15章 判別する消息
村の端々に眠る尊厳なき躯を村外に運び、簡易ながら埋葬する。
せめて死後は安らかな夢を微睡めるようにとミラナさんが聖句を唱え、アメトリが鎮火の雨を招く。
半ば半壊した村。
ほんの数刻前までは人々の何気ない営みがあった。
だが、それは一瞬にして踏み躙られてしまった。
幸いにもパーティに犠牲を出すことなく、低レベルとはいえ中位魔族を撃破できた。
幾つもの幸運が重なった結果。
しかし失われた人々の事を思うと気が重くなる。
もっと的確な対応があったのじゃないか、と。
英雄譚の主人公でない自分達は、精一杯最善を信じて動くしかない。
でも知っているのに忘れていた。
世界は……こんなにも残酷だ、ということを。
悔しさに拳を握ると、そっと隣から手を覆われた。
鎮魂の調べと雨に打たれるミラナさん。
痛ましげに伏せられたその面差しが、私にはどこか泣いている幼子の様に見えた。
「……さあ。死者の弔いは一先ずここまでにして、残りの人を探しましょうか。
さっきの話だと近くの洞窟にいるみたいだけど、確証が得られないのよね」
「何か妙案があればいいのですが」
「そうだねー」
「まあ、おいおい考えましょう。
それにしても、よく中位魔族を斃すことができたわ。
アメちゃんの上級呪文に耐えたのも驚きだけど、シャスくんの冷静な洞察がなかったら、あんな無茶苦茶な存在、いくらレベルがあっても斃せないと思う」
「本当に。いつから気がついたのー?」
「最初の違和感は村に点在する死体でした。
皆殺しにするにしては数が少なく、素体にするにしては多過ぎる。
そこで何か死体に近寄れない理由があるのではないか、と。
あと奴の存在感の無さが逆に確証を得やすくしてましたし」
色々奴にも語った推論を交え解説する。
まあ半分以上は賭けみたいなものだ。
だが、レベル差がある存在相手には悪くない賭け。
いざとなれば、まだ「手」はあった。
「あと気になるのは魔族がもう一体いるってことだけど……どうして分かったの?」
「サリアの話では悲鳴を聞いて外に飛び出した、ということでした。
虚ろな顔をした村人がいて、呼び止めようとした者が魔族に襲われた、と。
しかしその割には犠牲者が村には少ない。
だから考察してみたんです。
最初に村を襲ったのは幻惑か操作系に長けた魔族。
それに操られた者は「自分の足で」村の外へ出て行ったのでは、と。
そしてその力に抵抗しやすい者達を屋外に誘き寄せる為、手頃な人を襲い悲鳴をあげさせる。
あとは出てきた者を虜にするなり、厄介者払いするなり簡単でしょうから」
村外に続く地面へ残る数多の新しい足跡。
それは村から出て山間の方へと向かっていた。
「なるほどねーシャスティア君は凄い洞察力だねー。感心関心歓心」
「ちょ、アメトリ。何だか字が違ってますよ。
あ、やめ。髪の毛を引っ張らないで下さいってば!」
「む~女のわたしより綺麗な髪をしおってからに。
ゆるせん。制裁じゃ」
「それをセクハラっていうんです!
あっ、どこ触ってるんですか!
もう~やめないとエメリアさんに言いますよ!」
ピタ、っと私の胸やら尻を撫でまわしていた手を止めるアメトリ。
「あのそれはかんべんしてくださいいやいやマジで」
カクカクしながら壊れた人形のように後退し返答する。
「あ、アメトリさん?」
「ゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイ。
拳が沢山暗いのは嫌です。火花と川が見えます。
あれ~あれは死んだ筈のおじーちゃん?
危ないにげて!
鬼が…コブシのアクマがやってくる~!!」
……私は、どうやら彼女の禁忌に踏み込んでしまったらしい。
幼児退行し掛けてるアメトリを立ち直るまでそっとしておいてあげる事にすると、ミラナさんの姿が見えない事に気付く。
「ミラナさん?」
探すまでもなく彼女は半壊した教会にいた。
辺境の村にある教会だ。
簡素で大きな塔と礼拝堂、そして母屋だけで成り立っている。
いまだ煙たい礼拝堂に入り、ミラナさんは中央に飾られた聖印を撫でていた。
聖印……輝照石からなる、神々への象徴。
(そうか、もしかして!)
「ミラナさん、もしかして<囁き>の力で!?」
「ええ、シスターが毎日丹念に磨き、祈りを込めたであろう聖印なら……と思ったけど、さすがね。
連絡が取れたわ。
他の村人は……まだ生きてる!!」
振り返り涙を浮かべ応じるミラナさん。
私は、彼女の涙を初めて見た気がした。