亀の甲より年の功
努力をすればすべてが成立すると思っていた。いや、なんなら今もその気持ちは完全には変わっていない。だというのに、実際は日々仕事に慣れるために必死で、仕事を任されるためには雑用に徹する必要がある。
これでは本末転倒ではないだろうか。
「…久米編集長もその気なさげだし」
先程書籍編集部の面々に怒声を浴びせていた編集長の久米は、顎一面を覆う髭面にショートツーブロック、黒縁眼鏡といった一見強面の成り上がり(本人に言ったら殺される)のように見えるが、35の若さにして今の編集部の編集長を任されるほどの実力者だ。
怖いし、厳しいし、容赦ない。それでも尊敬はしているし、自分が出来る仕事なら、雑務でもなんでも買って出た。そうすることで、周りが自分を必要としてくれたからだ。
でも、編集者になって早一年。このままでいいのか、自分?
床に散らかした資料を20枚ほど集め、書籍編集部からは随分離れた辺りで棒立ち。眉間に皺を寄せて床に落ちた資料を睨んでいると、その資料が一人でに起き上がった。
「…矢野先輩」
「どしたの赤川。変なもんでも食った?」
矢野美紀だった。所属は雑誌編集部で、赤川の高校時代の先輩にあたる。
「…人生振り返ってました」
「何で?死亡フラグ?」
「え、死ぬんですか私」
「いや知らないよ」
ほれ、と資料を乗せられ、ズシリと腕が重くなる。なんでこんな重いの、と思ったら廊下の先に資料はなくなっていた。
「第二編集に用事があって行ったら道端にめちゃくちゃ資料落ちてんだもん。どうやら書籍編集部に続いてるのわかった辺りで合点がいってなんとなく集めてみた。掃除のおばちゃんが捨ててた分は見逃してよね」
「あ、余分コピーなんで大丈夫ですお陰で雑用が減りました」
へへ、と事も無げに笑ってみると、それまで涼しい顔をしていた矢野の整った眉がぴくりと反応を示した。
そして伸びてきた手が。
容赦無くむんずと赤川の鼻を鷲掴む。