俺の女神と私の神様
――遥か昔、世界は一つであった。しかし大地を2分する争いの果てに、地上は荒れ、戦いの中で生み出された異形の獣たちの楽園と成り果てる寸前であった。
この終末の世界を憂いた神は決断する。
そんなCMを都会のアパートのワンルームで見ている男が一人。
男はどこにでもいる社会人であり、コンビニで買った幕の内弁当を口に書き込んで、手元のノートPCへと目を移す。
その画面には先ほどのCMで流れていたゲームが起動していた。
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「さてと、やりますか!」
俺はそう呟いてゲームへとログインした。このCMのゲームは3D-MMORGPである。MMOとは言っても1人でも遊べるため気楽にプレイでき、AIの学習効果によって最終的にユーザの操作なしでキャラクターが自律行動するシステムが特徴となっている。
昔は新作のMMORPGがリリースされるたびに遊んでいた。しかし、ゲームの時間が取れないことから徐々に離れていたのだが、何気なく見た週末に見たCMを見て再燃したのだ。
どれくらいやる気を出したかと言えば、月曜日の今日、定時で会社をあがりダッシュで帰宅したくらいだ。
このゲーム、きれいなグラフィックに基本無料であり、課金すれば高性能な装備が手に入る。しかも、RPGらしくシナリオやイベントが随時追加されるため、ネットでは究極のソロゲーとまで呼ばれていたりもする。
正にソロゲーマーな俺にはぴったしのゲームである。
「おっ。金がかかってそうなムービーに壮大な音楽……いいねいいねー」
ムービーを見た後、ゲームへとログインした。どうやら荒れた大地に神の使いとして降り立ち、獣を倒していくというストーリーらしい。次は楽しいキャラクター作成の時間だ。作成可能な人数は基本1人となり、増やすには課金が必要となる。
「うおっ。パーツ多すぎだろ……」
昨今、キャラクター作成は複雑かつ高度化しているといわれているが……。性別や身長、顔の形や胸の大きさから、髪の色・長さ・ヘアカット、さらに瞳の形・色や唇まで多様に調整できる項目を見て茫然としてしまった。
「どーすんのこれ」
しかし、いつまでも固まっているわけにもいかないので、キャラクター作成の沼へと一歩足を進めるのであった。
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・・
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「やっとできた!ある意味ゲームクリアだなこりゃ……」
どれくらい経ったのか、日付は翌日となり腕はマウスの使い過ぎで痛くなっている。明日も仕事なので、今日はログインして様子見した後に寝ることに決めた。
画面には作成したキャラクターが回転している。勿論性別は女性だ!誰から何と言われようとも、男の尻より女性の尻を見てゲームをするほうが精神衛生上いいのだ。
キャラクターの容姿はアジサイをイメージした薄い青紫の長い髪と眼に、身長は150㎝程度、胸はBくらいにしている。このゲーム、どうやら体格によってリーチや積載量が変わるため、余りネタに走ると痛い目にを合うらしい。
「むふっ。俺の嫁は可愛いぜ……」
キャラクター作成の段階でかなり満足したので、冷蔵庫からコーラを取り出して祝杯を挙げて[OK]ボタンを押す。画面が暗転して次の画面へと切り替わる。
「やっぱり、一番最初のログインってのはわくわくするもんだなぁ」
暗転した画面に俺のにやけ顔が映りこむ。作成しキャラクターの名前は、6月――ユピテルの頭を取って”ユピ”と名付けている。
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私が初めて目覚めた場所、それは真っ暗な空間の中でした。上も下もわからない、けども何故かほのかに暖かく、目を閉じるとずっと眠ってしまいそうな場所でした。そして誰かが私に名前を”ユピ”と付けてくれました。
言葉ではなく頭の中に突然現れてくるような、そんな感じです。
私は真っ白な両手を目の前で組み目を閉じます。きっと名付けてくれたのは、私の創造主様なのでしょう。
そして、暗闇から一転、瞼越しに光が入ってきます。
「うわぁ!」
目を開けると一面の草原が目の前に広がり、涼しい風が頬を撫で、髪がふわりと舞い上がります。遠くには山が見え、雲一つない青空には小鳥が飛んでいます。
服装に視線を落とすと、茶色の服とズボンに腰には武骨な短剣が1本ありました。
少し重さを感じる短剣を抜くと、切れ味の鋭そうな刃に青色の長い髪と眼が反射します。
「――?」
私は唐突に短剣を構えなければ、戦わなければいけない衝動に駆られました。
思えば、最初に空を見て短剣を抜いた時もそうでした。まるで体が勝手に動くような――。
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ゲーム内のヘルプ機能を開きつつ始まりの草原を見渡すと――。
「ふむ。草原の向こうに敵がいるみたいだな。えーと、まずは短剣を抜くとこから始まるのか……短剣を出しっぱなしにすると街中に入れないとか細かすぎるでしょ。これ」
このゲーム、無駄にリアリティ重視しているところが売り文句の一つになっている。
例えばマップの天候変化や地形はリアルタイムに変化したり、キャラクターの能力を上げるには敵を倒すだけでなくトレーニングが必要であり、武器や防具には耐久値が存在し耐久値がゼロになると破損して使えなくなるのだ。
気づけば黒い小さな物体が目の前に現れた。敵にはマーカーは表示されないため、位置は目視で確認するしかないのだ。攻撃する場合、敵に対してロックする機能がないため常にカーソルを合わせる必要がある。
「で、向こうからやってきた敵というのが……」
小さな黒いウサギがユピの横をぴょんぴょん飛びはねて通り過ぎていく。
気が抜けた俺はウサギを追いかけるため振り向くと――茶色の小型犬が襲い掛かり一瞬でHP0になる。
「これはひどい」
思わずつぶやいてしまったが、大事なことなので2回言おう。これはひどい!
