カノクニ
一昨年に書いたやつです。今見ると恥ずかしすぎて死にます。
ここは、10の“神木”の加護を受けている“神木ノ樹海”。このセカイには神の分身とよばれる10の“神木”が存在した。ブナ、ケヤキ、サクラ、ナラ、クスノキ、カエデ、イチョウ、マツ、スギ、ヒノキ。ブナの“神木”を崇める1族は“ブナ族”。そんなふうに10の部族に分けられていた。そして、その部族の者は皆同じ髪と目の色をしていた。
そのセカイにサツマという少年がいた。サツマは“ブナ族”だが、明らかに異様な容姿をしていた。“ブナ族”はたいてい“ワカミドリ”の髪と“コンキキョウ”の目の色をしているのだが、サツマの髪は輝くような“オウゴン”の色をしていて、目の色は“コキヒ”という、“ブナ族”にはありえない容姿をしていたのだ。
~ソンナ“サツマ”ノ“ボウケン”ノハナシ~
その日は、5年に1度、ブナ族の“神木”、『ヴィーナス』を崇める『儀式』の日だった。もちろん、“ブナ族”は全員が参加せねばならない。どんなカタチでもだ。その『儀式』とは、“イケニエ”を『ヴィーナス』の根元にある“清メノ聖泉”にしずめ、捧げるというものだった。そして、この年の“イケニエ”は―――
「おい!!何をしているんだ!!!さっさと来い、“イケニエ”!!!」
その声と共に腕を縛られ、無理やり歩かされる。
(全く、酷いもんだよな…僕が“イケニエ”にならないとムラに災厄が訪れるというのに)
そんなことを思いながら歩いていると、昔のことが蘇ってくる。
「そんな気味悪ぃ髪と目の色でよく“ブナ族”を語れるよなぁ」
「お前なんかが“ブナ族”なわけねぇだろ!!」
「そもそも、最近日照りが続くのもお前のせいだろ!?」
「そうだな、そうにちがいねぇ!!」
「お前なんて消えちまえばいいんだ!!」
横を通るだけで暴言をはかれる。殴られる。蹴られる。その原因はすべて髪と目の色のせいだ。『気味が悪い』『呪われている』そう言われるほど、忌み嫌われていた。
そんなサツマを守ってくれるのはいつでも母だった。5歳までは―――
5年に1度の儀式の日、ムラオサと数人の男が家に入ってきた。そして、腕を拘束され、サツマの母は儀式の舞台、“清メノ聖泉”に連れて行かれる。だが、そんな状況下でもサツマの母は堂々と歩いていた。
「母さんっ……!!」
遠ざかっていくサツマとチガウ“ワカミドリ”の髪の母を呼び止める。すると母は少しだけ振り返り、
「サツマ、大丈夫だよ!私はすぐに迎えに行くから!!」
そのとき、母は少しだけ笑ったような気がした。
そのあと、母は帰って来なかった。
(結局、母さんの『迎えに来る』も僕を安心させるためだけの言葉だったんだろうな…)
このことを考えると、最後はここにたどりつく。大好きだった母でも信じられないほど、ココロは傷ついていた。
(そもそも、何故僕は母さんと違う髪の色なんだ…?)
(何故髪の色が違うだけで嫌われるんだ…?)
(僕は何かをしたのか…?)
