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 ナギはイツキとハルヤを引き連れながら夜の山道を行く。彼らは死んだ者として都を追われた。そんな二人を、ナギは己の村へと連れて行くつもりだった。スグリたちならばきっと二人を温かく迎え入れてくれるに違いない。あの二人も、辺鄙な農村での暮らしをきっと楽しんでくれるだろう……もともと身分の割に驕ったところのないイツキのことだ、なにも心配はない。

 問題があるとすれば。

(俺、あとどんくらい生きられるんだ……?)

 茂みを掻き分けて後ろの二人のために道を作ってやりつつ、ナギは眉を寄せる。閻魔大王に残り十四日だと言われたのは里帰りをする前のことだ。あれから何日経ったのだろう――ナギは覚えていなかった。短刀で草を薙ぎ払いながら、くそ、と舌打ちする。

(だから俺は馬鹿なんだよな)

 なんの前触れもなく頓死してしまってはなにかと都合が悪い。悔いのない別れをしたいし、無事に村にまで送り届けてやりたい。

(……とにかく急ぐしかねぇか)

 一日も早く、村へ――ナギは逸る思いを持て余しつつ、無言で前へと進んだ。




 やがて夜も更け、イツキとハルヤの疲労も溜まってきたのを察すると、ナギは足を止めた。辺りを見回し、山肌にぽかりと空いた洞窟を見つけると、今夜の宿をそこに定めた。

 騒動のあとで疲れ切っていたのだろう、イツキとハルヤは横になるなりすぐに眠りに落ちてしまった。寄り添うように寝息を立てる二人の顔を眺めると、ナギは息を吐いて壁にもたれかかった。

「……俺が死んだら、おまえら寂しいか?」

 聞こえていないとわかっていながら、ナギは問いかける。惜しくないといえば、もちろん嘘になる。やっと人並みの生活に戻れるかもしれないのに、自分にはもうあまり時間は残されていない――ならばせめて、この二人を無事に村まで送り届けたい。それくらいは、成し遂げたかった。

 懐を探り、短刀を取り出した。いつでも身代わりを殺せるようにと、ずっと持っていたものだ。しかしついに役に立つことはなかった。

「……これで、いいんだよな」

 誰にともなく呟く。少しだけ鼻の奥がつんとした。ごしごしと袖で顔を拭い、こんなものさっさとしまってしまおうと思っていると、月明かりを受けた刀身がゆらりと揺らめいた。ナギは眉を上げる。この揺らめきは、見覚えがある――

「またオッサンかよ、畜生」

 刀身に髭面の閻魔大王が映った。思わずナギは悪態をつく。今はこの男とあまり会いたくはない……無視して懐にしまおうとすると、「待て待て」と制止された。

「そろそろおぬしの期限も尽きるんでな、またこうして教えに来てやったんじゃ」

 今夜が最期じゃ――事もなげにそう告げられ、ナギはぽかんとした。しばしののち、ようやく事態を飲み込む。「……マジかよ」と顔を歪めた。

「くそっ……」

 ナギは歯噛みする。しかし閻魔大王はそんな葛藤などは気にした風もなく、刀身の中で顎鬚をしごいた。

「ふぅむ……残り数時間となると、身代わりを殺すのもちと難儀じゃな。まぁおぬしがそこの二人を狙うというのなら話は別だがのう」

 ナギはまじまじと棗色の髭面を見やった。ふつふつと怒りが湧いてくる。今この男を殴り飛ばせないのが残念でならない。「マジで言ってんのか?」と睨みつければ、閻魔大王は厭そうにしかめっ面になった。

「これこれ、そうすぐ怒るでない。破落戸ぶりは生まれつきだのう……」

「うるせぇ、死ねよクソジジィ」

 悪態をついて短刀を投げ捨てようとすれば、またしても「待たんか」と制止された。

「おぬしはなかなか清く生きておる。これは儂の大いなる誤算じゃった、いい意味のな。だから特別に良いことを教えてやろう」

 ナギは振り上げていた腕を渋々おろし、「なんだよ」と刀身に向かって問うた。閻魔大王がふぅむと腕を組む。

「さっきからおぬしらをつけている者がおる。あの破落戸どもの生き残りじゃな。一人で手負いじゃが、鬼気迫る様相じゃ。このままだとじきに追いつかれて寝込みを襲われるぞい」

