恋は突然に
「はぁ・・・・」
俺は思わず溜息を漏らす。
今から自分がしようとしていることを考えると気が滅入ってしまう。
というのも、とても下らない事情があるのだ。
俺は先日、友達数人とゲームをして遊んでいた。
その時、友人の1人が「ただゲームをするだけじゃつまらないから最下位は罰ゲームをしてもらおう」と提案したのだ。
そしてめでたく、俺が罰ゲームを受けることとなったわけだ。
それで、その罰ゲームの内容についてだが・・・・・。
「ナンパしてこいって、ガチで罰ゲームじゃねぇか・・・」
ナンパ。異性に声を掛けて口説く行為。
そんなものまともな女性経験(別にそういった行為の話ではなく、女の子と話をする経験のこと)がない俺にとってはとてつもなくハードルの高い行為だ。
まぁ、友人達も似た様なものだから罰ゲームになり得た訳だが。
(そもそも、そんな事されても相手の女の子も不快になるだけだよなぁ)
我ながら馬鹿な話に乗ってしまったと思う。
そもそも罰ゲームは誰も得しないモノだが、罰ゲームがあると、ゲームが盛り上がるのでつい乗ってしまった。
でもこういうのって罰ゲームを受けるところをみんなで見て楽しむものじゃないか?
なのに奴らときたら、全員用事があるからと様子を見にすら来ない。
「もう、やったって事にして帰るか」
そう呟くものの、そんなズルをする事に俺は抵抗を覚えてしまう。
とある幼馴染には「変なところで律儀」とよく言われるが、自分でも本当に損な性格だと思う。
「仕方ない。やるか・・・」
とにかく、最初に目に付いた人に声を掛ける。
すぐフラれればそれでいいし、最悪、懇切丁寧に説明して謝れば、相手の気分も害さないだろう。
という事で、俺は顔を上げ最初に目に付いた後ろ姿の女の子に声を掛ける事にした。
身長は中学生女子の平均より下くらいで、背中あたりまで伸びた茶髪髪の一部を結って後ろでまとめている女の子。
「すみません」
「はい?なんでしょう?」
「ーーーー」
振り返った少女を見て、俺は言葉を失った。
その少女はとても綺麗だった。
顔立ちは整っていて、まんまるとした目は大きめで可愛らしく、鼻、口も綺麗な形をしている。
体つきも、身長の割にはグラマラスで、出るところは出てて引っ込むところは引っ込んでいる。特に胸は彼女の顔に近いくらいの大きさはあるんじゃないだろうか。
だけど、俺は別にそういった外見の特徴だけを見て綺麗だと思った訳じゃない。
なんというか、全体的な雰囲気が、柔らかく、包容力の様なものを感じ、彼女を見てると安心する。
「・・・・・」
「えっと・・・・私に何か用ですか?」
声を掛けられてハッとする。
「あ、えっと、その」
声を掛ける事しか考えてなかったから、何を言えばいいかわからない。
「い、今、暇はありますか?」
「はい。大丈夫ですよ」
彼女がにっこりと微笑む。
それだけで少し幸せな気分になる。
「そこの喫茶店でお茶でもどうですか?」
「え?」
彼女の動きがピタリと止まる。
「もしかして、ナンパ、ですか?」
少し困った様な顔で悩む彼女。
「あ!えっと、嫌ならいいんですけど・・・・」
「あ、いえ!違います違います!」
彼女は慌てて大きく腕を振る。
「別に嫌という訳ではなく、ナンパをされた経験がないものでどうすればいいかわからなくて」
「そうなんですか?」
「はい。恥ずかしながら」
恥ずかしい事は何もないと思うが。
「でも、ナンパって『女の子なら誰でもいいから声掛けとけ』って感じがして、何だか誠意を感じないんですよね」
その子の目は明らかに俺を警戒している目だ。
優しそうな女の子だと思ったけど、そういうところはしっかりしてるみたいだ。
しかし、そうなるとふとした一言で軽蔑されてそのまま逃げられる気がする。
ここは言葉を考えないと。
というか、何故か俺は、彼女に嫌われたくないって考えてるな。
「でも、ナンパしてるからってその人を避けるのは良くないんじゃないかなって思います」
「なんでですか?」
「だって、ナンパしてる人はその相手を好きになり掛けてて、出会いがしたくて声を掛けているわけじゃないですか。もし、何度も見かけて相手のことが気になってるから思い切って声を掛けた人だとしたら、バッサリ切り捨てるなんて酷くないですか?」
個人的な意見かもしれないけど、初めて会う人と仲良くなるきっかけとして、『話しかける』がダメだと言われたら、何か偶然に頼るか、同じ学校や仕事場で知り合うしかない気がする。
「それは確かに・・・・。では、あなたは私を何度も見かけた、ってことですか?」
「うっ!そ、それは・・・初めてです」
「クスッ」
少女が笑う。
「あなたは正直な人ですね。初めてで声を掛けたくなったなんて、ありがとうございます」
「・・・そこ、笑うところですか?」
「あれ?違いました?」
少し間を置き、2人で笑い合う。
その後は喫茶店で話をして盛り上がった。
彼女は話を聞くのが上手で、俺の言葉1つ1つをちゃんと受け止めて、自分の考えを返してくれる。
そんな彼女とのやり取りが本当に楽しかった。
「これ、私の連絡先です」
「え?」
話が終わって喫茶店を出た後、そんなことを言われる。
「いいの?」
「はいっ!だって、お話、楽しかったですから」
「・・・俺も、楽しかった」
俺はいつの間にか、彼女に対してタメ口で話していた。
それだけ、自分が彼女と親密になったと感じたからだ。
俺も彼女に連絡先を渡す。
「俺の名前は木崎直人って言うんだ」
「私は美鳥渡世って言います」
「また会おうね」
「はいっ!電話しますね」
美鳥さんは俺に笑顔を向けてくれる。
俺達はそうやって別れた。
彼女が電話を掛けてくるのが、とても待ち遠しく感じた。
ナンパでも甘酸っぱい恋が始まるって信じたかったから書きました