第三話 魔法使いは片思い中
片野に声を掛けるようになってから半年、やっとガードが解けてきたように思う。
だが、まだまだだ。俺が声を掛けるのを止めてしまえば、これ幸いと姿を消すだろう。まったくふざけた奴だ。
「薫、今度の休日何だが」
「あ、私今度の休日はちょっと実家に戻るので無理です、ごめんなさい」
「じゃあ月曜に夕食に付き合え」
「……げ、月曜は」
「金曜でもいいが?」
「しゅ、週末はちょっと」
片野は、俺が名前で呼んだ事に気付いたんだろうか?
まあいいか。
「じゃあ月曜な」
「あ……、はい」
頷いた薫に満足して笑い、今度の休日は大人しくしているかと部署に戻ると、何故かメインから呼び出しが来ていた。
「おい、あっちで何かあったのか?」
「え?ああ、呼び出し来てましたか」
「ああ。何か聞いてるか?」
森田に聞いてみればクスクスと笑われ。
「瀬尾さん、すっかり忘れてるようですけど、魔女集会ですよ、恒例の」
「あ……」
薫を落とす事にばかり集中していたせいかすっかり忘れてた。
年に一度開かれる魔女集会が来週末に開かれるって知らせを受けていたのを忘れていた。これには必ず顔を出さなきゃいけない決まりで、これは各国にいる魔法使いと魔女が必ず行う血の儀式にもなっており、古の契約の一つだ。
「……まずいな」
「え、何か約束したんですか?」
「いや、振られた」
森田が驚いた顔をして俺を見上げて来るが、薫に振られる事には慣れた。
「あのな、たぶん薫の事が話題に出される」
あの件から半年を過ぎている。そろそろ結果を求められるだろう事は理解していたし、報告だけは欠かさないようにしていたんだが。
「……まずいですね」
「だろ?どうするかな」
「記憶を抜かれたりしたら、今までの瀬尾さんの努力が水の泡ですよね?」
「無理だろう。あの後直ぐに処置していれば別の話しだが、今はもう俺と薫の間柄を知らない奴を探す方が難しい」
「……まさか、狙ってたんですか?」
「まあな」
あっさりと認めた俺に、森田が「騙された……」何て言っていたが、そんなもん今更だ。
「瀬尾さんの家は代々魔法使いですからね。欠席も出来ないでしょうから」
「あ、森田、お前代わりに出ろよ」
「無理ですよっ!何言ってんですかっ!」
「よし、森田の今後を祝ってアビゲイルに報告しておくわ」
「止めて下さいっ!僕がそんな所に出られる訳が無いじゃないですかっ!」
「何言ってんだよ、突然変異。しかもSランクだぞ?もっと胸を張れ!」
「瀬尾さーん、ホント勘弁して下さいよー」
「しょうがねえな、俺も一緒に行ってやるよ」
「いや、そうじゃなくてですね」
「あ、アビゲイルか?」
『……君は時差と言う物を学んだ方が良い』
魔法で呼び出したアビゲイルはどうやら、寝入り端を挫かれて不機嫌になっているようだが、そっちだって時差なんて考えた事ねえだろうがと返せば『それもそうだね』とあっさりした返事が来た。
『それで?どうしたんだい?』
「今度の魔女集会なんだが、集会に参加させたい奴がいるんだ」
『ああ、森田君かな?』
「察しが良くて助かる」
森田の顔色が青くなっているのが解るがまあ、大丈夫だろう。
『うん……、いいよ』
「ええっ!?」
『なんだい、森田君がそこにいるのかい?』
「ああ。隣で顔色悪くさせてるぜ」
『全く、君はいつも周囲をハラハラさせるね』
「楽しんでるくせに」
『まあ、そうだけれどね』
そうしてアビゲイルと俺がくつくつと笑い合い。
『森田君、聞こえるかな?』
「はい、聞こえます!」
『君もSランクの魔法使いだ、確かに出席する権利があるよ』
「で、ですがまだ新参で」
