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猫になった私


 いつも僕の大切なものは、大切にしたいと思うものは この手をすり抜ける。

 死に逝くものは皆安らかな顔で僕を残していく

いつも、いつも、いつも、いつも!!


 おいて逝かれる事を知らない幼い僕は『死なないで、死なないで』と何度も頼んだ

でもそれは死に逝くものたちを無用に苦しめるだけだったんだと気付いたんだ。


 死なないで欲しいと願うことさえ赦されない……

生きていて欲しい、そう思っても、それは相手に無理をさせて苦しみを長引かせるだけで……

なら僕は一体何を願えばよかった?

なんて言えばいいの?


 それからはただ死に逝くものを見守るばかり……

一つの願いを胸に押し込んで

僕はもうかける言葉さえなく一人取り残される

哀しさばかりが募っていく


 そんな僕にもある日転機がおと連れた。

僕は何度もやってくる死に堪えられず、思いの丈を吐き出した。

そんな僕に幼い妹が言ってくれた。僕が欲しい言葉を……

あの時初めて僕は安心出来る居場所を見つけたんだと思う。




 私のいまも、そしてこれからも大切な約束、私の願いは

”兄さんより先には絶対死なない”こと


 私の兄さんは優しくて少しおバカ

いつも、いつも犬や猫、雀を拾って来る。

そして、いつも、いつも死んで仕舞う

 兄さんはいつも静に苦しむ


 あれは……お母さんが再婚して兄さんが兄さんになって直ぐのことだった。

兄さんが子猫を拾って来て、甲斐甲斐しく世話を焼いていた。

たぶんあの頃から兄さんは目の前で過ぎていく死に堪えられない位恐れていたんだと思う。そんな兄さんを嘲笑う様に子猫は衰弱していった……

 子猫は親から与えられるべきものを与えられずに早くに捨てられたのだろう、兄さんが拾ってくる生き物は皆もう既に死んでしまいそうだった。

あの猫もそうだったんだろう、幼い私達には解らなかったけれど、猫は、静かに息を引き取り 幼かった私と兄さんはショックで、私は呆然と立っていたが兄さんは悔しそうに泣いた。

  そして言ったんだ…………

『何でみんないなくなっちゃうんだよっ何で幸せそうに僕を置いて逝くの………

ナンデっナンデっナンデだよっ、置いてかれる僕らの気持ちを無視するんだ……』

 この時思ったの、私が、私だけはこの優しくて寂しがりのこの人の側に居ようって……


『……わ、わたしが、いるよ……わたしは、お兄ちゃんの前から絶対にいなくならないっよ?だから………』

 ―――……だから、そんなに悲しまないで……―――

たぶん私はそう言おうとしたのだと思う。でも、”悲しい”ってことがいまいち解らない程、幼かった私はその続く筈だった言葉が一体何なのかわからなくて言葉に詰まって仕舞った。

兄さんは最初私をビックリしたみたいに目を大きく開けて見つめ、それから、涙を溜めた瞳を細め、泣き顔を崩して私に『ありがとう』と言ってくれた。

 あの時の兄さんの顔を私は忘れない。


 だから、私は死んだりしないんだ、そう決めている。

ずっと兄さんの側に居て、兄さんが安心出来るまで絶対においていったりしない。




そう、思っていた筈なのに私は死んで仕舞った。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だっ!!

私は兄さんを裏切ったりしたくない!!



交通事故だった……アスファルトに叩き付けられ全身がビリビリとしていて身体は全く言うことを聞かず、微かな視界と鼻に付く鉄臭い血の匂いに塵や埃の混ざったアスファルトの変な匂いがする

微かに周囲の音や傍らに膝をつき私に何かを叫んでいる兄さんの声が聞こえている筈なのだが、何を言っているのか私には分からない、何だか靄がかかっているみたい、遠いところから発せられているように感じる。

(……兄さん、ごめんね?そんなに、悲しい顔をしないで…わ、たし、死なない、から……ね………)

私は薄れ逝く意識の中で不思議なことに視界の端にいた猫をずっと見ていた……



そして私は気がつけば猫になっていた。猫になった私は急いで兄さんのいるはずの我が家に向う。

でも、猫である私は家の扉を開ける事すらままならず家の前で指をくわえて佇んでいると、一人の男が声を掛けてきた。

「おや?君、そんな姿になってまであの子の側にいたかったのかい?」


初めて目にしたはずのその不思議な男は猫である私に向かって何もかも知っていると、言った風な口ぶりで話し掛けてくる。

(……あなたはいったい何なの?)

猫である私の言葉は全部弱々しく『ニャーニャー』としかならなかった。

それでも、相手の男は私の言葉が理解できるのか、ニヤニヤしながら私を見ている。

「まぁ、そうだよね、君にとってあの子は愛しいお兄さんな訳だし……悲しませると分かってて見す見す置いてけないかぁ……

愚かだね」

(あなた!!さっきから何なの!?人の事根掘り葉掘り喋ってっっ)

やはり私の叫びは『ニャっニャー!』という感じの猫語になっている。

「だって、僕は悪魔だしね、そんなこと関係ないものフフフッ」

(…それじゃぁ、兄さんに何かするきなの?そんなこと許さないんだからっ!)

今度も猫語に変換しているがそんな事知ったことではない

この男が本当に悪魔であるなら、兄さんにとって決して良くないことが起こることになる。そんなのはダメだ何が何でも阻止しなくては…

「そんな勿体無い事僕はしないよ」

悪魔を名乗る男は悪巧みを夢想する子供の様にニタリと笑う。

(?じゃぁ、何故?)

何だか嫌な予感がしてゾワゾワするけれど、聞かずにはいられなかった。

その予感はやはり当たっていて、男はねっとりとした笑いを貼り付けたまま語り出す。

「あの子は退屈しないんだ

普通の人間ならあんなに死を悼んで悲しんで傷ついたら、心を閉ざしたり諦めたりする筈なのに、あの子は諦めないんだ…

悲しみに打ちひしがれても

何度だって、次こそは、次こそはって、愛する事を諦めないんだ、面白いよね?

そうっ君を殺すのには少し骨をおったよ。あの子は基本小さな命を拾って来るから、ちょっと手を加えるだけで良かったけど、人間は少しばかり難しいからね。

でも、そのお陰で沢山の心を育んで今回は流石に立ち直れないかもしれないね?フフッ」

「あなたっ最悪!!

えっ?じゃあ何?私が死んだのも、今まで兄さんの側で死んでいった子達は皆あなたのせい?

そんな理由で?最っ低っ」

「うん、まぁ全て僕がしたことだけどね……

でも、君に僕のことをとやかく言えるとは思えないなぁ、だって君は、あの子を庇護対象にして、愉悦に浸っていただろう?

今だって君はあの子が自分の死を嘆き悲しむのを心の底では嬉しんでいるだろう?

君の死はあの子の心に拭えない程深い傷になり君はあの子の心の中で、生き続ける

でも、僕は君と違ってあの子の心に残れないんだから、僕の力であの子の心に関与するしか手段がないんだよ?それしか僕にはあの子にできないんだから当たり前だろ?」

何が当たり前なのか全く分からない言い分を押しつけてくるこの男が言っていることは滅茶苦茶である意味、悪魔らしい気がするほどだ。



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