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第二話 魔法使いは弟と結託する

 月曜の朝、駅で片野が来るのを待っていると、俺の姿を確認した片野が人混みに紛れようとして無駄な足掻きをしているのを発見し、わざわざ隣に並んで歩いてやれば面倒そうに溜息を吐かれた。

 まあいい。

 食事に誘ってみれば悉く断られ、思わず睨み降ろせば何故食事をしたいのかと聞かれる。


「君が気になるから」


 どう返事をするのかを知りたくてストレートに伝えてみれば、さらっと流された。

 面白い。

 それでも食い下がって何とか約束を取り付け、連絡先を聞こうとしたら「総務部第一部署」と返され、思わず溜息を吐き出した。こんな扱いを受けたのは初めてで、俄然やる気が湧いて来た。


「瀬尾さん、いつの間に片野と付き合いを?」


 戸川が朝からやって来てそう聞いて来るので、今度の木曜からだと伝えると顔に疑問符をたくさん浮かべながら詳細を聞いて来た。丁度森田もやって来て教えろと言うので、朝駅で待ち伏せて一緒に食事をする約束を取り付けた事を話せば、二人揃って「ないわー」と言いながら首を振る。


「瀬尾さん、僕ちゃんと朝は駄目ですって言ったじゃないですか」

「片野は今までの女と違うんですよ?」

「だが約束は取り付けた。後は押せ押せだろ」


 そして、森田と戸川が顔を見合わせ、溜息を吐きながら再び首を横に振るのを眺めながら、取り敢えず食べに行った後どうしようかと悩んでみたが。


「なあ、普通は食事に行った後は何処に行くんだ?」

「え?」

「あの、木曜ですよね?」

「そうだ」

「……次の日仕事なので、食べたら駅まで送って終わりじゃないでしょうか?」

「なに!?」

「なに!?って。瀬尾さん、急ぎ過ぎると逃しますから」

「お前ら、本当にそんな事してんのか?」

「当たり前ですよ。まずは安心させないと」

「あ、だからって安心させ過ぎても駄目ですよ?」


 森田と戸川の話しを聞きながら、こいつら本当に男なのか?と訝しみつつも、ありがたいアドバイスを聞き流していた。


「わかったわかった。急ぎ過ぎず安心させてから食えばいいんだな?」

「食うって。いや、まあそうなんですけど」

「って言うか瀬尾さん、本気ですか?」

「まあな」


 戸川が確認するように聞いて来るので答えれば、「うわ、ヤベエ」と呟いたのを聞き逃さなかった。


「何がヤベエなんだよ、戸川?」

「あー……。割りと片野って人気あるんですよね。本人全く気付かないですけど」

「本人に気付かれないアピールに何か意味があるのか?」

「…………無いですね」

「あれに特定の恋人がいても構わんが」

「はい!?」

「奪えばいい」


 ニヤリと笑いながら言えば、戸川が「出たよ……、魔王降臨だよ……」と言いながらやれやれとでも言いたげに首を振り、森田は「黒いです、瀬尾さん」と言いながら離れて行った。欲しい物は手に入れる、それが俺の信条だ。


