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「村に帰る?」

 イツキとハルヤが異口同音にそう言った。朝餉の時間である。ナギは汁椀を傾けながら「ああ」とうなずいた。

「俺は家出みてぇに村を飛び出したんだ。そのまま都に居ついてくだらねぇ連中とつるんでる間に、もう何年も経っちまった……。やっぱりちゃんと帰らねぇと、駄目だと思うんだ。……もしかしたらとっくに勘当されてるかもしんねぇけどよ」

 きちんと村に戻らねばならないだろう、とナギは思う。無責任に家業を捨てて家族に心配をかけさせてしまったことを、詫びねばならない……己の命がややもすると残りわずかかもしれないという事実が、より強くその決意を起こさせたのだ。

 場がしんとした。「なに黙ってんだよ」とナギは気まずくなる。

 汁椀を手に持って固まったまま、ハルヤが窺うようにナギを見た。

「……ナギ、もうここへは戻って来ないの?」

「へ?」

 ナギは呆けた。少女に目を向ければ、ハルヤは顔を逸らして「べ、別にっ」と取り繕うように汁を飲んだ。

「寂しいとか、そういうんじゃなくて……あんたがいないと、力仕事とかのときに困るんだもの! イツキ様に莚を運んでもらうわけにはいかないしっ!」

 ナギは「寂しいのか?」と真顔で呟いた。「そうじゃないって言ってるでしょ!」とハルヤは赤くなって否定するが、ナギはすでに聞いていなかった。

(……俺なんかでも、必要とされることもあるんだな)

 イワギたちとは何年もの間徒党を組んでいたが、決して絆で結ばれた仲間などではなかった。蔑みと暴力こそあれ、思いやりや親しみとは無縁だったのだ……複雑な思いで黙り込んでいると、ふと視線を感じて顔を上げた。イツキが眉を下げてこちらを見つめていた。

「……あんたも、寂しかったりするのか?」

 直截に尋ねてみる。イツキは間髪入れず「それは、もちろん」と答えた。

「あなたがいてくれると、純粋に私は楽しかった。あなたと、ハルヤと、三人で……とてもいい思い出が作れたと思います。残念ですが、家族は大切ですから……仕方がない」

「いや、その……」

 ナギは椀を置いてぽりぽりと頭を掻いた。すっかりしんみりとしてしまった二人を上目遣いで見やりつつ、ぼそぼそと告げる。

「戻るっつっても、十日くらいのつもりだったんだけど……」

 ナギとしては、両親と兄妹に詫び、挨拶をしたら、また二人のもとへ戻ってくるつもりだった。もしかするとこのまま自分は死ぬのかもしれないと思ったが、この若い主従と共に最期まで過ごすのも悪くないかと決めたのだ――友人になってくれないかというイツキの言葉を、最期まで成し遂げたかったのだ。

 ハルヤが赤くなった。「なによ!」と怒り顔だ。

「まぎらわしい言い方しないでよ、ばか!」

 まったく失言だったと言わんばかりにハルヤはぷりぷりしている。イツキも笑っていた。

「そうでしたか、なら安心です……よかったね、ハルヤ」

「よくないわ! ナギのばか!」

「なんで俺が馬鹿なんだよ!? ひとりで早とちりして勝手に怒りやがって……」

「あんたなんかいないほうがセイセイするんだから!」

「ほんとに素直じゃねぇガキだな! 来週には戻って来てやるよ、ざまぁみろ!」

 やかましく言い合うナギとハルヤのことをイツキは楽しそうに眺めていたが、「あ、そうだ」と呟くとやおら立ち上がって部屋を出て行った。二人は口論をやめ、顔を見合わせて首を傾げる。

 やがてイツキが戻ってきた。両手には大事そうに茜色の着物を携えている。

「それ……イツキ様のお着物じゃないですか?」

 ハルヤが首を傾げた。寒色系をよく着る彼にしては珍しく華やかな色だ……そう思いながらナギがしげしげと眺めていると、イツキが微笑した 。

「ナギ、これをあなたに差し上げます」

「ええっ?」

 先にハルヤが素っ頓狂な声を上げた。慌てたようにイツキに駆け寄り、着物を広げている。上品な茜色に染められた狩衣を見、次いでまじまじとナギを見やった。

「ぜったい似合わないわ」

「うるせぇよ! ……でも同感だぜ」

 ナギも着物を見に立ち上がる。生地を撫でてみれば、さらさらと滑る肌触りがくすぐったかった。狩衣など着たことはない。似合うとは思えなかった。

「そんなことないと思いますよ。あなたにはずいぶんとお世話になったので本当なら私もご挨拶に伺いたいところですが……それも叶いませんので、せめてなにか贈り物をさせてほしい」