『誰でも最初はそうだよ、森田君。君の血は君から始まるんだ』
「はい……」
『瀬尾の代わりに魔女集会に出るようにね』
「は、い、解りました……」
アビゲイルの言葉にしょんぼりと肩を落とした森田は、軽く溜息を吐き出した。
「森田、頑張れよ?」
「瀬尾さん……、僕、瀬尾さんを恨みます……」
「何でだよ。最初の誓いにあるだろう?魔法使いはその血を残すって奴が」
「そうですけど……」
「特にSランクは、その血の継承の為に魔女と結婚する事が推奨されてるからな」
「けど、瀬尾さんは関係ない人を誘ってるじゃないですか」
「森田。魔法使いとして瀬尾家が存続して何年経ってると思う?」
「え?ええと、確か六百二十四年、でしたよね?」
「……お前、良く覚えてんな?」
「ええ!?でも、日本最古の魔法使いの家系だって教えられてますよ?」
「へえ?知らなかったぜ」
「そんな……」
「まあほら、そう言う長い家系があるって事は、魔法使いの血も濃いって事だろ?」
「はあ、まあ、そうかもしれませんけど」
「それに、ここんとこ代々Sランクしか生まれてねえし」
「うわあ……、それって自慢ですかっ!?」
「いや、事実だよ。まあ、そんな訳で瀬尾家は魔女との婚姻は別に絶対って訳じゃねえし、ついでに言うと、瀬尾家を継ぐなら他にもいるからな」
「いるんですか、瀬尾さんみたいな嫌味な男が他にもっ!?」
「おい、嫌味って何だ、嫌味って」
そう言いながら森田の頭を軽く叩けば、森田はぶすっと不貞腐れながら俺から目を逸らした。
「だって、瀬尾さんは何してても格好良いって言うか、ただ仕事してるだけなのに格好良く見えちゃうんですよね。座り方とか含めて。しかもお金持ちだし顔は整ってるし、なのに気取ってる訳じゃないし」
ぶすっとしながら色々言って来る森田に、口元が歪み始める。
「しかもですよ?魔法使いって言う特殊な能力あってそれがまたSランクとか!もう本当に嫌味にしか思えませんって、僕の話し聞いてます?」
「き、聞いてるっ、くっ」
「全く、僕なんて凄く必死に努力してやっとこの場にいるのに、瀬尾さんはあっさり仕事熟して私生活も充実してるとか。羨ましいを通り越してやるせなくなるんですよ」
そこまで聞いてもう駄目だと、ぶはっと吹き出して思い切り笑ってしまった。
笑う俺に森田が顔を赤くしながらも「何で笑うんですかっ!」何て言って来るから更に笑う。何だコイツ、本当に面白いな。
「なあ森田」
「なんですか」
「抱いてやろうか?」
「……………………」
ニヤリと笑いながらそう言うと、目と口を思いっきり開いて俺を凝視した森田は、「無理です無理です、僕はそんな趣味は無いんですっ」と必死に言って来るのがまた笑えて、ついには腹を抱えて笑ってしまった。
これはアビゲイルに報告しておく事にしようと、早速魔法を使って送っておいた。
記憶を送れるってのは本当に便利だと思う。
「あー、森田のせいで腹が痛い」
「瀬尾さんが性格悪いのがいけないんですよ」
「お前、そんなんじゃ食われるぞ?」
「え?」
「魔女集会。気を付けろよ?」
「……え?あの、魔女集会って血の儀式ですよね?」
「そうだが?」
「も、もしかして生贄が必要なんですか?」
森田の問い掛けに一瞬眉を顰めた後、ニタリと笑った。
「気を付けろよ?禁断の術には人の生き血が必要なんだ」
「………………ほ、本当に?」
若干顔を青褪めさせた森田にもう一度ニタリと笑った後、さて仕事しようぜと声を掛けてデスクワークを熟して行った。何やら考え込みながらも隣で仕事を熟して行く森田を見ながら、笑いが込み上げて来るのを必死に堪えてた。
*** *** *** ***
薫と夕食を共にしながら話すのはいつも、他愛もない話だ。
