編集崩し作家
「胸はともかく、あんた顔はまあまあなんだから相手さえ選ばなけりゃルーキー担当なら貰えるかもよ」
「せんぱぁいぃ」
「…いや待てよ。アレならひょっとしたら…」
「何かアテがあるんですか!?」
クラブハウスサンドの最後の一口を右手に持ったまま、肘をついて考え込む矢野。その目が身を乗り出した赤川をちらと見る。
すると、骨ばった人差し指がちょいちょいと手招きした。
「…誰にも言わないって約束出来る」
「します」
「…ここだけの話。最近極一部の文芸編集の間で話題になってる作家がいる。
それが相当のやり手とかで、かつて世間を騒がせた超大物作家らしいんだけど、彼についた編集は入れ替わり立ち替わりすぐにチェンジを繰り返している」
「何故ですか」
「性格悪いからでしょ」
矢野はさらりと言ってのけた。
「ただでさえ小説家って理屈っぽくて偏屈で神経質な輩が多いのにそいつに限ってはそのレベルじゃ済まないらしい。それどころか陰険卑屈で金にがめつくベテラン編集にも容赦ない。一度高台に上ったからだろうね、嫌に味を占めてるのよ。それだけに自分を纏う環境因子が「低レベル」だと受け入れ難くって拒絶反応示してる、今はスランプとかで全く作品創ってないらしいし」
過去の栄光に囚われてる人ってださいよね。正面から同意を求められ、思わず絶句する。その大物作家とやらがどんな人物かは知らない。大物というだけあって、相当の年輩かもしれない。
「ちょっとでも気抜いたらあんたなんか簡単に喰われるわよ。それでもあんたに担当する覚悟がある?」
手の内にあったクラブハウスサンドは矢野の大口に飲み込まれ、もりもりと音を立てて胃に吸い込まれて行く。その一部始終を見守ると、赤川はごくりと喉を鳴らし決意した。
「出来ます。その人を教えてください」
「本名は知らない。でも一部の間じゃこう呼ばれてる。その名も…」
「編集崩し作家」
「ブフォ」
口に含んだ珈琲を盛大に噴き出すと、ゴホゴホとむせ返る。そんな時でも周囲の原稿資料を確実に避けて噎せる所は、さすが書籍編集部編集長・久米、編集者の鑑!赤川は全く無関係のところで関心した。