新人編集者vs
「どこでその名を」
「黙秘権を主張されています。しかし問われた場合には、雑誌編集部いち編集者某Yによるタレコミと告げろと」
「矢野かあぁぁぁ」
床に撒き散らした珈琲の処理はそっちのけで頭を抱えバリバリと頭皮を掻き毟る久米、つーか名前が割れてる辺りこの冒頭のやりとり意味あんのかなと反芻する赤川。
「作家に会わせて下さい」
「無理」
「何故です」
「お前なんかが手に負える相手じゃないよ」
「会わなきゃわかんないじゃないですか!」
「つまらん小説の主人公みたいな決め台詞程度で揺るがされる作家じゃないんだよ!」
仕事には手厳しい久米だが、ここまで頑なに部下の申し出を却下する姿は見たことがなかった。それも、こちら側の言い分に腹を立てているとかではない。完全に、“困惑”の色が伺えるような。
「…あそこのデスクを見ろ」
「…?」
久米が伏せ気味で指を指す方向には、資料が山積みになり片付けられない編集者たちのデスク…とは似ても似つかぬ、ガラリと変わった、何の資料一つも置いていないシンプルなデスクが一つ。
あれは確か誰のデスクだったか…
「落合のデスクだ。因みに彼女は我が部署切ってのやり手で数多くのベストセラー作家を生んだ有能編集者だった」
「すごい」
「あそこを見ろ」
同じようにして、今度は久米の指が真逆の方角を示す。そこにはまた、シンプルなデスクが一つ。
「文芸編集山本のデスク。無口で表情がないから作家には嫌われてたが仕事は出来てた」
「…はぁ」
「その他、島原桐谷藍澤今藤戸羽多田蘇我といったうちの編集部を培ってきた有能編集者たちが現在音信不通会社にも来ていない中には胃潰瘍で現在入院中の者もいる。すべてその作家大先生を奮起させようと立ち上がった者たちだ」
「…またまた」
「そろそろ人が本気で諦めかけてたって時にお前はその10人目になろうとしてるんだぞ。それもベテラン編集が太刀打ち出来なかった所に入社一年目のケツの青いペーペーの新米風情が喧嘩売って勝てるわけないだろ自殺行為だ無防備にもほどがある」
「編集長」
「俺お前には期待してんだよ、いちいち言わないけど。今はまだ確かに雑用しかさせてないそれで不満な気持ちもわかる。だけどなお前の努力と根性は認めてるよいつか大成する。それまで赤川お前は」
「編集長!」