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 どこか遠くから声が聞こえてくる。聞きなれない声だ、誰なんだ、鬱陶しい。ナギは目を閉じたまま顔をしかめた。頭が痛い。瞼が重い。俺は一体どこにいるんだ――朦朧としながらそんなことを思っていると、痺れを切らした声の主に突然肩を叩かれた。

「聞いてるのかいあんた! さっさと進んでくれよ! 後がつっかえてるんだ!」

「……へ?」

 ハッとナギは目を開けた。まばゆい光に一瞬だけ顔を顰め、次いで視界に入ってきた光景にぽかんと呆けた。

「……なんだ、ここ」

 ナギは行列に並んでいた。のどかな山間の風景の中、くねくねとミミズがのたうつように長い長い行列が道なりに続いている。背後に目を凝らせば地平線がきらきらと輝いているが、川か湖でもあるのだろうか。そして前方、列の先頭はといえば、ゆるゆると穏やかな傾斜を上って山の頂へと向かっていた。

「早く進んでくれったら!」

 再び背中をせっつかれる。ナギはワケが分からぬままとりあえず足を踏み出しつつ、後ろに並んでいる中年の男に尋ねた。

「ちょ、ちょっと待ってくれよ、ここはどこなんだ? 俺、こんな行列に並んだ覚えねぇんだけど」

 そう、ナギには心当たりがまるでなかった。直前にやっていたことといえば……確か、いつものように都の賭場で管を巻いていたはずだ。そして負けた相手がこちらのことをイカサマだなんだとイチャモンつけてくるものだから喧嘩沙汰になり、揉みあっているうちに相手が短刀を持ち出してそれが脇腹に――

「なに馬鹿なこと言ってんのさ。……まぁ、あんたまだ若いからなぁ。すぐには現実を受け入れられなくても不思議はないか」

 男が急に気の毒そうな顔をした。頭の先から足の先までじろじろと眺めてくる。ナギは気まずくなってそっぽを向き、ザンバラ頭をばりばりと掻いた。と、額になにか布の感触。剥ぎ取ってみれば、それは白い三角の布だった。

 嫌な予感がする。そういえば目の前の男の額にも三角の布が付けられており、服装は真っ白な死に装束だ。「もしかして……」とナギは半笑いで尋ねてみる。

「ここ、死後の世界ってやつか?」

 延々と続く死に装束の行列に幽霊よろしく額に飾られた布――芝居や草紙などで親しんできた光景に、目の前の様子はそっくりだった。

 そうとも、と男が事もなげにうなずく。そして遥か後方に見える輝きを指差した。

「三途の川だってちゃんと渡ったんだよ。だからもう諦めなよ、兄ちゃん」

 ナギは固まった。しかし思考停止は一瞬だった。すぐに我に返ると「俺はまだ死んじゃいねぇ!」と吠えたが、すかさず前後の死者に睨まれた。

「うるさいよ」

「こちとら最期の感傷に浸ってるっていうのに……」

「これだから無駄に早死にした若造は……」

 列に並んでいるのは大部分が中年以上の人間だった。中にはナギよりも若い、まだほんの少年少女ともいえる子どももいたが、彼らはただ怯えたようにナギを見つめるだけである。

「俺はまだ生きてる! 確かに腹ぁ刺されたけど、死ぬような怪我じゃなかったはずだ!」

「往生際が悪いよ、兄ちゃん」

 背後の中年男が困ったように声を潜めた。「悔しいのはわかるけどさ、」と宥めるようにナギの肩を叩く。

「とりあえずあんまりここで騒がんほうがいいよ? 見回りがいるんだからさ」

 そう言って指し示す先には、毛むくじゃらの赤鬼がのしのしと歩いていた。ナギは引き攣る。ごくりと唾を飲みこみ、そのまま押し黙った。

 そして、粛々と進む死者たちに押し流されるようにして、山の頂へと運ばれていったのだった。




 死後、すべての衆生は閻魔大王によって生前の善悪を裁かれ、しかるべき方法で輪廻転生していく――子どもの頃、そんなお伽噺を母に聞かされたものだ。そして最後は決まって、だからちゃんと極楽へ行けるように日頃から良い行いをしなくてはいけないよとお説教で締めくくられる。ナギはそういった説教くさい話が大嫌いだった。死後の世界など嘘だとも思っていた。すべては大人が子どもを躾けるために考えた都合の良い作り話なのだと……

