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真実はいつだって残酷で


「・・・・本当に君たちは僕らにとても似ていて、それでいて、どこまでも遠い存在だね・・・」


 まったく、憎くて堪らないくらいだよ。

どんなに傍にいても、憧れても、どう足掻いたって僕らが手に入れられないものを君たちは持っているのだから・・・・

 何故だろうね、この子は僕らに近い

たまにそうゆう子を見かけた事があったけれど、関わったのは初めてだ。

だって、決まってそうゆう子は直ぐに僕らから離れるように遠い存在に変わっていくから・・・

だけど、この子のそれがこんなに可哀相で可愛くて、哀れに感じる。

 まるで、自分を見ている様な気分で滑稽だ。


 自分に似た哀れな猫の頭をそっと、撫でてやりながら悪魔は自嘲気味に薄く笑っていた。




 学校から響くチャイムの音で雛は目を覚ました。

(・・・あ、れ?・・・私、何れくらい寝てたんだろ?)

「やっと起きたのかい?君、あの子の側に居なくてもいいのかい?」

嫌味ったらしく言う悪魔の言葉を受け、雛はグラウンドの方に出て、学校の大きな時計を見ると既にお昼の時間帯になっていた。

慌て雛は恵を探しに走り出す。迷いなく進んだその先に恵は居た。

でも、その背中は微かに揺れて、あと少し、という距離まで近付いた雛の耳に届いたのは途切れ途切れの息遣い、そして、鼻を啜る音。兄は声を殺して泣いているのだと、そこで雛は気づく。


(・・・恵兄さん?)「ニャーオ?」


 雛の声に恵はゆっくりと振り向き、涙で濡らした瞳が雛を捉えると驚きの声をあげる。

雛はそんな恵に近づき、恵を見上げながら前足を古座をかいて座っている恵の膝に乗せ


(ごめんね、兄さん…)「ニャ、ニャー…」


 さっきまでたった一人で、もう、自分は必要ないのだと、そう感じていた雛だったが、一人泣いている恵の姿に雛は、猫になって仕舞った時の恵を思い出して、あの時よりも強い罪悪感と深い安堵を覚えた。

自分は兄を本当に一人きりにさせて仕舞ったのだと、私が一人で淋しさを感じていたときに兄も自分の事を想っていてくれたのだと

そう、思うと、嬉しくも悲しくもあり、猫である自分がどうやって兄を慰めることができるだろうか?

と、己の身を歯痒く思っていると、先に動いたのは恵の方だった。兄は、手を伸ばして雛を掬い上げるように持ち上げて目線を合わせる。


「っ、ありがとう。おまえ、おれのこと、っ、励ましてくれるのか?」

(当たり前だよっ)「ニャーッ」


 泣き笑いの兄にすかさず返したところで、雛の言葉は伝わるはずがないけれど、伝われば良いのにと、ついそんな事を考えてしまう。

恵は雛のおもいを知る由もなく、ただ、目の前の猫の鳴き声に気を良くして、いつもより少しだけ強く猫を抱きしめ「ごめんな、ちょっとだけ、許して。」と雛のふさふさの背中に顔を埋める。

震える兄を背中に感じながら少しの間そうしていた雛の背中を恵の涙がほんの少し濡らし、暖かいのに冷たい、なんとも妙な感覚で、雛はただじっと遠くを眺めながら、兄が泣き止むのを待つ。

すると、雛の髭を初夏の風が通って行く、それは、そばで泣く恵の涙と合わさって海の匂いになった。



 恵が落ち着くまで、5分もかからなかったが、それは、長い5分だったように雛にはかんじられた。

そして今、今度は胡座を書いた恵の膝の上に雛は座っている。

膝の上の猫を撫でるそれは、まるで自分自身を宥めるような仕草だった。ぼんやりと、遠くの方を見つめ、噛み締めるように話し出す。


「いつも、俺達は昼の間ここで過ごしてたんだ。いつだって雛は気がつくと俺の側にいた。まるで、息をするみたいに自然に・・・

どうしてだろうな、いつだって大切な命は俺の掌をすり抜けていくんだ。

生きていたらきっと色々なものと出会いや別れを繰り返し、俺はただの通過点でしかなくて、新たな場所で生きて行く筈だった、それなのに、いつだってその命は、先に、消える・・・」