「大げさだな……別にご挨拶するような家でもねぇよ。貧乏な百姓だ」

 ナギは肩をすくめたが、是非と勧めてくる彼の好意を無碍にするのも憚られた。着物を着てやるくらい我慢するかとため息をつき、「わかったよ」と狩衣を受け取る。イツキが嬉しそうに笑みを見せた。

「では早速着替えましょうか。ハルヤも手伝ってくれるかな」

「いいよ、ひとりで着るから」

 ナギはぎょっとした。着替えを他人に手伝われるなど、子どものとき以来だ。しかもこの二人に着せられるなど自尊心が許しそうもない。「慣れていないと難しいと思いますが……」と首を捻るイツキを吹っ切って、ナギは逃げるように隣室へ引っ込んだ。

 しかし草臥れた着物を脱いで褌一丁になったところで、ナギは途方に暮れて狩衣をいじくり返した。

「……なんだこりゃ。ちっとも着方がわかんねぇ」

 やたらと布地が多く、どう留めればよいのかわからない紐もあちこちから飛び出している。畜生、と悪態をついていると、イツキとハルヤがひょいと部屋に顔を覗かせた。

「やはりお手伝いしましょうか?」

「……」

 ナギは観念し、憤然としつつもされるがままに彼らに任せることにした。




「やれやれ……」

 山道を歩きながらナギは深々とため息をついた。茜色の布は未だ自分には馴染まず、どうにも動き辛い。イツキはこれは普段着だから汚れても構わないものだと言っていたが、ナギにとってはやはり高価な衣服である。茂みを進むだけでも妙に気を遣ってしまい、やたらに肩が凝る。

 故郷の村までは、都から山を歩いて三日ほど。久しぶりに踏む土の感触に懐かしさを覚えつつ、ナギは黙々と歩いた。

 やがて木々が開けた。山に囲まれた窪地のような村が、ナギの視界に広がる。村には畑が耕され、畑に添えるようにぽつぽつと民家が建っている。昼餉時だからか、藁葺きの屋根からは煙が昇っていた。

 都の喧噪とはまるで違う、貧しいけれど牧歌的な、懐かしい風景。ナギは胸の奥がつんと痛んだ。ゆっくりと、村へ向かって歩を進める。足の向かう先は、己の生家だ。

 やがて辿り着いた家の前で、畑仕事に精を出す二名の男女が見えた。女性のほうは知らない顔だが、男性は間違いなく兄のスグリの姿だった。

「兄貴……」

 ナギは呟く。顔を合わせるのが、少し怖かった。自分勝手に家を出て行った弟の帰宅など、果たして歓迎されるのだろうか――思わず足が止まる。

 男女が顔を上げた。男が……スグリが額の汗を拭いながら息をついている。と、こちらに目を向けた。訝しげに首を傾げていたが、やがてその顔が驚きに染まっていく。手にしていた鍬を放り出すと、転げるように駆けてきた。

「ナギ……! ナギじゃないか!?」

 ナギは緊張した面持ちで兄がやってくるのを待った。スグリが目の前でつんのめるようにして止まる。まじまじとナギの姿を見つめていたが、感極まったように突然ぎゅっと抱擁した。

「どうしたんだ、おまえ……いきなり帰ってくるなんて! 心配してたんだぞ!?」

 我が子にそうするかのように、スグリは愛おしそうにナギの身体を抱いた。兄の首元に顔を埋めつつ、ナギは棒立ちしたまま唇を噛む。ごめん、兄貴――そう言いたかった己の口は、ぶっきらぼうに「やめろよ、餓鬼じゃあるまいし……」と憎まれ口を叩いただけだった。

 スグリが身体を離す。ナギの肩に手を添えて改めてじっと見つめ、そして情けなく眉を下げた。

「四年ぶり……くらいか? ずいぶん逞しくなったじゃないか……逞しいというかスレたというか」

 ナギは苦笑いする。この四年間の所業を思えば変わっていても当然だ。兄貴は変わってないなと言おうとすると、スグリの後ろから先ほどの女性がゆっくりとやってきた。見慣れぬ人間にナギが怪訝な顔をすると、スグリが照れたように頭を掻いた。

