でさえ解決できない、極めて難解な問題を抱いた」


「その問題とは、疑問とは......?」


「”私とは何なのだろう?”」


「はい?」


「”この鏡に映っている()()何なのだろう? ここにいる()()()どういう存在なのだろう? ()()()()()()()()()?”」


「............えーと、それで? そんなことで、かの被験者は気を狂わしたのですか?」


「そんなことって! やはり君は無機物だね、無機物らしい君らしい人工知能らしい君だ! ”自分が何なのかわからない”って、最高に恐ろしいことだと思わないかい? 巨大な疑問は強大な恐怖を産み落とすものなのさ!」


「......でも、自分が何なのか分からないだなんて、そんなこと当たり前じゃないですか?」


「ふむ、正しい。君が言っていることは限りなく正しい。でもね、問題は『当たり前の疑問を疑問だと認識するかどうか』なんだよ。人間は空気を吸って生きている。だがしかし、空気を吸って生きる原理を知っている人は、ごく限られているんだ。寝ないと死ぬことは分かっていても、なぜ眠るのか理解している人はより少ない」


「要するに......。『自分が何なのかわからないくせに、そのことを考えようとする人が少ない』ということですか?」


「そういうことさ。この実験はね、自分を強制的に認識させ、自分に対して疑問を抱かせることを目的としているんだ。それが目標でもあり意味でもある」


「......そんなに、怖いことですか? 自分って」


「怖い、怖いよ。自分が怖いんじゃあない、無知であることが恐ろしいんだ」


「......理解できません」


「恐怖を味わいたい? よろしい、ならば”人は死ぬとどうなるか”を考えてみるといい。客観的に、ではなく、主観的にね。真っ暗な夜に、たった一人で布団に潜り込み、なるべく外からの刺激をシャットアウトして、想像するんだ。”自分は死ぬとどうなるのか”をじっくりと、感覚的に思考してみるんだ――」



 ――そのとき君は、眠れなくなる

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