ぐるぐると答えのない問いを自分自身に問いかけてもなにも分からない。そんなことを繰り返していると、ついに“清メノ聖泉”に着いてしまった。
「さっさと祭壇にあがれ」
そんな上からものをいう奴の命令になんか従いたくはなかったが、殺されるのもまっぴらごめんだ。しかたなく祭壇のうえにたつと、手足に重い鎖をつなげられる。これをつければ、水の上には到底浮かべない。下を覗くと、水まではだいぶ高さがある。
(母さんはこの水の中で死んだのか…)
聖泉は人なんか死んだ事はないようにどこまでも澄んでいる。
(この中で死ぬんなら悪くないな…)
そんなことを考えていると、ムラオサが何かを唱え始めた。おそらく、“イケニエ”を捧げることを『ヴィーナス』に告げるための言葉だろう。そして、それが終わったと同時に―
どんっ。
背中を押された。くるくると宙を舞うとき、一瞬だが、母の姿が見えた気がした。
どぶんっ。
その音と共にサツマの体は水の中に沈んでいく。
(本当に綺麗だ…)
視界には青みがかったセカイが広がっている。そして、息がもたなくなり、気を失いかけたそのとき―――
『サツマ』
そう呼ばれ、うっすらと目を開けると、目の前には死んだはずの母がいた。
『約束通り、迎えに来たよ…一緒にいこう、“カノクニ”へ…』
驚きで口の中に残っていた僅かな空気がごぼぼっ…という音と共に水中へ消えた。でも…
息が、できる。
『うふふ、驚いた?』
母はそう言ってサツマの手をひく。いつのまにか、重い鎖は消えていた。
「え!?母さん…!?」
不思議そうに自分の手足を見て母を見るが、母はにっこりと微笑むだけで、代わりにギュッと抱きしめた。
『サツマ…会いたかった…!ごめんね、寂しかったよね…!』
母は泣きながら、にっこりと微笑んでいた。サツマは状況をのみ込めずに、抱きしめ返すだけだったが、1つの疑問が浮かぶ。
「母さん…?なんで、生きてるの…?」
『う~ん…それは、“カノクニ”で説明するから、ちょっと待っててね…。そろそろ“カノクニ”に行かなくちゃね…』
と母は言って抱擁を解いた。
そして、水中を歩くように進んでいると、母が前に向かって指をさした。
『ほら、見えてきた。あれが、“カノクニ”よ!』
母の指さす方に目を向けると、そこにはもう1つのセカイが広がっていた―――。
そのセカイに入ると、そこにはマチが広がっていた。初めてのセカイにしばらくくるくると周りを見回していたサツマは母の様子が前と違うことに気づいた。母の髪の色は“ワカミドリ”だったはずが、サツマと同じ“オウゴン”にかわり、目の色は“コンキキョウ”だったはずがサツマと同じ“コキヒ”になっていたのだ。
『あはは、驚いた?本当の姿はこっちなんだけどね。術を使ってたんだけど、向こうのセカイじゃ弱まるみたいでサツマにはかけられなかったの…ごめんね…って、ごめんごめん、わかんないよね。続きは“カノクニ”で詳しく話すから!!』
母は慌ててそう言うと、サツマの手をひいて“オウキュウ”と呼ばれる城の方へ走ってい
った。
母に手を引かれ“オウキュウ”の中に入ると、長い1本の廊下が真っ直ぐに伸びている。
『この先が本当の“カノクニ”よ。ハンパな気持ちじゃ入れないわよ。覚悟をきめてね。
あ、そうだ、忘れてた…正装に着替えないと入れないんだった…』
そう言った母が何かを唱えると、サツマの服はいつの間にか白藍の巫女服に着替えていた。母も猩猩緋の巫女服に着替えていた。目を白黒させているサツマをよそに、
『さあ、行くわよ!!』
母はそう言って駆け出した。サツマも母に遅れぬよう、慣れない巫女服で必死に走っていると、突然目の前が光り輝いた。そして―――
「どこ…ここ…?」
サツマと母はなぜか天空の雲の上にいたのだ。
『やった!!“カノクニ”に入れたのね!!』
突然のことにサツマは目を白黒させながら、周りを見回していた。
「母さん、ここ、どこ?」
そう問いかけるサツマをよそに、母は
『う~ん…よくわかんないから、“御社山”でみんなに教えてもらおう!』
と言ってサツマの手をひいて歩きだした。