 雛には恵の気持ちが痛いくらいわかった。

いくら年月がたっても、恵も、雛も、根っこの部分に幼い孤独を抱え続けて、今に繋がっている。張りぼてで守られた心はこうやって、簡単に崩れて、剥がれて仕舞う。


「俺はお前や彼等が俺の手から離れて幸せになる姿を見るのが夢なんだ。でも、どうしてだろうな?みんな死んで仕舞うんだ・・・

後悔しないように、俺に、出来る限りの事はしてきたはずだ。それなのに、いなくなる度に思うんだ。

もっと、何か出来たんじゃないか?

もっと、側に居られたんじゃないか?

って、もう、彼等に何もしてあげられない…それが、どうしようもなく辛いんだよ…」

『・・そうだね。メグ兄はいつだって優しくして、後悔しないように精一杯で・・それでも、やっぱり後悔しちゃうんだもの・・・』


 恵の優しさが少しでも雛に向く度に、雛はそれを嬉しく思う。でも、恵が誰にでも優しいのは、悔やみたくないから

何にでも優しいのは、特別をつくりたくないから

彼が優しいのは遺された孤独を知っているから


 その優しさは恵が傷付いた末の優しさでもある。その優しさの意味を知っているから、だと、知っているのに、雛はそれでも、恵に惹かれて仕舞う。

優しい兄が、ただ好きなのに、そこには歪んだ私がいる。

だから雛は、嬉しいと思う自分に、罪悪感を感じずにはいられない。


(・・ごめんね・・・)「・・ニャァ−・・・」


微かに漏れた言葉もやはり鳴き声にしかならなかったが、恵は膝の猫をクシャッと撫でてから抱き抱え、「よしっ」と立ち上がった。


(ん?)「にゃ?」

「今日は、行くところもあるし、帰るか?」


そう、言って歩き出す恵はゆっくり教室に向かっいく。

教室に着くまでに、何人かの生徒から猫である雛を抱き抱える恵に話しかけ、猫を触りたがる生徒が居たが、恵は笑って誤魔化し、教室に入ると自分の荷物を取って、直ぐ前の席の田中に帰るかことを伝える。


「田中、悪い、俺今日はもう帰るな」


田中は恵の言葉にビックリした様子で恵の姿を見、それから視線は雛に定まる。それでも、普段遅刻も早退なんてしない恵の言葉に田中もさぞ吃驚したことだろう、雛も田中に頷くように頭を揺らす。


『分かる、分かる、言いたい事はよーく分かる』

「えっ、いきなりそれ?てか、俺、どっからつっこめばいいの!?

…なあ、恵、とりあえずその猫触っていい?」

『まぁ、あんたにツッコミは無理よね』

「もう行きたいんだけど…こいつがいいって言ったら良いけど」

(っ!?いや!!)「ニャッ!!」


鳴き声と共に勢いよく首を左右に振り、否定する猫をニマニマして見る田中は「触って良いってことだよな、良いよなっ」と、もう、既に手を猫に伸ばしている田中だったが、恵に形だけ了承をとろうと声をかけるも、目は獲物を前にしたかのように雛から外れる事はなく、いたって真剣である。田中の手が触れる前に雛は恵の腕から身を乗り出し、床に着地すると、田中から距離をとり毛を逆立たせて見せる。


(誰があんたなんかに触らせてやるって言ったていうのよ!?)「フシャーッ!」

「!?あれ〜、触らせてくんないのかぁ」

「おかしいな、こいつ大人しいんだけど・・・」

「えっ、俺だけ触らせてくんないのか!?」

「ど、どうだろ?家では皆に触らせてくれてたし・・・」


言い淀む恵に助け船を出すべく雛は手近な女子生徒の側にすりよって愛嬌を振り撒いてみた。

「にゃぁ」と、小首を傾げて見せれば、ノックアウトである。

「やだ、超かわいいっ、どうしたの〜?構ってほしいのかな〜?ふふっ」


 目の前の女の子は相好を崩して、しゃがんで撫でてくる女子生徒の手にスリスリしながら、恵たちの様子を見ると、こちらを眺める恵と田中がいた。田中は目に見えてガックリとしていた。