「……なに?」

 ナギは眉を寄せた。閻魔大王は更に続ける。

「その破落戸を殺せば、おぬしは生き永らえることが出来るしその寝ている者たちを救うことも出来る。一石二鳥じゃな? しかも相手は怪我人。これはいよいよおぬしに運が向いてきたようじゃのう」

 愉快そうに語られる言葉を、ナギはすでに聞いていなかった。一体誰だ、と考えを巡らすが、なんとなく予想はつく。したたかに生き残りそうな人間はあの男しかいない。

 ナギは意を決した。腰を上げ、寝ているイツキとハルヤを揺り起こす。二人はすぐに目を覚ました。

「……イツキ、ハルヤ」

 万感の思いをこめて二人の名を呼ぶ。ただならぬ事態を察したのか、「どうしましたか?」とイツキは表情を緊張させた。

「どうも奴らのひとりがつけて来てるらしい。ちょっと様子を見てくる。場合によっちゃ撃退しとかねぇとな」

 そんな、とハルヤが震えた。縋るようにナギの袖を握る。

「ナギ、さっきもそんな風に自分が囮になろうとしてたじゃない。だめよ、もし怪我でもしちゃったら……そうだ、今すぐみんなで逃げましょうよ」

「駄目だ」

 ナギはきっぱりと否定する。

「三人でぞろぞろ動いてたら目立つ。それにこの暗い中、おまえたちをちゃんと守れる自信がねぇ……だったら俺がひとりで行く。そのほうが危なくねぇだろ」

「ナギが危ないじゃない! わたしたちと同じでしょ!?」

 ハルヤが悲痛な声を出すが、ナギはこそりと苦笑いした。

(同じじゃねぇんだな、これが……)

 どうせ自分はじきに死ぬのだ。ならば彼らのために動けるのは今しかない――ナギはイツキに顔を向けた。物言いたげな表情を見、ナギは先手を打って彼に告げる。

「……朝になっても俺が戻って来なかったら、あんたたちで出発してくれ。村までは西に真っ直ぐだ。ちょっとしんどい山道かもしんねぇけど、足元に注意しとけば大丈夫だ」

「ナギ……どうしても、ですか?」

 苦しそうな顔でイツキが見つめてくる。ナギは軽く笑みを見せた。「どうしてもだ」とうなずく。

「なぁ、俺はあんたたちにすげぇ感謝してるんだ……短い間だったけど、俺に真っ当な道を歩ませてくれた。だからもう、後悔はしねぇ。あんたたちを無事に村まで送り届けることが、俺に出来る恩返しなんだよ」

「ナギ……なんで、そんなお別れみたいなこと言うの?」

 ハルヤが声を震わせた。ナギは瞬きし、そして「確かにな」と笑った。

「わたし、せっかくナギのこと、兄さんみたいに思えるようになったのに……」

 消え入りそうな声でそう言われ、ナギは胸が温まるのを感じた。ハルヤの頭を撫で、「そりゃ光栄だ」と笑みかける。

「……じゃ、よろしく頼むぜ。しぶとく長生きしてくれよ」

 ナギはそう告げると、最後にイツキと視線を合わせてから二人に背を向けた。短刀を握り締め、月光の下に躍り出る。

 隠れるつもりはない。音を立てて茂みを進み、開けた場所まで来ると足を止めた。周囲の地形を確認しつつ、耳を澄ませる。虫の声に紛れるようにして、かすかな荒い息遣い――

「……どうせイワギなんだろ。出てこいよ」

 大きな声で呼ばわった。しばしの沈黙のあと、茂みの中から大柄な男が姿を現した。イワギは一歩ずつ近づいてくると、距離をあけたところで立ち止まった。右肩を濡らす血が、月明かりに照らされてぬらぬらと光っている。

「やっぱりあんただったんだな。しぶとい野郎だぜ」

 ナギが鼻を鳴らすと、イワギが顔を歪めた。笑ったようにも憤ったようにも見えた。

 欠けた歯を見せながらイワギが口を開く。

「ナギ……すっかり貴族どもの狗に成り下がりやがって……てめぇだけはぶっ殺しておかねぇと俺の気がすまねぇ」

「あんただってあいつらに飼われたんじゃぇねのかよ? しかも結局ぬけぬけと成敗されちまって、ざまぁねぇな」

 挑発するようにナギは嘲笑う。イワギが眦を怒らせた。左手に刀を振りかぶり、大きな体躯で突進してくる。ナギも短刀を手に地を蹴った。

 繰り出される刀の下にかいくぐり、ナギはイワギの懐に潜り込んだ。握りこんだ短刀の柄でイワギの鳩尾を思い切り突く。ぐらりと男の身体が傾いだがすぐに体勢を立て直し、回し蹴りを繰り出してきた。横っ腹にもろに命中し、ナギは軽々と吹っ飛んでいく。