10分くらい歩いただろうか。雲の上を歩くとは、なんとも不思議なことだな…とサツマが思っていると、母が声を低くしてこう言った。
『“御社山”はこの世で1番神聖だから、静かにね。あ、ほら、見えてきた!』
母は嬉しそうにぱたぱたと駆けていく。そこには、樹齢1万年はこえていそうなブナの巨木がそびえ立っていた。その麓には、赤い鳥居が幾重にも連なり、“御社山”と呼ばれるものへと続いていた。
『サツマ、早く早く!!』
母が遠くで手を振っている。さっきの忠告はなんだったんだ…と内心思いつつも、母の方に駆け出した。
『ついたね、“御社山”に。心の準備はいい?』
「うん…」
そんな会話をしたあと、母は物々しく“御社山”の扉を開けたと思うと―――…
『みんなぁ~!!!たっだいまぁあ~!!!』
と叫びながら駆け抜けていった。すると…
『ちょっと!!うるさいわよ!!ここでは静かにっていってるじゃない!!』
母の声に比べて低い声の女の声がした。
『まあまあ、いいじゃないか。会うのも久しぶりなんだし』
優しげな男の声もする。
『アポロ!!あんたはこの子に甘すぎるのよ!!だからこんなに天真爛漫に…』
さっきの声とはまた違う女の声がする。
『うるさいぞ!少しは静かにしろ!!』
また別の男の声がする。
“御社山”の中はいつの間にかてんやわんやの騒ぎになっていた。サツマがどうしたらいいのか分からずに立ち尽くしていると、サツマと同い年くらいの少女がとことことやってきて、サツマの袖を引っ張った。
「あなたがサツマね?母さんたち止めるの手伝って」
少女は止めるのに疲れたようにサツマを見つめる。
「え…うん、いいけど…君、誰?」
サツマも大人達の暴走は止めたかったが、少女が誰なのかは一応知りたかった。
「後で教えるから、今は手伝え!!」
少女は焦っいているようだった。しきりに爪を噛んでいて、イライラしているようだ。
「あー、うん。いいよ。手伝うよ」
「なんだ、その投げやりな感じは!!」
そんなやりとりをしていると、少女の顔から血の気が引いた。
「やっべー…あの方が来ちゃうじゃんか…さっさと手伝え!!」
少女はひどく慌てた様子でサツマに命令すると、サツマの手を引いて“御社山”の中に入った。
「…んで、僕は何すればいい?」
とくにすることがないんじゃないかと思って口にすると、
「あー…あんたはそこにいればいいよ…」
少女はこう言って息を吸い込み始めた。そして、思い切り手を叩き、こう叫んだ。
「うるさぁあああぁい!!!大切なお客様がいるのよぉお!!!」
すると、大騒ぎをしていた中の住人が急に静かになった。
(え…さっきの大騒ぎしていたのって…全員大人かよ…)
サツマが心の中で密かにツッコんでいると、母が申し訳なさそうに輪の中から出てきた。
『あはは…ごめんごめん。私、帰ってくるといっつもテンション上がっちゃって…あはは』
サツマは苦笑しつつも、懐かしいな…と思っていた。
(母さんはいつもテンション高かった気がするけど…)
「…母さん、ここはどこなの?んで、この人たち誰?」
サツマの問いかけに、母の目が泳ぐ。
『ええっと…う~…んと…誰か助けて!!私説明は受け付けてないんだけど…』
と、大変なことを言っている。
『あんたの息子にはあんたが教える!そういう教えでしょ!』
大人の中からそんな声がして、母はついに『はぁあい…』と言って喋り出した。
『えっと…じゃあ、まず私たちが誰かというと…そうね、私の自己紹介がまだだったわね』
(え…母さんは母さんじゃないの…?あ…そういえば、母さんの名前って…?)
とサツマが疑問に思っていると…
『私の名前は…【ヴィーナス】。愛と豊穣の女神。ブナ族の創造神よ』
母は衝撃の事実を口にした。それを告げられたサツマは…驚きで動けずにいた。
「は?え?はあぁぁあああぁっ!!?」
(嘘だろ!?母さんが女神!?ブナ族の中でも最底辺にいた僕の母さんが女神!?訳わかんねえ…)
サツマが混乱していると、母はさらに驚くようなことを言う。
『あはは、おどろいた?その“オウゴン”の髪と“コキヒ”の瞳は神の子のあかしなのよ』
(まだよくわからない…神の子…僕が?)