「瀬尾さん、急ぎ過ぎないで下さいね?特に、こっちの仕事の事、バレないようにして下さいよ?」

「お前、俺を誰だと思ってんだよ」


 戸川の言葉に答えた後、デスクワークに従事しながらも次から次へとやって来る特殊な仕事の書類を片付けて行った。


「そういやジェネラルは?」

「さあ?」


 大抵朝からいるのに今日は出勤していないジェネラルの席を見ながら、まあいいかと流す。仕事で出勤しない事も多いからそれ程気にしなかったのだが。

 昼を過ぎてからメインからアビゲイルがやって来て、ジェネラルと野村の話しをされた。

 知らない間に二人は日本から出て行ったらしい。


「ファイア?」

「いや、別の国で頑張って貰うだけだよ。瀬尾、ちょっとおいで」


 アビゲイルに会議室に連れ込まれ、二人きりでジェネラルと野村の話をする。


「伊田と野村は色んな事を報告書にまとめて提出して来たよ」

「へえ。それで?」

「そうだねえ、君の報告書の方が綺麗にまとまっていた」

「そうですか」

「特に、五年分の会話の記録は良かったね」


 そう言ってアビゲイルがクスクスと笑う。


「野村は、君の前だと平静じゃいられなかったようだね」

「大迷惑ですよ」

「よく我慢したよ。伊田が頼りにならなかったってのもあったみたいだけど」

「あれで本当にSランク何ですか?」

「……まあ、昔はね、凄い魔法使いだったんだよ」


 アビゲイルが少し目を細め、遠い昔を思い出したのか軽く笑んだ。


「まあ、それはそれとして。君と野村のコンビの件では迷惑を掛けたね」

「まったくです。特別手当が欲しいぐらいですよ」

「ふふふ、残念だったね。野村は一応、レベル的には君に合っていたから」

「レベルが合っても人間性が合わなきゃ仕事は出来ませんね」

「そうだね、その通りだ」


 わざわざメインからアビゲイルが来たぐらいだから、今後日本での仕事も色々と変わるんだろうなあと思いつつ、二人で思い出話に花を咲かせ。


「おっと、そろそろ終業時間だ」

「滞在中は何処に泊まるんだ?」

「ホテルだよ。こっちの事情を知っている、ね」

「ああ、あそこか。なら食事でも?」

「いいね、久し振りに一緒に食べようか」


 そうして、アビゲイルと一緒に帰り支度をし、ホテルに送りながら一緒に食事を堪能した。やっぱりこういう所に誘った方が良かったかなと頭を捻っていると。


「そう言えば、君の意中の人はどんなタイプなんだい?」

「今まで俺の傍にいなかったタイプですよ」

「ふうん。それは楽しそうだ」

「ええ、楽しんでます」

「おやおや。少し同情するよ」


 そう言って笑ったアビゲイルにニタリと笑って見せれば、少しじゃなくてたくさんだねと訂正されたが。


「確信するような事があったんだね?」

「ええ。けど誰彼構わず喋るようなタイプじゃないですね、あれ」

「良かったね。今までの女性なら君を手に入れる為に脅して来たかもね」

「それなら記憶を奪ってしまえば済む事ですから簡単でしたけどね」

「怖いねえ、さらっとそんな選択をしてしまうとは」

「良く言う」


 そうして二人で笑い合った後、部屋までアビゲイルを送ってから帰宅する。

 留守電が光っていたので聞いてみると、野村の声で今までの詫びがつらつらと入っていて、ピーッと言う機械音に遮られて途中で終った。

 まあいい、これでやっとあのヒステリーから解放されたんだからな。


 そうして、片野と約束した木曜を楽しみにしながら仕事を熟し。

 定時だと言っていたのに、四十分も遅れて出て来た片野に文句を言うと「テメエのせいだよ」とぼそりと呟いたのを確かに聞いた。

 上手く誤魔化そうとしたが、生憎俺の耳はすこぶる良い。まあいい、誤魔化されてやろうとそのまま片野と一緒に移動し、片野が言う食事処へと入った。

 

 ガヤガヤと煩い店内で空いていた席に腰を下ろし、待っている間に質問を重ねて行く。


「手首と肩は大丈夫だったようだな?」


 淡々と返していた片野が一瞬強張り、わざとらしい笑みを作りながら答えるのを見て、必死に笑いをかみ殺した。なるほど、どうやら質問を想定し、答えを用意していたようだと思うと、とても楽しい。

 次は何を聞いてやろうかと思い、あの時凄い音が聞こえなかったかと聞こうと思ったら、丁度良く煮魚定食が出て来てしまい質問が出来なくなった。残念だがまあいい、次があると思いながら食事を堪能する。

