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白春

作者: 砂原

「此処は悲しい」


 大凡、彼女には怒りや不満といった類の負の感情が欠落している様に思えた。

 裏では彼女の事を『イエスウーマン』と皮肉り嗤う輩もいた。

 考えれば考える程に不可思議な生き物だった様にも思える。


 怒った事は無いのかと聞いてみた事があった。

「そう言うの、よくわからないから」

 何故だか困った様に笑ってこう答えた。

 多分彼女は母親の胎内に負の感情を遺して産まれて来て仕舞ったのだろう。

 母親から受ける筈の感情を受け切る前に産まれてきて仕舞ったのだろう。

 多分彼女に妹や弟が居たら、それはそれは世界を憎む為に生まれて来たかの様な人間が産まれていたかも知れない。


 ある日、私は些細な事で感情を爆発させ、偶々、私の所にやって来た彼女を酷く罵りなじり皮肉った。

 あの時程私が身勝手で愚かで惨めだった時は無いだろう。

「ごめんね」

 言い返す事も無く、彼女はただ笑って呟き立ち去った。

 人の心が潰れる音を初めて聞いた気がした。

 怒りや不満といった類の負の感情が欠落しているからと言って、人から言われた事に何かを感じない筈が無かったのだ。常人が怒り等で和らげている悲しみの衝撃を、フィルターが無い彼女はその有りの儘を常に感じてきた筈だ。

 どれ程の衝撃を受け止めてきたのだろう。

 呪いの言葉ばかりを吐き散らし他の誰かの所為にばかりしてきた私には計り知れなかった。


 それから、当たり前と言えば当たり前なのだが、極自然に彼女とは疎遠になり生活範囲が元から違う為姿を見掛ける事さえ無かった。

 私の日常は変わらなかった。

 彼女等初めから私の生活に居なかったかの様に、何の矛盾も支障も来す事無く過ぎて行った。


 そして、風の噂で彼女の死を知る事となる。


 通り魔に遭い、喉を一突きだったそうだ。

 痛みを感じたのだろうか。苦しみを感じたのだろうか。理不尽に命を奪われて尚、彼女は怒りも恨みも無く悲しみの中事切れたのだろうか。

 相も変わらずに、呪いの言葉ばかりを吐き続け、誰かの所為にばかりしている私には、計り知れなかった。


 犯人は未だ、捕まっていない。

※個人サイトに同じものがあります。071125

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