『う~ん…わかりにくいかな…とりあえず、この人たちの説明するね。この人たちは全員私の兄姉なの!父神、主神のジュピターと母神、結婚の女神のジュノーから生まれたの!』
母は得意げに話すが、サツマにはよくわからない。
「ふぅん…で、それがどうしたの?」
そう問いかけると、母はこう答えた。
『この世の創造神の子供だよ!?嬉しいじゃない!』
やっぱりよくわからないが、黙って話を聞くことにした。
『えっと、ここにいるのは全員神で…アポロ兄さんが芸術の神でケヤキ族の創造神。長男ね』
アポロと呼ばれた男がサツマに軽く会釈する。垂れ目で優しい印象を受ける。
『ダイアナ姉さんが狩猟の神でサクラ族の創造神。長女ね』
ダイアナと呼ばれた女も軽く会釈する。勝気そうな印象を受けるような女だった。
『ヴァルカン兄さんが鍛冶の神でナラ族の創造神。次男ね』
母は面倒くさくなったのか、早口にさらっと言ってしまった。
『ミナーヴァ姉さんが戦争の女神でクスノキ族の創造神。次女。マーズ兄さんが戦いの神でカエデ族の創造神。三男。ネプチューン兄さんが海の神でイチョウ族の創造神。四男。セレス姉さんが豊穣の女神でマツ族の創造神。三女。ヴェスク姉さんがかまどの女神でスギ族の創造神。四女。ヒノキ族の創造神が結婚の女神、ジュノー母さん!はぁ、息が…ふぅ…』
こんなにも物を早く言う母をサツマは初めて見た。ここにいるのが神だということは分か
ったが…
「ここはどこ?」
そこがよくわからなかった。サツマの母が再び目を泳がせると、
『そこからは俺が話をしよう』
と、アポロが助け舟を出してくれた。サツマの母はホッとしたように笑う。サツマも、
(まあ、母さんよりはまともな説明をうけれるだろうけど…)
と、かなり酷いことを考えていた。
『ここは、神が住むセカイなんだ。そして、ここは神の血が流れてないものは入れない神聖な“御社山”』
母の説明よりこっちの説明を聞けばよかった…と思いつつ、さらなる質問をした。
「何で僕がここにいるの…?」
その場にいる全員が一旦顔を見合わせ、頷きあった。
『それはね、俺らが“もうひとつのセカイ”を創ろうとしているからだ。そのためには、君たちのような次世代の神が必要なんだ』
「…は?」
あまりにも壮大な話にサツマはぽかんと口を開ける。
『このセカイはニンゲンが腐りきってしまった。現にイケニエという意味もない無駄で自分勝手な制度までができてしまっている。君とヴィーナスがいい例だ。もうひとつのセカイでは、平和でなセカイを築いて欲しいと思う』
勝手に話が進められていくことにあせったサツマは慌てて質問をする。
「何で母さんは生きていたんだ!?そこが1番疑問なんだけど…」
『それは単純に神だからだ。神は不老不死だからな。それにしても、神に気づかないなんて…ニンゲンも堕ちたものだな』
(何でそんな単純なことに気付かなかったんだ…僕は馬鹿か…)
自分に自分でツッコンでいると、さらに話が進んでいく。
『“もうひとつのセカイ”を創るには、現在あるあのセカイで神の子である君らが“運命の人”を見つけて帰ってこなければならない』
アポロの言葉に多少の違和感があることに気がついたサツマは、すぐに聞き返す。
「え…?『君ら』って?」
『君には、他の神の子と一緒にセカイを創ってもらう。他の神の子も“運命の人”を今あるセカイから連れてきてもらう。お~い!!モエ、ヒスイ、リネ!!』
そう呼ばれた途端、サツマと同い年ぐらいの男女が“御社山”の中に入ってきた。
『この子達が神の子だ』
そう言われた子は、全員がサツマと同じ髪色と瞳の色をしていた。
「あたしがモエ。アポロ父さんの子ども。さっき話したわよね?よろしく」
さっきよりはイライラしていないようだったが、言葉がいやに簡潔だ。
「わ、私がヒスイです…!ヴェスク母さんの子…ですっ…よ、よろしくお願いしますっ…」
モエと違って、かなり可愛げがある声だった。高い位置に結んだ二つの髪が揺れている。
「僕がリネ…です。マーズ父さんの子です。よろしく…」
サツマとはちがい、髪が短い。何故か、考えが読めないような無表情な顔をしていた。
『こいつらとあのセカイに戻って、“運命の人”を探してこい。期待してるぞ』
にかっと笑いかけられ、少し困った挙句、引きつった苦笑いになってしまった。
「僕が行くことは決定事項なんだな…」
サツマがため息混じりにそういうと、母がこういった。
『サツマは母さんの自慢の息子なんだから!期待してるわ!頑張って!!』
「ところで、君の名前はなんていうの…?」
リネといった少年が遠慮がちに聞いてくる。
(ああ、僕の自己紹介か…)
初めての自己紹介だな、と思いつつ、サツマは胸をはってこういった。
「僕はサツマ。ヴィーナスの子だ。これからよろしくたのむ!」
~ココカラ、“サツマ”ト3ニンノ“ボウケン”ガハジマル―――…~