雨の来訪
「…私本気です」
「…」
「それに今、編集長が言ってくれたじゃないですか。私には努力と根性って武器があります。昔からしつこくてそこが長所であり短所でもありました。でも今はそれが私にとっての強みだと思ってます。今この場においてその強み、有効活用出来ませんか」
「…」
「…編集長」
視線を伏せたまま顔を反らすと、向かいに仔犬のような瞳を向ける赤川の顔があった。それでいてどこか熱意に充ち満ちた真っ直ぐな面持ちは、一端の編集長ですら心を揺さぶられる何かがある。
…こいつなら、ひょっとしたら、ひょっとするのだろうか?
「…一週間」
「え?」
「一週間で作家の気が変わらなかったら潔く身を引いて本社に戻ってこい。その時は一週間分の雑用が待ってること、心しとけよ」
「久米編集長!」
「ウザい抱きつくな!顔出しするなら明日の朝だ、初日は挨拶がてら俺も付き添ってやる。それまでに今日の雑務明日に回さんようとっとと片付けてこい!」
「はい!!」
キラキラと、少女漫画の主人公さながらの瞳を瞬かせると有頂天に駆けて行く部下、その後ろ姿を見送りながら、久米は複雑な心境で後頭部をバリバリと掻きむしった。
「…どうなっても知らないからな」
翌日は、雨だった。
「雨ですねえ」
「…昨日天気予報で今週いっぱいは晴れっつってたんだけどな」
「季節の変わり目ですからねー」
覚悟し、昨晩は早く床に就き、勇んで来たというのにいよいよお天道様にまで見放されるとは、幸先悪いにもほどがある。
そんな陰鬱な気分を傍らに重い足を引きずる久米とは裏腹、どっかの誰かさんと来たら自分の髪の毛をいじっては何やら嘆いている。
「あーん、私癖っ毛なんで雨降られると湿気で峰不二子みたくなるんですよ髪の毛。私大丈夫ですか?」
「例えが良い様に言い過ぎだろ、髪の毛なんかよりなんだその格好は」
ニ年目の新人編集が着るには上質っぽい真っ赤なジャケットコートは、普段地味なスーツのイメージしかない彼女に多大なインパクトを与えており、しかも何を思ってか今日、同じ種類の黒のコートを自分が着ているものだからはたから見たら赤と黒の男女が隣り合わせで歩いていることになって、それが天候と相俟って悪目立している。