そんなわけで、穏やかな広い草原にHP0のユピが1人倒れている。神官スキル[蘇生]があればその場で復活できるらしい。
当然そんな知り合いはいないので、リスタート[Yes]をクリックするとキャラクター選択画面へと戻ってきた。
初期キャラクターのHPは50なので1分程度放置すれば自動回復機能で全快になるようだ。
この短い休憩時間に敵と装備を再考する。
「やはり課金か……」
悲しいかな、結論はすぐに出た。そんなわけで、費用対効果の高い課金アイテムを探すことにしたのであった。
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短剣を構えて草むらの奥を見ると、生き物が近づいてきている音がします。
戦った経験はいままでありません。今までの記憶というものが全く思い出せない一方で、この世界の知識はスラスラと思い出せるのは何故でしょうか。不思議です。
「――大丈夫っ」
短剣の先が震え、背中が湿ってきます。
そして生き物が目の前に現れると――黒いウサギが1匹、横を通り過ぎていきます。赤い目のウサギと目が合い、思わず頭を下げてしまいました。
そしてウサギの行き先が気になったので後ろを振り向くと、衝撃が私に襲い掛かり地面へうつ伏せに倒れこんでしまいます。体の痛みはありませんが、起き上がろうとしても指一つ動きません……。
徐々に目の前が真っ黒になっていきます。私はここで終わってしまうのでしょうか。
「いいえ、こんなところで終わってしまうわけには……」
草原の風景があの暗闇へと戻っていきます。その光景を眺めつつ、何故か安心してしまう私がいるのでした。
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課金ページを閉じてキャラクター選択画面へ戻ると、既にユピのHPは全快していた。
再度草原へと降り立ち、装備画面を開くと課金アイテムの数々が表示されている。
「ふっふっふっ……」
アイテムは初期キャラクターでも使用可能な最高装備、ナイフAにガードAと革の防具系、経験値取得200%の巻物、攻撃速度増加30%の薬、大量の回復薬と少量の毒消し薬と万能薬、即死回避の身代わり人形5体だ。
通常のナイフはATK20、ガードはDEF5だが、ナイフAはATK100、ガードAはDEF20もあるのだが、装備して24時間しか持たないアイテムだ。両方とも200円しかしないため、時間の限られた社会人には有用なアイテムだ。
また、200円ほどする巻物系も一定時間しか効果がない。
俺は武器と防具を装備させ、巻物を使ったことを確認して、草原の奥に見える森へユピを突撃させた。
寝る時間まであと少し、少しでも経験値を稼ぎたいところだ。
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「――うぅ……」
私は暗闇の中で目覚めました。見たことのない世界の幕開けはあっけないものでした。
「ぁあああぁ……」
余りのあっけなさに頭を抱えてしまいます。きっと創造主様も、こんなダメな私を見捨ててしまうかもしれません。
そんな悪い考えが浮かんでは消え、浮かんでは消えてどのくらい経ったのか、気づけば先程の草原に立っていました。
「創造主様、ありがとうございます。私――ユピは頑張ります!」
私は青空を仰ぎ感謝の祈りを捧げます。するとどうでしょうか、頭の中に見たことのない服と武器が浮かび上がってきます。私がその服と武器を頭の中で手に取ると、着ていた布の服が一瞬でこげ茶色の革服になり、手には真っ黒な刃の短剣が握られています。
視線を上げると草原の向こうに森が見え、背中が押される感じがしました。
「わかりました!」
ユピはわかりました。これは私を試す試練なのですね!