 山頂にはこじんまりとした社が建っていた。死者たちはそこに一人ずつ入っていき、彼あるいは彼女らは数分後に一喜一憂しながら出てきては、社の向こう側に伸びる二又の道のうちどちらか一方へと歩いて消えていった。手にはなにやら大きな判子の捺された料紙を持っている。垣間見たところ、「獄」または「楽」と判が捺されていた。

(……これはマジなのか)

 ナギは苦笑いをしつつも社へと向かった。観音扉を開けてみれば、巨大な卓に向かって腰かけている、髭を生やした大男の姿。棗色の肌に頭にかぶる冠には「王」の一文字、手には勺を握っている。そして卓上にはよく使いこまれた感のある木槌がひとつ。

(マジなのか……)

 ナギは観念した。やはり自分は死んだのだ。そしてこれからこの閻魔大王とやらに裁かれるのだ――ろくな人生を送ってこなかった自覚は、ある。針山地獄は免れないだろう。

「はぁ……」

 深々とため息をつき、肩を落とす。くだらない人生だった。しかしくだらないなりに、生への執着は無論ある。これまで生きてきた十数年の出来事を走馬灯のように振り返っていると、ふと気まずそうな声が降ってきた。

「これは参ったのぅ……」

 ナギは顔を上げる。広げた巻物を眺めながら、閻魔大王が眉を下げていた。しばし考え込んでいたが、やがて面倒くさそうに口を開く。

「実はな、おぬしはまだ死ぬ予定ではなかったのだ」

「……は?」

 きょとんとした。死んでないならばなぜここにいる? ――そんな疑問がありありと表情から滲み出ていたのだろう、閻魔大王はふぅむと気の抜けた声を出した。

「これは大変言い辛いことなんだがな、ちと手違いで別の人間と間違えてここに召し上げてしまったようなんだな」

 そう言って巻物に太い指を滑らせながら、「ああ、これ」とうなずく。

「名前、シギ。男子。十九歳。死因、腹部の裂傷による感染症。……な、似てるじゃろ?」

 ナギは呆けた。ぱちぱちと数回瞬きしたのち、「ふ……っざけんなよ!!」と叫んだ。

「手違いってなんだよ!? そいつの代わりに俺が殺されたっていうのかよ!?」

「殺してはおらん。腹を刺されて意識を失くしていたおぬしを、儂の部下がシギ青年と間違えてここまで連れてきてしもうたんじゃ」

「おんなじことじゃねぇかよっ?」

 確かにナギは破落戸どもとの喧嘩で腹を刺されたが、脇腹を少し掠った程度で出血もさほどしていない。どう考えても致命傷ではなかった。それなのに間違って三途の川を渡らせたなどと……「ふざけんな!」と再び怒鳴って閻魔大王に掴みかかろうとしたが、控えていた鬼たちに素早く両脇を取り押さえられた。

 じたばたともがくナギを見下ろしつつ、髭もじゃの閻魔大王は面倒くさそうに肩をすくめた。

「騒々しいやつだのう……どうせおぬしは遅かれ早かれ地獄行きじゃ。そんな惜しむような人生でもなかったんじゃろ」

 そういって巻物に視線を落とすと、ふんふんとうなずきながら書面を読み上げた。

「出身は山奥の農村。三人兄弟の真ん中で兄ひとり妹ひとり。しかし野良仕事に嫌気がさし、元服後、家業を捨ててすぐに都に出奔。しかし都でもまともな職に就くことはなく破落戸どもと賭け事三昧……とんだロクデナシじゃな」

「……うるせぇよ。余計なお世話だ」

 ナギは舌打ちする。馬鹿な貴族が威張り散らす都でまともに働く気になんかなれるか……と思ったが、口には出さずに胸の内だけで吐き捨てた。

 閻魔大王は更に続ける。

「犯歴も酷いもんだのう。詐欺、窃盗、恐喝、傷害……殺人と婦女暴行は未経験か。所詮は単なる小悪党といったところかの。まぁ地獄行きは確定じゃ。三百年ほど地獄でお勤めしたあとに虫か獣にでも転生するのが関の山じゃろうな」