会社での出来事や電車での出来事を語る薫は、割りと上機嫌だと思う。
「で、その人の忘れ物を持って追い掛けて、届けたんですけど」
「ああ」
「何故か凄くムッとした顔をされて、さっと引っ手繰るように持って行ってしまったんですよね」
「……礼も無しか」
「ああいえ、別にお礼を期待して届けた訳じゃないからそれはいいんです。だけど、こう、引っ手繰るように取らなくてもって。爪が当たって引っ掛かれたし」
「なにっ!?」
「かすり傷でしたからもう治ってます。だけど、何かちょっとショックでした、あれ」
「……追い掛けて転ばせてやれば良かったのに」
「そんな事考えもしなかったですよ。物凄く嫌な気分にはなりましたけどね」
ちっ。
必ず見付け出して報復してやろうじゃないか。
ったくふざけんな。
「けど、引っ手繰るその仕草が何となく猿みたいですよね」
「猿……、ああ、猿、うん、確かに」
「ね?その時も『猿かよっ!』って思ったし」
「そうか。まあ猿なら仕方がないか」
「はい、猿なら仕方がないです」
薫が怪我をした分、倍の報復は決定しているが。
相手が猿なら遠慮はいらねえな。
「……瀬尾さん?」
「うん?」
「あ、いえ、なんでもないです……」
怪訝な顔をして俺を見ていた薫は、そう言って言葉を濁した。
魔法使いってのは特殊な能力を持っているが故に、人の世界からはみ出してしまう。だが、人の世界と関わりと持たなければ生きて行けないのだ。
だから、小さな内から専門機関で教育される事と、人の世界で生きる為の制約を交わすのだ。日本での魔法使いの拠点として、瀬尾家があの会社を創り、一般人も登用はするが主に魔法使いと魔女が仕事をする為の居場所になっているのだ。
一般人の仕事は薫がいる四階まで。
その上は全員が魔法使いか魔女だ。ただし、魔法使いとして一番ランクが低いDランクの者達を四階に置いて、一般人が上に行かないよう監視をしている。
薫と出会うきっかけとなったあの時は、Dランクがいる部署で細かい打ち合わせの話しをしていたからだった。
魔法使いに来る仕事は大抵国絡みだから、他国との細かいやり取りや打ち合わせが必要なのだ。だから、そのバックアップをするメンバー達と仕事の話し合いをしている最中、俺が案を出した途端に野村が強硬に反対し始めて。
いい加減頭に来てたってのもあって、言い合いをしている内に野村が逃げ出し、それを追う形であんな事になったんだよな。
Dランクの奴らは結界の外で冷や汗流してたらしいが。
ま、結果的には野村とのコンビの解消も出来たし、こうして薫とも会えたから俺にとっちゃ良い事だらけだが。
「瀬尾さんて、今まで何人ぐらい彼女いたんですか?」
「彼女?」
「あ、恋人?」
「ああ、いや、特定の女はいなかった」
「またまたあ。随分モテるじゃないですか」
「そうか?」
「そうかって。嫌味ですか」
「何でそうなる?」
「いえ、何となく瀬尾さんてスマートにエスコートしてくれるので、モテるんだろうなって思っただけですよ」
「……そうか?」
「はい」
ミモルトゥの助手席で、薫はそう言った後窓の外を流れる景色に視線を移した。
モテる、か。
「自分が好きな人に好かれなきゃ、モテても意味ないがな」
「え?」
「いや、何でもないさ」
そうして薫を送り届け、マンションに戻る。
殺風景なその部屋はやけに広く、冷え冷えしているように見えた。
ふう、と息を吐き出し、ソファに身を沈めて天井を見上げる。
何故かやけに人恋しくて、誰かに連絡を取ろうかと散々悩んだのだが。
「……他の奴じゃ意味がねえんだよ、薫」
思わず口を突いて出た言葉に瞼を閉じた。