大学デビューしたアニメオタクに降り注ぐカラオケという名の危機
俺の趣味はアニメ鑑賞である。
高校生の頃は毎日教室の隅で同好の士と今期アニメの話で大盛り上がりしていた。それはそれで楽しい毎日ではあったが、青春アニメにあるようなきらびやかな高校生活とは言い難いものだった。
どういう訳か「アニメ」というのは他の趣味よりも下等であるかのような扱いを受ける傾向にある。イケメンならまだしも、俺のようなモッサリ男が「アニメ好きなんだー」などと口を滑らそうものなら女子たちから冷ややかな笑みを浴び、男子たちから「あー、納得」などというよく分からない評価を受けることうけあいである。
「映画鑑賞」という趣味はなんとなく高尚な感じがするのに、実写ではなくアニメーションと言うだけで馬鹿にされる。なんとおかしな風潮であろう。職業に貴賎がない以上に趣味にだって貴賎はないのだ。
だが俺はその間違った世を治すことから逃げ、世間に迎合することを選んだ。俗に言う大学デビューである。
ついつい出てしまうネットスラングやアニメの名台詞を封印する訓練を積み、かわりに独特の大学生語を習得した。ファッション誌を読み漁り、服や髪も垢抜けたものを手に入れた。
今の俺はどう見てもスタバと飲み会を愛するイケイケ大学生だ。同じような友人もでき、俺の大学生活は前途洋々。手垢の付いた彼女いない歴=年齢の称号を返上する日も近いであろう。
ところが、順調に思えた俺の大学生活に突如としてピンチが降り掛かった。
「イエーイ、カラオケオールだぜ!」
「俺明日1限からなんだよなー代返頼もうかな」
「それな」
ワイワイ騒ぐ友人たちに混じり、俺は込上がる焦りに心を焼かれていた。
カラオケ。大学生には必須と言っても良い遊び場である。にも関わらず、俺はカラオケのことをすっかり失念していたのだ。俺に歌える歌といえばアニソン、童謡、それから国歌くらいのものである。
詰めが甘かった、だがもうなにもかも遅い。
「なににしよーかなぁ、お前なに歌う?」
「えっ……ええと……」
ここで歌わないなどと言ったらそれこそノリが悪いなどと言われて顰蹙を買うことだろう。だが高校の時のように声真似を交えてアニソンを歌うなどと言った自殺行為に等しい真似はできない。
どうする、なにかないか。みんなの前で歌える何か――
「ッ……これだッ!!」
アニメのオープニング曲……だが、女子中高生にファンが多いという男性バンドによるタイアップ曲だ。確か超有名音楽番組Wステにも出演したとか言う話をチラリと聞いた。歌詞もアニソンっぽくないし、これならイケる。
俺は緊張で手を震わせながらその曲を送信し、マイクを握った。
歌自体はそつなく歌いこなせた。これでも歌唱力にはそこそこの自信がある。
だが危機は歌い終わった後訪れた。
「あー、これなんだっけ。東京……なんとかってアニメの歌だよな」
「ッ!!??」
目玉が転がり落ちてウーロン茶で満たされたコップに落ちるかと思った。
「アニソンに聞こえないアニソン」を選んだのに、アニソンであることを知られていては意味がない。マイクを持つ手が小刻みに震えるのをなんとか押さえ、泳ぎだしそうになる視線を固定し、唇の震えを誤魔化すように早口でまくしたてる。
「あ、ああー、なんかタイアップしたらしいね? いやぁそういうの全然知らないんだけどさ、なんかそれでファンが増えたらしくて嬉しい反面ちょっと寂しい気もするんだよな。あー、えっと、ちなみにそのアニメどんなアニメなの? いやぁ、そういうの全然分からなくてさァ」
「俺も妹が見てただけだからよく分かんないな」
「そ、そうなんだ~、はは」
……誤魔化せただろうか。無我夢中で自分が何を言っているのかよく分からなかった。
心臓はバクバク、フルマラソン完走後の様な疲れが体の動きを鈍くする。だがまだまだカラオケはこれからだ。なにせあと6時間も歌い続けなければならない。ああ気が重い。寝たふりしようかな――
そんな事を考えていた時、突然俺の耳に聞き覚えのあるメロディが流れ込んできた。
「あっ、これ――」
思わず声を出した俺に、友人たちの眼が一斉に向けられる。
そうだ、確かこれもアニメのエンディング曲。俺が歌ったものと同じく新人バンドとのタイアップ曲だが。
「知ってるのか?」
「ええと……なんか聞いたことあるような気が」
「ふ、ふーん」
そう言って歌い始めた友人の声は少々震えているような気がした。
「……次はお前だぞ、入れたか」
「う、うん。今入れるよ」
そう言って友人の一人がリモコンを操作して曲を入れる。
テレビの液晶上部に映し出されたその曲名は、これまた見覚えのあるものであった。もう説明はいらないだろう。アニメオープニング曲だ。
類は友を呼ぶ。
そんな言葉が脳裏に浮かんだ。
「いや、まさかな……」