「……地獄だろうが極楽だろうが、俺はまだ生きられるんだろ? 勝手にヒトサマの人生奪うんじゃねぇよ」

 上目遣いで閻魔大王を睨みつけた。地獄行きだろうが虫に転生しようが、ナギにはどうでもよかった。どうせ人間に生まれ変わったところで、また貴族に搾取されるだけの貧乏暮らしが待っているだけなのなら、来世に興味もない。大事なのは、今だ。現世をしゃぶり尽くすまで生き抜かなければ大損である。

 閻魔大王が呆れたように肩をすくめた。「意地汚いのう」とこぼし、ダルそうに椅子にもたれ掛る。

「今日の分の死者の数は、もう天に奏上してしまったんでな。今からおぬしを蘇らせて死者と生者の数が合わなくなると、また事務処理がややこしゅうてな……」

「なんだよそれ。ふざけてんのか。ちゃんと仕事しろよ!」

「儂らの仕事は無償の慈善事業なんじゃ。おぬしなどにとやかく言われたくはないわ」

「てめぇ……っ」

 再びナギは暴れだす。鬼どもと揉みあうナギを見て閻魔大王も「わかったわかった」と音を上げた。

「じゃあこうするかの。おぬしに四十九日間だけ時間をやろう。その間に誰か一人、適当に選んで殺してこい」

「なっ……!?」

 ナギは唖然とした。今この親爺はなんと言ったんだ? ――しかし閻魔大王はすましたものである。「聞こえんかったか?」とご丁寧にも同じ言葉をもう一度吐いた。

「四十九日以内に誰か一人殺してくるんじゃ。おぬしの身代わりだな。シギ青年の代わりにおぬしが死にかけたんじゃから、今度はおぬしの代わりに他の人間をここに連れてくるのだ。そうすれば数も合う。合理的であろうよ」

「な、なに無茶苦茶言ってんだよ!」

 あまりに無責任な内容にさすがのナギも愕然とした。代わりに他人を殺してくるなど、そんなことが出来るはずがないではないか――いや、本当に出来ないのか?

 閻魔大王が探るようにナギの瞳を見つめた。

「おぬしのような破落戸じゃったら、殺してやりたい人間の一人や二人くらい余裕でおるだろ。腹の立つ人間を始末できる一方でおぬしは蘇ることができる。一石二鳥だとは思わんか?」

「……」

「怖気づいたか? なぁに、あれだけの前科のあるおぬしなら、人ひとり殺めるくらい、ちょっと勇気を出せば余裕じゃろ」

 ナギは二の句が継げなかった。しかし閻魔大王はすでにそうと決めてしまったらしい。「決定!」と大声を出すと、木槌を打ち鳴らした。

「ナギ、おぬしを一度下界に戻そうぞ。そして期間内に身代わりを作ることが出来たら、予定通りの寿命を返してやろう! 出来なければそのままシギ青年の代わりとして死んでもらう!」

 ちなみに死後の地獄行きは確定だから――そう言ってにっこりと笑顔を見せると、鬼たちに向かって顎をしゃくった。鬼たちはナギの両脇を抱え、引きずるようにして社の外へ連れ出した。

「お、おい、俺はまだやるとも言ってねぇだろうが!」

 とりあえず暴れて抵抗してみたが、鬼たちの腕力は恐ろしく強かった。ずるずると社の裏手まで引きずられ、林の中の古井戸まで連れて行かれる。

 まさか――とナギが恐れる予想通り、鬼たちに軽々と担ぎ上げられると、ナギはぽいと井戸の中へと放り込まれてしまった。

 真っ暗な井戸の中をずんずんと、下へ、下へ――途方もない距離を落ち続けるうちに、ナギの意識もすとんと落ちていった。




 一体どれほどの間気を失っていたのだろうか。目覚めたナギの視界に入ってきたのは、こちらを見下ろして覗き込んでいるいくつもの顔だった。がばりとナギが身を起こせば「あ、生きてた!」「ビビらせやがって」などと安堵の声があちこちで上がった。

「ここは……」

 薄汚い掘っ立て小屋の中。草臥れた風貌の男たちがたむろし、床にはサイコロや銭が転がっている、いつもの賭場の光景だ――違うところがあるとすれば、破落戸たちがみなナギの周りに集まっているということだけである。そしてもうひとつは、足元に転がっている短刀。ナギは無意識のうちに短刀を手に取って懐に隠していた。