 お礼だと言って俺の支払いを固辞する片野に支払いを譲り、店を出て駅まで歩くつもりでいたのに、片野の宣言通り会社の前で片野の弟に遭遇した。


 軽く会話をし、少しだけ探りを入れ。

 目の前で片野を掻っ攫って行く弟に軽く嫉妬を覚える。


 ヤバイな、どうも本気になりそうだ。


 思わず上がる口角に、これからどうしてくれようかと色んな事を想像しながら帰路に着き。


「森田、弟が邪魔する場合はどうすればいい?」

「え、弟?」

「ああ。体調を押し出して来てこちらが無理を言えない状態にされた」

「……何しようとしたんです?」

「いや、駅まで送るつもりだったんだが、途中で弟に掻っ攫われた」


 翌日森田に相談すると、ぽかんと口を開けて俺を眺めた後「本気なんですか?」と確認するように問われ。


「ヤバいぞ、本気になるかもしれん」

「うわ……」


 森田から嫌になる程「まずは安心です、安心させるのが第一です」と言われたが。

 そんな面倒な事やってられるか。

 そして、偶然を装って会社の廊下でばったり出会う事を何度も繰り返し、その度にデートに誘った。体調がと言う片野に、無理はしなくていいと言いながらも強引に休日をもぎ取れば、デートの場所に片野の兄だと言う男がいて思わず片眉が上がってしまったが。


「ほう、瀬尾さんと言うのか。兄の片野透(かたのとおる)です、よろしく」

「よろしく」


 彼女だと言う女性を紹介されたがはっきり言って覚えてない。

 兄の彼女だと言うのに俺の連絡先をしつこく聞き出そうとするその姿勢は頂けない。


「あの、帰りは兄と一緒に帰りますので」


 そうして、また目の前で掻っ攫われた。

 あの女。


「森田、今度は兄に掻っ攫われたんだが」

「え!?」

「兄弟ってのは、そんなに気になるものなのか?」

「え……、えと、僕は、姉の動向はまったく気にしないですけど」

「だよなあ?なんで邪魔をする?おかしくないか、あの兄弟?」

「……あの、たぶんなんですが」


 森田がおずおずと俺の顔色を窺いながら立てた予測を並べ立てた。


「片野さんが瀬尾さんに対して物凄い用心してるんだと思うんです」

「何故だ?まだ何もしていないのに」

「えっと、たぶん、その押せ押せの姿勢に困っているんじゃないかと」

「ここで引いたら終わるだろ。まあいい、次の約束を取り付けて来る」

「あ、瀬尾さんっ!」


 森田が引き止めようとしたが、ここで押さなきゃ意味が無いとばかりに片野に会いに行った。片野は俺の姿を認めると、最近は溜息を吐きながら「こんにちは」と挨拶をするようになった。凄い進歩だ。


「今度の休日何だが」

「あの、私休日は色々と都合が悪くてですね」

「そうか。いつなら空く?」


 引こうとしない俺に上手く誤魔化そうとしながらも結局、スポーツ施設に行く事が決定する辺り、片野もまだまだだな。

 ニヤニヤしながら戻り、次の休日に向けて色々とプランを練っていたと言うのに。


「あれえ?皆どうしたのお?」


 と言うわざとらしい片野の声に見渡せば、会社で見た事のある奴らがいた。

 後ろの方に戸川の姿を見付け、後で説明しろと睨んでやれば顔を青褪めさせてこくりと頷いた。そして、片野の同僚やその友人達と一緒にスポーツを楽しみ、「じゃあ私、帰りが同じ子と一緒に帰りますね」と言ってまた掻っ攫われた。