「彼女はミツ、俺の女房だよ。去年うちに嫁に来てくれたんだ」

「ああ……やっと結婚したのか」

 スグリは今年で確か二十九だ。田舎の農村にしては遅い結婚である。ナギはミツを見やりつつ、「ねぇさん……でいいのかな」と口を開いた。

「……よろしく。兄貴は真面目だけが取り柄みてぇなもんだから、退屈だろ。浮気の心配はねぇけどな」

「こら」

 スグリが苦笑する。ミツもくすくす笑った。

「元気な弟がいるって聞いてたけど……話どおりね」

 それはまたずいぶんと好意的な解釈である。ナギが笑うと、スグリもにこやかに笑みつつ弟の肩を叩いた。

「とにかく家に入ろう。母さんたちも喜ぶぞ」




 スグリに連れられて数年ぶりに家の敷居をまたぐと、妹のナミが驚きと喜びの声を上げながらナギに飛びついてきた。土間で騒ぐ声を聞きつけて奥から顔を出してきた母も、数年ぶりに現れた息子を目にして目頭を熱くさせていた。

 囲炉裏を囲んで座りながら、親子はしみじみと再会を喜んだ。水入らずに気を遣ったのか、ミツは茶を出したあとはそっと別の間へと下がっている。

 まるで珍獣が帰ってきたかのように、母も兄も妹もしげしげとナギを見つめてくる。家族に会ったらまず言おうと決めていた言葉が色々とあったはずなのに、ナギは気恥しく、湯気を立てる土瓶をただ眺めていた。

「ナギ……あんた、大きくなったねぇ……」

 染み入るように母が言う。ナギは首を傾げた。己の身体を見下ろすが、劇的に成長したようには思われない。

「そうかぁ? そんな変わってねぇよ、餓鬼じゃあるまいし」

「子どもだったじゃない、出て行ったときは……元服したばかりの、まだ十五歳で」

 そう言うと、母は四年前のことを思い出したのか懐かしそうに眼尻を下げた。

「貴族なんかの言いなりにならない、て、いつも怒ってたよねぇ、あんた。それで村まで飛び出しちゃうんだから、母さん驚いたよ」

 そうそう、とスグリもうなずいた。

「貴族をぶっ飛ばしてくる! とかなんとか言いながら都に行っただろ。都ではなにをしてたんだ? まさか本当にぶっ飛ばしてたわけじゃないだろ?」

「いや……その」

 ナギは口ごもる。そのまさかなのだが、にこにこと自分を見つめてくる家族に対して真実を告げるのは憚られた。

(破落戸の野郎と組んで盗みと博打と暴力三昧……なんて言ったら、卒倒しそうだな)

 家族はみな人のいい農民だ。こんな牧歌的な家でなぜ自分のような鉄砲玉が生まれてしまったのか我ながら理解に苦しむほどである。

 しかし嘘は言いたくない。ナギは考え考え、口を開いた。

「俺……ある人に仕えてるんだ」

 三人がぽかんとする。「貴族に?」と問われるので、ナギは曖昧にうなずく。

「ナギ兄が!?」

 真っ先に叫んだのは妹のナミだった。

「ぶっ殺しちゃったの間違いじゃないの!?」

「バカ、誰が殺すかよ!」

 しかめっ面をしつつ、ナギはイツキとハルヤの顔を思い浮かべながらぼそぼそと語った。

「その……そいつ、貧乏な奴でさ、使用人は俺ともうひとりしかいないんだ。しかもナミと同い年の女の子でさ」

 ナミが「あたしと? すごい!」と合いの手を入れる。なにが凄いのかナギにはよくわからなかったが、「すげぇだろ」と適当に調子を合わせた。

「貴族のくせに変な奴なんだ。俺に友達になってほしいとか言うし……。俺も別に恭しく侍ってるわけじゃねぇ。ただ、その……俺の生き方を、変えてくれたんだ。だからそいつのためになにかしてやりてぇって、そう思ってるだけなんだけどよ」