「なんだよてめぇ、脅かしやがって!」

 ばしばしと肩を叩かれ、ナギはつんのめる。ナギの腹を刺した――正確には掠っただけだが――張本人であるヤマが安心したように笑っていた。

「ちぃとばかし切れただけで大げさに倒れやがって! 死んじまったかと思っただろ!」

 そうだそうだ、と周りの野次馬たちも囃し立てた。

「ここはお上にお目こぼししてもらってるおかげで安全に遊べるんだからよぅ、死人なんか出ちまったら取り締まられンだろ!」

「あーよかった、おまえが生きてて」

 口々にそう言って胸を撫で下ろす男たちを眺めながら、ナギは微妙な心もちになった。誰一人として怪我をした自分を案ずる人間などいない――だが、考えてみれば当たり前だ、とも思う。みな顔見知りではあるが、それは単にたまたまこの賭場に破落戸どもが集まっているだけであって、なにも友人などではないのだ。そもそも、みな金の絡む不健全な遊びをする連中ばかりである。喧嘩にはなるものの、友好など生まれるはずもなかった。

 ナギは「おう、悪い悪い」と軽く謝りつつ、鋭く破落戸どもを眺め渡した。

(……こいつらなら、誰かひとり殺しても別に責められやしねぇだろ)

 みな家族もいなければ金もない根無し草ばかりだ。破落戸の死体がひとつ路肩に転がっていたとしても警邏の衛士は動いたりはしないだろう――そこまで考えて、いやとナギは首を捻った。

(俺は所詮こいつらとは同類なんだ。なにも同じ貧乏人をヤるこたぁねぇ。どうせなら……そうだ、貴族の連中がいい)

 全国津々浦々、どんなに山奥の農村であろうとも税を徴収することにだけは余念のない、都の貴族ども。彼らは、都の大通りで物乞いをする少年少女たちをしり目に、豪奢な牛車に乗って悠々と都を練り歩き、やれ歌合せだ桜参りだなどと年中遊びほうけているのだ。

 ナギの村も無論搾取の対象だった。ナギは税を納めるために畑を耕すことに嫌気がさして村を飛び出したのだ。しかし都では憎らしかった貴族たちの遊興ぶりが間近で繰り広げられていたのだからたまらない。真面目に働くのも馬鹿らしくなり、ナギはすっかりグレてしまったのだ。

(俺の身代わりに貴族の野郎がひとり死ぬんだ。最高じゃねぇか)

 そっとほくそ笑む。いい気味だと思った。ナギはよしとうなずくと、「白けさせて悪かったな」と一声上げて賭場を後にした。

 外に出れば、遠くに望む山の端に太陽が沈みかけているところだった。こぼれんばかりの夕陽が眩しい。しかし眩しいのはいっときだけで、あっという間に辺りは夜の闇に包まれるだろう――ちょうど都合のいい時間になってくれた、とナギは思った。

 この都は帝の座す宮中が北端にあり、そのすぐ南に貴族の邸宅が並び、南下するに従って生活水準が下がっていく。ナギが活動拠点としているのは都の最南端であり、このあたりにはまともな住居もなく、貧困層が蠢いているだけである。こんなところには貴族もお出ましにはならないだろう――ナギは足早に都を北上した。

 北へ進むにつれて広大な邸宅が並び始め、従者をつれた貴族や牛車の姿がちらほらと見られるようになった。いかにも破落戸然としたナギは目立つ。物陰に隠れつつ、獲物を物色した。

(……しかしなぁ)

 路肩に生えている柳の木の陰に隠れながら、ナギは腕を組んだ。確かに貴族は歩いているが、夜道を一人歩きするような間抜けがいるはずもない。それに、いざ殺すとなるとさすがにナギも怖気づく。

(喧嘩だったら簡単なんだけどな……)

 別にひときわ強いというわけでもないが、威勢の良さだけは自信があった。貴族を脅して金品を巻き上げるだけならば簡単なのだが……。ナギは人殺しをしたことがない。死体は見たことがあるが、恐らく飢え死にしたであろう死体を目にしたときはしばらく食欲も湧かなかったものだ。それを、己がこの手で相手の肉を斬り裂いて殺すとなると……ナギは冷や汗をかいた。短刀を握る掌がじっとりと湿ってくる。

