一文字違い
この世界には、「なんでも叶える装置」が存在した。
それは何処にも現れる、そしてだれでも構わず、手を差し伸べる。
『貴方の願いを叶えましょうか』
最初の言葉は、どれもが同じフレーズだった。
老若男女、誰が聞いてもわかるようにその機械は誰にでも手をのばす。
願いは「なんで」も叶えてくれる。代償として、その願いの程度によって願いを言った人から手に入れていたが。
「あの玩具がほしい」
そう言った6歳の子供は、世界に数個しかないその玩具を手に入れた代わりに、本物の友情というモノを失った。
「世界の平和を」
「世界の真理を」
そう願った宣教者と科学者は、自分の命と引き換えにこの世界のひとときの平和、真理の一部を手に入れる。
あるとき、それは1人の男に手を差し伸べた。
『貴方の願いを叶えましょうか』
男は思い悩んでいた。どうしても、この世界で生きづらいのだ。
その装置が降臨することが願いだったわけでもなく、ただ購入していた麻縄を弄っている。
「ええと、……なんでも叶えてくれる装置か」
機械は答えない。答えると、それが彼の願いになってしまうから。
男は返事を待って、そうだと手をたたく。
「少しだけ、話に付き合ってくれないか?」
『はい』
それは、自我を持った装置であった。機械で作られた神とも呼べる存在であった。
小型のモノリスを象った姿の装置と、男は数時間と話をする。
男は自分の不幸を話した。もっと苦労をしている人にはなんでもないことかもしれないが、彼はそれで悩んでいた。
最も愛する人に旅立たれる。愛情の先であり、支えとなっていた人がいなくなると、たちまち彼は崩れていった。
時間が、迫る。
彼はそれを察して、目の前にいる装置に、話しかけた。
「彼女は、今どこにいるだろうか?」
一瞬にして長い沈黙が訪れる。
そして、それは声を発した。
『私はAVELON。すぐに、貴方もそこへ連れて行きます。一文字違いの楽園へ』