「ナギ……」

 スグリが穏やかな声で弟の名を呼ぶ。「立派になったなぁ、おまえ」と小さく呟いて眉を下げた。

「それでそんないいもの着てるんだな。びっくりしたんだよ、おまえが都人みたいな格好してるから」

 ナギはいま思い出したというように自身の姿を見下ろした。茜色の狩衣は、こんな農家の中ではひどく浮いて見える。ナギは思い切りしかめっ面をした。

「こりゃこっちに来る前に無理やり着せられたんだ。ありがた迷惑だよ、ったく……」

「そんなこと言うもんじゃないだろう、せっかくのご厚意だろうに」

「とんだご厚意だよ」

 飽くまで嫌そうに吐き捨てるナギの様子に、スグリも母も笑った。「似合ってるよ、ナギ兄」とナミは嬉しそうだ。

「それじゃあ、またしばらくしたら都に帰るのかい?」

 母に問われ、ナギはうなずいた。「そう」と寂しそうにしつつも、母はどこか満足げだった。

 ナギは改めて家族の顔を見まわす。彼らは少しも変わってはいなかった。ナギが都で落ちぶれている間にも慎ましく堅実に日々を暮らし、家出した次男坊が帰って来ても煙たがることなく温かく受け入れてくれる――ナギはわずかに居住まいを正し、

「親父は?」

 と問うた。都の貴族に反発するナギのことを、父はいつも諭していたものだ。跳ねっ返りの息子を叱りつけるために、時には手を上げることもあった。困らせるばかりだった。今こそ、母に、兄に、妹、そして父に、己は頭を下げねばならないだろう。不肖の息子で申し訳なかった、と。

 母が淡く微笑む。兄と妹は俯いた。

「父さんね、あんたが出て行った次の年に、死んだんだよ。崖から足滑らせてねぇ」

 ナギは呆けた。「死んだ?」と呆然と呟く。「そんな」と、次いで口から言葉が零れ出てくる。

「俺……みんなや、親父に、謝りたかったんだ。馬鹿でどうしようもねぇロクデナシだった、てさ……」

 正座した膝の上で、ナギは拳を握る。悔しくて悲しくて、ぎゅっと唇を噛んだ。「ナギ、」と母が優しく呼びかける。

「……あんたが立派になって、父さんもきっと喜んでると思うよ」

 ナギは顔を上げた。あたたかな母の眼差しを受けながら、唇を噛み締めながらも、

「……うん」

 ナギはうなずいた。




 村での滞在は穏やかに過ぎていった。ナギは家業を手伝い、スグリと兄嫁に遅い祝辞を述べ、母を労わり、妹と遊んだ。久方ぶりの里帰りはもしかすると今生の別れになるかもしれない。ナギはひとつひとつの出来事を、噛み締めるように、丁寧に過ごしていった。

 夜半、ナギはむくりと起き上がった。隣にはすやすやと眠る妹と母の姿がある。明日、ナギは都へ帰る。家族との別れが近いと思うと、なかなか寝付けなかった。

 眠る二人を起こさぬよう、そっと寝床を抜け出す。寝静まった家の中をなんとはなしに歩いていると、ふと灯りの漏れる部屋があった。居間だ。こんな時間になんだと思いつつ、ナギは居間の襖を開けた。

「兄貴?」

 そこでは文机に向かってスグリが書き物をしていた。「ナギ、まだ起きてたのか」とスグリが眉を上げる。ナギは居間に入って兄の前に腰を下ろした。

「そりゃこっちのセリフだよ。兄貴こそなにやってんだ? 蝋燭無駄遣いしてると母さんに叱られるぜ」

 貧しい家では蝋燭は貴重品だ。スグリは罰が悪そうに「ミツと母さんには内緒だぞ」と笑う。

「時々、日記をつけてるんだよ。昼間は慌ただしくてゆっくり書けないからね」

「日記?」

 ナギが覗き込もうとすると、「おっと、だめだめ」とおどけたようにスグリが帳面を腕で隠した。子どものような所作にナギはつい苦笑する。

「なに書いてんだよ、隠されると気になるだろ」

 スグリが口元を綻ばせた。「おまえのことだよ」と告げる。その顔には少しだけ寂しそうな影が差していた。

「明日、おまえはまた都へ帰ってしまうだろ。だからこの数日間のことを振り返ってたんだよ」

「……」

 ナギは押し黙った。スグリは帳面を閉じると、弟に向き合って笑みを見せた。

「あっちで色々忙しいかもしれないけど……時々は、お暇をもらってうちに帰って来い。母さんも歳とってきたしな……。ナミの成長も見たいだろ?」

「ん、ああ……」

 曖昧にうなずき、ナギは俯いた。次に帰ってくる機会は、果たしてあるのだろうか――もしあるとすれば、それはナギが人殺しをしたという証でもある。ナギに親しくする彼らは、その事実を知ったら一体どう思うのだろう……そんなことを考えると、胃の腑がずしんと重くなるような気がした。