(……とりあえず、人気の無いところだな)

 目撃されれば厄介だ。ナギは表通りから離れ、うら寂しい裏通りへと足を向けた。

 塀に囲まれた裏通りは人通りもなく、時折さざめきのように邸宅から漏れ聞こえる宴の声だけが余計に静寂を際立たせているかのようだった。日は完全に落ちているが思いのほか月が明るい。ナギは落ち着かなく思いつつも物陰に身を潜めた。

 待つこと、しばし。ひた、ひた、と微かな足音が聞こえた。ナギは身体を緊張させる。暗がりに伸びる通りの向こうに、じっと視線を集中させる。仄かに橙色をした提灯の明かりが見えた。あわせてぼんやりとした人影が浮かぶ――男だ。それも、ひとり。ナギはごくりと唾を飲んだ。

(……やるか?)

 男がゆっくりとした足取りでこちらに向かってくる。見たところまだ若い。ナギと同じ年頃か。衣服は簡素な狩衣だが、提灯の明かりに浮かび上がる布地には細やかな刺繍が見て取れる。少なくとも貧民が着るような衣服ではないだろう。そして頭は髷に結い、冠をかぶっている――間違いない、どこぞの邸の息子かなにかだろう。ひとりで歩いているというのが不審だったが、かえって都合がいい。

(どうする……)

 短刀を握る右手に力がこもる。手汗が酷い。左手に持ち替え、右手を着物にこすりつけて汗を拭った。男がナギの存在に気づかぬまま、前を横切っていく。ナギは舌打ちした。こんな好機はそうそうないだろう。今やらねば、自分は四十九日後にシギとかいう赤の他人の代わりに死ぬのだ。そんなのは真っ平ご免である――

 心は決まった。ナギは雄叫びを上げて物陰から飛び出した。

「死ね――!?」

 短刀を振り上げて地を蹴った瞬間、横手からもうひとつの影が躍り出ていた。その闖入者も同じく刀を振りかぶっている。ナギと目が合った。刃物を構えた二人のならず者は顔を見合わせて瞠目する。一拍遅れて貴族の青年が振り返った。ナギと、闖入者の男と、青年と。見合ったのは一瞬だった。硬直からいち早く回復したのは男だった。

 男が無言でナギに襲い掛かってくる。相手の得物は刀だ。短刀を持つナギのほうが分が悪い。しかしナギは振り下ろされた太刀筋を短刀で受け止め衝撃を吸収すると、反動で相手の得物を弾き飛ばした。

(なんだこいつ、大したことねぇな!)

 刀を失って狼狽える男の腹に膝蹴りを一発。ぐ、と呻き声を上げると男は後ずさりした。そして「畜生っ」などと悪態をつきつつ、よろめきながら暗がりへと逃げていった。

「おととい来やがれってんだ!」

 勝ち誇ったナギは高らかに言い放つ。が、ふと青年の存在を思い出して慌てて振り返った。青年はぽかんとしていたが――なかなかの美形だったのでナギは思わず舌打ちする――やがてハッとしてナギに駆け寄った。

「……助けてくれて、どうもありがとう」

 弱弱しい声で青年が礼を言う。月明かりに照らされた顔は蒼褪めていた。

 青年がナギの手を握る。じっと見つめてくるものだからナギは「あ? ああ、うん……」としどろもどろになった。

「ありがとう……これもきっとなにかの縁だ、お礼をさせてはくれないだろうか。私の邸は、この近くにあるんだ」

「は? え、いや、別に礼なんて……」

 ナギは弱り果てた。しかし青年は相変わらず蒼褪めた顔のまま、なかば強引にナギの手を引いている。

「私はイツキといいます。あなたは?」

 尋ねられ、ナギは反射的に名乗っていた。青年の顔が初めてほころんだ。

「ナギ殿、さぁこちらへ……なにもない家だけれど、温かい寝床はご用意できる」

「はぁ……」

 まさか今さら「俺もあんたを殺そうとしていたんだ」とは言えるはずもなく、ナギは仕方なく彼に導かれるまま邸へと向かうことにした。

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