『ざまあみそらせっ、へへんっ』

撫でられながら、自然とどや顔になっていた猫を見て田中が「俺が何をした!?」と頭を抱えだした姿を見て、そこで少しばかり申し訳ない気持ちが芽生え、恵たちの側に戻る。

『田中、そんなに猫好きなのか…』

田中のことは申し訳ないと思う雛ではあるが、だからといって触らせる気も、毛頭無いので恵を見上げながら恵の中履きに前足をトンと軽く乗せ、軽く爪を立てて引き抜く。二回目で、恵がしゃがみ猫である雛を抱える。


「田中、うちの猫がごめんな、悪いけど、もう行くよ」

「ああ、引き止めて悪かったな、様子、見にいくんだろ?行って来いよ。でもさ、一つ聞いていい?」

「ん、何?」

「さっきから気になってたんだけどさ、その猫、名前つけてないの?恵。」

「あ〜、つけて、ないね、つけたら、手離せなくなるしね…」


なんとも言いにくそうに呟く恵の表情が強張り、一瞬ビクッと微かに震えたのだ。抱えられていた雛だから感じられる微かな強張りでは、あったが、表情を見れば明らかである。田中の何気ない一言に雛は苛立ちをおさえられず、伝わらない言葉を力の限りいった。


(田中っ、余計なこと言わないで!!)「ニャっニャー!!」

「ごめんな、名前はまだ付けて遣れないかな?こんなこと初めてで、名前の付け方なんて、分からないんだ。」


猫を宥めるように、申し訳なさそうに、困った顔で言うものだから、雛の心中は複雑だ。恵を困らせる為に叫んだ訳ではなかったのに、結果として、田中よりも恵を困らせたのは猫である雛だったのだから。

雛は静かにする事しか出来なかった。気を緩めるとまた喉がなって、唸って仕舞いそうで、雛は黙って恵に撫でられながら目を瞑って気持ちよさそうにする、猫を装う。

大人しくなった猫を見てとり、今度こそ恵は田中と別れ教室を後にした。



そして、向かった先は家ではなく、病院だった。恵は病院の塀辺りで雛を鞄に入れて「静かにしてるんだぞ?」と言って鞄を閉める。空気が入るようにか、少しだけ開け直して、鞄の中の雛を覗き込み、それから恵は病院の中に入って行ったようである。

鞄の中にいる雛には外の様子は分からないが、空気が変わったのが鞄の中に居ても分かる。人の匂いを消すアルコールの匂いと、それでも消しきれない人の匂い…


この匂いを雛はどうしても好きになることが出来なかった。

病院が人の命を救う場所であっても、いなくなってしまう人もいる。そんな相反する事象を体現したような匂いが雛は苦手だ。この場所に来ると雛はどうしても不安を感じずにはいられない、それは、誰か大切な人を失うかもしれない匂いであり。

ここで、今も誰かが死んで仕舞うかもしれない匂いだからだ。

でも、どうして兄は病院に来ているのだろう?

雛にはその理由が分からないまま、どこかの部屋に入った恵は鞄を棚か、どこかに置き、簡易椅子に座る軋んだ音が聴こえる。

暫くの間静寂だと思っていた室内は、よく聴けば何か機会の作動している音と、点滴の垂れる静かな音が聞こえて来るのだ。

雛は気になって鞄から顔を出す。鞄から頭だけを出した状態で、目の前には椅子に座った恵がベッドの上に横たわる人を悲痛な表情で見詰めていた。

続いて横のベッドの上の人物に目を向ける。



そこに居たのは、包帯だらけで、呼吸器に繋がった女の子だった。頭や首、腕に足、ギプスや包帯が巻かれ、擦りきれた顔は所々ガーゼが貼られている。

そんな、今にも死んで仕舞いそうな女の子は


 ・・・わたしだった・・・。



(・・・なんで?、わたし、死んだんじゃないの?なんで、わたし死にそうなの?)


雛には目の前の光景が理解出来なかった。死んでいると思っていた自分が生きていたことに

死んで仕舞いそうな自分の身体が目の前にあることに

それら全てが現実味を感じられず、何か質の悪い悪戯にさえ感じる。

雛自身の現状の方が余程現実離れした状態の筈なのだが、それでも、今の雛の現状を雛自身が受け入れられなかった。




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