 黙り込んだ弟の様子を、兄は感傷に浸っているのかとでも思ったらしい。声を弾ませて尋ねた。

「なぁ、おまえのお仕えする貴人というのは、どんな方なんだ?」

「どんな……って言われてもな……。変な奴だよ。変だし、出来た野郎だ」

 イツキの穏やかな挙動を思い出しつつ、ナギは首を捻る。スグリが苦笑した。

「おまえなぁ、仮にもお仕えする身なんだから、少しはその物言いをどうにかしたらどうなんだ?」

「いいじゃねぇか、別に。あいつもなんも言わねぇし。住んでる邸だって、どうせボロ屋なんだしよ」

「まったくおまえは……」

 肩を竦めつつも、スグリは嬉しそうに顔を綻ばせている。ナギは眉を寄せた。「なんだよ、ニヤニヤして気持ち悪ぃ」と言ってやれば、兄は楽しそうに笑った。

「なに、あのおまえがお仕えするような方なんだから、さぞ立派な御仁なんだろうなぁと思ってね……。機会があれば、俺も一度お目見えしてみたいなぁ」

「……ちなみに一緒にいる従者の女の子ってのも、ナミみてぇにうるせぇガキだぜ」

「それはますます会ってみたい」

 スグリは声を弾ませた。いいなぁ、楽しそうだなぁ、などと呑気に呟いている。ナギはイツキとハルヤの顔を思い浮かべ、(もしかしたら……)と胸のうちで呟いた。

「そいつら、イツキとハルヤっていうんだ。いい奴らだよ、気取ったところもねぇし、出来た人間だ。……もしかしたら、」

 自分の骨を持ってきてもらうことになるかもしれない――そう零れそうになった言葉を、ナギはぐっと飲み込んだ。そして無理に笑顔を作る。

「……一緒に里帰りすることがあるかもしんねぇ。そのときは、持て成し、頼むぜ」

「うちみたいな粗食、お口に合うかなぁ」

 スグリは早くも献立を心配しているようである。思案しつつも、その顔は愉快そうだ。

「なんでもお口に合うだろうよ」

 そう答えたナギの顔は、泣き笑いに歪んだ。




 土産に持たされた干し大根を背負い、ナギは再び山道を歩いていた。「あーあ」とぼやき、頭上を仰ぐ。木々の切れ間から覗く空は嫌味なほどに快晴である。

「俺、なんでこんなに馬鹿なんだろ」

 きっと自分は程なくして死ぬことになるのだろう。今さらながらにこれまでの所業が悔やまれる。しかし他人の身代わりになって死ぬなどという境遇にならなければきっとこの先もずっと賊徒に身をやつしていたのだろう。父が死んだことも知らず、破落戸どもと徒党を組み、悪事を働き、そしてそのうち衛士にでも捕まって処刑されていたに違いない……そう思うと、なんとも皮肉で悔しかった。

「人生、やりなおしてぇなぁ……」

 爽やかな青空を眺めつつ、ナギは茜色の袖を揺らしながらぷらぷらと山道を進んだ。




 都に戻ると、なにやら辺りが騒然としていた。大通りのあちこちで人が集まり、井戸端会議をしている。その顔はみな気忙しげだ。ナギは眉を寄せる。

(……なんだ?)

 手近で立ち話していた二人連れの商人に近づいた。なにがあったのかと問うと、商人たちは胡散臭そうにナギを見た。

「あんた、知らないの?」

「触れ書き見なかったのかい?」

「なんだよ。知らねぇから聞いてんじゃねぇか」

 つい癖で凄むように二人を睨むと、商人たちはわずかに身を引いた。「怒りなさんなよ」と文句を言いつつ、口を開く。

「帝がお亡くなりになったんだよ」

「次に即位するのはヒルミ様のはずだが……まだなにも通達がなくてねぇ」

「こりゃなにか揉めてるに違いないってんで、みんな話してるのさ」

 交互に語られる話を聞きつつ、ナギは顔をしかめた。

(帝が……死んだ)

 確かイツキの父は帝であったはずだ。第一子という立場でありながら母の身分のせいで宮中を追いやられた不遇な皇子――ナギは不意に胸騒ぎに襲われる。「ありがとよ!」と礼を言うと、足早にその場を去った。

「イツキ……」

 なにか良くないことが起こりそうな気がする――ナギは逸る衝動を抑えつつ、イツキの邸へと駆けた。

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