まだ日が高い中、私は森に向かって歩き出しました。
・・・
・・
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「たあっ!」
どのくらい殺したのでしょうか。木々の間から襲ってきた野犬に短剣を振るうと、抵抗なく足が飛びます。転がった野犬は私の方を向いて唸り声を上げるので、盾をぶつけて吹き飛ばし、倒れて動けなくなった所で腹を裂きます。
森に入り野犬やヘビなどが襲ってくる度に、盾で防ぎ短剣で切りつけ、盾と腕は返り血で真っ赤に染まっています。
初めは体が動かされている感じでしたが、気づけば私自身の意志で動かせるようになっていました。
「回復薬をお恵み、ありがとうございます」
戦いで腕にひっかき傷ができたので、創造主様より頂いた回復薬を取り出して傷口へかけると、見る見る傷がふさがります。創造主様は薬を多用していましたが、既に残数も少ないため節約しないといけません。
――ガサガサ……
「ん!」
茂みの向こう側から視線を感じますが、襲ってくる様子はありません。
先程の戦いの中で、創造主様は襲ってこない動物は見逃していたことを思い出し森の奥へと足を向けます。創造主様は無益な戦いは好まず、弱者を労わる素晴らしい方なのだとユピは理解したのです。
森の奥へ向かうごとに植物や生き物が大きくなってきているようですが、戦うことで身体能力も上がってきているので問題ないと判断します。
「うわあああぁぁぁ!!!」
「このっ!!」
森の奥から少年たちの叫び声と少女の鳴き声が聞こえてきます。
私は短剣を握りしめ、森の奥へを走り出しました。
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日は傾きつつあり、俺の足元には長い影ができている。
目の前には3匹の大型の狼が牙を出して唸っており、視線を外せばすぐに襲い掛かってくるだろう。
俺は両手で持った長剣を狼へと向けた。
「くそっ!」
初めは普通の狼やヘビだって問題なく倒せたんだ。だから調子に乗って森の奥まで来てしまった……。
家の奥にあった長剣を見つけて、次の季節に16歳の成人になって触れるようになるからって、勝手に持ち出してしまったんだ。
いつもの2人――真面目なニコルと、心配性なターシャに自慢するため村の近くの森に誘ってしまってこの様だ。
「ターシャ、ニコル。俺が囮になる。2人で逃げてくれ!」
「テオ、僕も残るぞ!」
「ぐずっ……足が震えて走れないの……」
「――っ!すまん」
「謝るぐらいだったら!……いや」
ニコルが荒げた声を鎮める。いっそ激しく罵られた方が気が楽だった。
ターシャの押し殺した鳴き声が森に響く。狼たちがゆっくりと一歩ずつ近づいてくる。
俺の手と背中は汗でぬれ、額から汗が地面に落ちていく。
「誰だ!!!」
その時だ。俺たちの来た方向とは別の方向から、人――少女が1人飛び出てきた。
少女が見たことのない黒い刃の短剣を振るうと、一瞬で狼どもが死体になっていた。
狼の死体を見つめて何かつぶやいていた少女の視線がこちらを向く。
短剣を持った少女の手は真っ赤に染まり、感情の読めない青い瞳に見たことのない青い髪が風に揺れる。
こんな森の中、正体不明の少女に俺は剣を向けなおそうとするが。
「あ……ありがとうございます。私、ターシャって言います!」
「ニコルです。助けてくれてありがとう」
2人が挨拶をすると少女は無言で頷き返してきたので、俺は剣を地面へ下げた。
「俺はテオだ。助かった、ありがとう」
少女の手に持っていた短剣が溶けるように消えていく。魔法なのだろうか?
魔法使いは国王や貴族、一部の有力者しか使えないと聞いているが、見たのは初めてだ。
彼女の綺麗――というよりは作り物のような整いすぎている容姿は、どこかの国のお姫様と言われても誰も疑わないだろう。もっとも、雰囲気は野獣のようだが……。
・・・
・・
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「あれが俺たちの村なんだ」
森を出ると草原が夕日で赤く染まっていた。
草原の先に小さく見える村を指さすと、彼女は頷き返してくれたので足を進める。
3人で村の皆にどんな紹介をするか話あっていると、直ぐに門の前に到着した。
「お前ら!どこに行っていたんだ、手の空いてる奴らで探したんだぞ!」
「ごめん……」
「「こめんなさい」」
3人で謝り、彼女を紹介しようと振り向く。
「何してんだ?お前ら」
「「「えっ!」」」
俺たち3人が振り返ると、そこには夕焼けに照らされた広い草原が広がっている。俺は2人の方を見ると、2人とも茫然とした顔で俺を見返してきた。
さっきまで後ろをついてきていた彼女の姿はどこにも見当たらなかった。まるで出会ってからの出来事が夢のように。
風が吹いていないのに汗だくの体は肌寒く、ターシャの顔は真っ青だ。
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「ログアウトしたし、そろそろ寝るか」
そう独り言ちで男は部屋の電気を消して、布団にもぐりこんだ。
――これは後に課金で散財する主人公と、神の使い走り、狂信者、神の嫁、下界の掃除人――と呼ばれる少女の始まりの物語。
「狂信者が来たぞー!」
「な、なんだってー!?」
「俺は逃げるぜ……」
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「コソ泥共!神を、創造主様を崇めなさ……おかしいですね。誰も居ません」
「マジ止めて……胃が痛い……」