「おい、やる気あんのか、ナギ」

 ゆっくりとイワギが歩み寄ってくる。眼前で止まると、無造作に刀を投げ捨てた。ナギは腹を抑えつつ立ち上がる。

「ご立派な得物持ってるくせに使う気がねぇのか? てめぇはどんだけお利口さんになっちまったんだよ?」

「俺は昔からお利口さんだぜ」

 口元に笑みを浮かべつつ答えてやれば、今度は拳が飛んできた。ナギの身体が再び飛ぶ。口内が切れ、血の味がした。

 地面に横倒しになっていると、無造作に髪を掴まれて顔を起こされた。目をぎらつかせたイワギの顔が視界に飛び込んでくる。

「……おい、なんでやり返してこねぇ、腰抜け」

「い……ってぇな、髪が抜けんだろ」

 上目遣いでなおも悪態をつけば、今度は首に手を掛けられた。しかしまだ絞め殺す気はないらしい、イワギの握力はゆるい。

「俺はてめぇを気に入ってた。喧嘩は強ぇ、気が強ぇ、博打の才能もそれなりだ。久しぶりに骨のある餓鬼ぃ拾ったって思ったんだがな」

 イワギの手に力がこもる。ナギは辛うじて地に足をつけ立ち上がった。喘ぎながらイワギの顔を睨み上げる。

「お、れは……あんたが大っ嫌いだったけどな。馬鹿みてぇに、俺ばっか、いつもぶん殴りやがって……っ」

 息が苦しい。油断すればすぐにでも意識が落ちてしまいそうだ。それだけは出来ない、この男を野放しにすれば次はイツキたちが殺されるのだ――震える手で、ナギは短刀を逆手に握りなおした。

「でも、あんた、殺して……あんたの人生背負って生きてくなんて、俺は……真っ平ごめんだっ!」

「……なに言ってやがる?」

 イワギが訝しげにナギを見下ろした。瞬間、少しだけ首を絞める手が緩む。ナギはその拍子に短刀を振りかぶった。ざく、とイワギの肩に深々と刃が刺さる。

「だから、俺と死んでくれっ!」

「なに……!?」

 肩に刺した短刀を握りこみ、ナギは思い切りイワギの身体を引いた。二人の身体がぐらりと傾ぐ。勢いのまま倒れ込んだ先は、切り立った崖だった。

 落下する刹那、イワギの顔が驚愕に歪んでいた。その歪な表情を見て、ナギは少しだけ溜飲が下がった。

 静かな月明かりの下、二人のならず者は縺れるようにして谷底へと落ちていった。




***




 どこか遠くから声が聞こえてくる。誰なんだ、鬱陶しい。ナギは目を閉じたまま顔をしかめた。頭が痛い。瞼が重い。身体がバラけそうだ。俺は一体どこにいるんだ――朦朧としながらそんなことを思っていると、痺れを切らした声の主に「これ!」と怒鳴られた。

「聞いとるのか、ナギよ」

「へ?」

 ハッとナギは目を開けた。まばゆい光に一瞬だけ顔を顰め、次いで視界に入ってきた棗色の髭面に「ああ、」と脱力した。

「オッサンか……脅かしやがって」

「オッサンではない、閻魔大王じゃ。まったく……」

 目の前には巨大な卓に向かって腰かけている閻魔大王がいた。なんとなく懐かしい光景にナギは複雑な心境になる。

「……俺、死んだんだな」

 イワギと崖に転落したことは覚えている。ぽつりとそう言うと、閻魔大王が「そうじゃ」とにべもなくうなずいた。

「あのイワギとかいう男も死んだぞい。今頃は行列に並んどるところじゃろう」

「そっか……」

 ナギは神妙に呟いた。ならばイツキたちを狙う者ももういないわけだ――ナギは急に気が抜けてしまった。

 しかし閻魔大王はにこにこと笑っている。胡散臭げにナギが見やると、彼は上機嫌に木槌を鳴らした。

「ナギ、おぬしはようやったぞ。己のために他人を殺めることもせず、仲間のために尽力した……いやまったく、天もお慶びじゃ。あの方々は無償の愛だとか自己犠牲だとかが好きでのう」