 同じ会社の奴らの前で無理を言う訳にも行かず、仕方なく見送り。


「……戸川」

「スミマセンでしたっ!」


 即謝って来た戸川を引き連れ、食事をしながら今後の事を話し合う。


「今回の件はまあいい。まだ二度目だしな」

「……片野は前もあんな感じで?」

「ああ。前回は兄だった」

「兄……」


 どうすれば俺に夢中になるのか解らない。

 そう言うと、戸川がクツクツと笑うので、笑うなと睨み付けると口を歪めながら「笑ってません」と言い返して来た。


「お前、笑うぐらいなら何か良い案を出せよ」

「いや、俺だって苦労してますからね」

「そうか。それが普通か?」

「まあ、そりゃそうですよ。瀬尾さんのように黙ってても寄ってくる女性がいるなんて一握りじゃないですか?」

「……そうだったかな?」

「そうです。それに、苦労して手に入れた物ほど大切に出来るんじゃないですかね?」

「…………なるほど。一理ある」


 そして、戸川のアドバイスや森田のアドバイスを適当に聞き流しながら、片野を社内で誘う俺を、何故か応援する奴が出て来たのは理解出来なかったが。


 片野を誘いつつ、のらりくらりと躱されながらの攻防は凄く楽しくて、毎日が充実していたが、そんな日々を過ごしている内、帰り掛けに片野の弟に声を掛けられたのは、三ヶ月も過ぎた頃だった。


「覚えていらっしゃいますか?」

「片野の弟、だよな?」

「はい。片野俊(かたのすぐる)と言います。少し、お時間頂けませんか?」


 弟の提案に頷き、ミモルトゥの鍵を出したらやけに嬉しそうな顔をしたので乗せてやる事にした。


「実は俺、車好きなんですよねえ」

「だろうな。この車は良いぞ、運転していて楽しい」

「楽しいからって買える値段じゃないですよ」

「……そうか?」

「うわ。まあいいですけど」


 やけに懐っこい奴だと思いながらも助手席に乗せて走り出せば、嬉しそうな顔をしながら車内を見回していた。

 高速に乗り、そのまま湾岸沿いを走り抜け、海の近くのコンビニで停車する。


「俺が会いに来た事で話の内容は解っていると思いますけど」


 軽く笑いながらそう言った弟は、片野の事を語り出した。

 兄と弟に挟まれているからか、男に免疫があり過ぎる事。そのくせやたらと警戒心だけが強い事。そして、どうやら恋人と呼べる男がいない事を告げられ。


「弟としては、今後の姉が心配なんです」

「そうか」

「……貴方は、本気ですか?」


 じっと見ながらそう聞かれ、色んな事を考え。


「そうだな、たぶん本気だ」

「……正直ですね」

「まあな。だがこれだけ誘いまくっているのは初めてで、正直自分でも戸惑っているってのが正解だ」

「ああ、そのようですね」


 クスクスと笑う弟に、片野が俺の事を話している事が解り何となく嬉しくなった。


「俺の事を聞いているんだな」

「まあ。毎回『次は何て言って断ろう』って悩んでるみたいです」

「断るのが前提か」

「はい。今はまだ」

「まあいい。そのやり取りも楽しく思えているからな」

「……良かったです」


 そして、いっその事弟に相談してみるかと、次のデートの場所を相談してみれば、弟は笑いながら教えてくれた。


「あまり、金の掛かる所は駄目です。それと、姉は奢られっ放しも駄目です」

「だが誘っているのは俺だ」

「解りますけど。姉はそういうの負担になるタイプなんですよ」

「……そうか。後は何かあるか?」

「そうですね……」


 そして、弟に一通りのアドバイスを受け、片野に付いて良い事を聞いた。


「姉は、俺と兄に挟まれたせいか、実は口が悪いんです。それに、手も早い」

「……敬語だ」

「でしょうね。それが崩れて来て、すっと男言葉が出たら気を許している証拠です。それと、バシッと容赦なく叩かれた時、ですかね?」

「……知らなかった」

「まだ、警戒してるでしょうからね。ま、気長に付き合って下さい」

「どれぐらいだと思う?」

「徐々に崩れて来るのは、半年も過ぎた頃だと思いますよ?」

「……完全に気を許してもらうには一年か?」

「そうですね、それくらいは見て頂けると嬉しいです」


 少し、悲しそうな顔をしてそう言った弟を見て、疑問を口にする。


「何故俺に話した?」

「……姉は本気で結婚する気が無いようなんです。けど、長い人生、誰かと一緒に生きると言う選択もあるんだと知って欲しくて。恋人も作らず、三十前にして枯れている姉を見るのは寂しいですよ」


 そう言って笑った弟に、俺も笑った。


「ありがとう。頑張ってみるよ」

「はい。あの、姉の事、よろしくお願いします」

「……ああ」


 何となく、片野の弟と結託した気がする。


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