彼女が編集者になったわけ
そして
ーーー現実。
「ま、前が見えない」
某編集社こと「集談社」8階書籍編集部横ロビーを競歩で駆ける、ややクセのある赤毛の女。その両腕には腰から鼻の上まで積み上げた資料が抱えられ、歩くたび上の方の資料がぴらぴらと宙を舞っている。
赤川麗子24歳、書籍編集ニ年目。10年前、かつての有能作家に憧れこの業界に入った彼女には今、走り(競歩)続けなければならない理由があった。なぜ。そこに床があるからだ、じゃなくて。
「久米編集長ぉおーーー持ってきました!第二編集部の処理班にシュレッダーかけられる寸前のところドロップキックかまして返却して貰いましたー!」
「おー赤川!よくやった!!さすが50m6秒台!お前編集の才能は皆無だけど雑用のレベルは神がかってるよ」
「えへへぇそれほどでもお♡」
褒めてないのにデレデレと頬を赤らめ、体を左右に振る度積み上げた資料が四方八方に飛んでいく。その資料を周囲の仲間たちが慌ててキャッチし、目を通し始める。
「いいか!有名作家の原稿が誤ってシュレッダー行きになりかけたとか絶対黙ってろよお前たち!10分だ!今現在ここにいる総勢ざっと20余名で誤字脱字ないか最終の赤いれろ!」
「「「はい!!」」」
「編集長!私も赤入れたいです」
「存在自体が「赤」なお前は引っ込んでろーとりあえず邪魔にならないよう速やかに出て廊下に巻きちらした無駄コピーの資料拾って掃除でもしてなさい」
「…はい」
威勢のいい犬が飼い主に散歩をねだったところ容易に却下された。まさしくそんな様子で、新米編集者赤川麗子は見えない犬耳と犬の尻尾をしょんぼりと下げ、先輩編集者たちの哀れなものを見る目を掻い潜って編集部を後にした。
冒頭で述べた通り、とある作家に憧れてこの業界に入った。
当時現役高校生にして新人文学賞を受賞したのはその作家が初で、一度は一世を風靡したものの、7年前突如連載中の小説が打ち切りになり、それ以降世間から全く姿を消してしまった、「彼」。
中学生だった自分はただただ何が起こったのか理解出来ず、動揺した。何があったのか気になり、眠れない夜も何度となくあった。
その原因を突き止めるべく、猛勉強の末今こうして実現した夢は、想像していたより茨の道だ。