「はぁ、そうかよ」

 ナギは気のない返事をする。別に愛や自己犠牲を発揮させた覚えはないのだが、問いただすのも面倒だった。

「そこでじゃ、実は天から特別にお達しがあってのう」

 閻魔大王はそう言うと長い巻物をするすると広げた。ふむふむと読み上げる。

「本来ならばおぬしは地獄へ落とされて三百年のお勤めをしたのち蚊に転生の予定じゃったんだが、変更になった」

「蚊? 蚊だったのかよ、俺の来世」

 ナギの呟きは無視された。閻魔大王は続ける。

「地獄行きは免除の上、即時転生が認められた……しかも、人間にじゃ」

「はぁ。そうかよ」

 ナギはやはり気のない返事をする。色々なことがありすぎて今はただ呆然としていた。人間に転生出来ると言われても、すぐには喜びも湧いてはこない。

 しかしそんな死者の心境は閻魔大王には関係ないらしい。上機嫌ながらも、巻物に視線を滑らせつつ事務的に読み上げた。

「転生する者には規則を説明することになっていての……一つ、前世の記憶は抹消される。個人情報保護がうるさくてのう」

「はぁ」

「一つ。過去現在未来、いつの時代に生まれるかはわからぬ。輪廻の輪は下界とは次元が違うのでな。いつの時代に生れ落ちるかは前世の功徳次第……というか、まぁ運じゃな」

「そうかよ」

 ナギは上の空できいていた。頭の中にはぼんやりとした走馬灯のようなものが巡っている。

 閻魔大王が巻物を閉じた。呆然としているナギの顔を見つめ、ニッと笑う。

「それから、おぬしは特例で転生させるゆえ、ちぃとばかし懲罰も加えさせてもらうぞい」

 ナギはようやく我に返った。「懲罰だぁ?」と脱力する。閻魔大王は笑った。

「なに、ちょいと苦労してもらうだけじゃて。そんな心配せんでもよい。……さぁ、こやつを連れて行け」

 木槌が打ち鳴らされる。するとナギの両脇を素早く鬼が固めた。そのまま社の外へと連れ出される。

 またか――そう思うナギの予想通り、鬼たちはナギを軽々と担いで、ぽいと井戸の中へ放り込んでしまった。

 井戸の中をずんずんと、下へ、下へ――以前と異なるところは、井戸の壁に様々な映像が映し出されていることだった。村で兄妹たちと遊んでいる自分、父親に殴られる自分、村を飛び出し、都の破落戸と徒党を組む姿、ヤマに刺された瞬間、イツキとハルヤとの出会い、里帰り、別れ、崖から落ち――今まで生きてきた十数年の出来事が、落下するナギの視界をよぎっていく。ナギの目に涙が浮かんだ。

 次第に己の身体が軽くなっていくのを感じた。怒り、憎しみ、欲望、妬み――雑多な負の感情が剥がれ落ちていくのを感じる。心が軽くなる。身体が重みを失くしていく――

 やがてナギの魂は名前を失った。かつてナギだった小さな魂は、ぽとんと水の中に落ちた。温かい、抱くような水の中。鼓動が聞こえる。愛おしげに囁きかける声もする。

 魂が肉体に覆われる。脈動し、指を握り、身体を丸め、そして――




 おのこですよ――そう告げる産婆の手から、女は赤子を受け取った。布にくるまれた赤子はくしゃくしゃの顔で泣いている。女は愛おしげに我が子を抱いた。

(この子は、生まれてきてはいけなかったのかもしれない……)

 赤子の額を撫でながら女は思う。けれど、少なくとも自分にとっては、かけがえのない天からの贈り物だと、そう確信した。

「あなたの名前は……イツキ……イツキにしましょう」

 壊れ物を扱うようにそっと抱きしめると、女は涙を流した。




 やがて母子は宮中の権謀術数に揉まれ、母は心労で没した。子――イツキはどれほど虐げられようとも、決して他を憎まず、ただ凪いだ風のようにすべてを受け入れた。

 少年は成長し、青年となる。市井に移されたイツキは、不意に感じたことのない焦燥に襲われた。

 彼に、会わなければならない――“彼”が誰なのかも判然としないまま、イツキは毎夜都を徘徊した。

 そして――

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