13章 戦慄する独白
「これは……」
「ひどい……」
意識が鮮明となった瞬間、目前に広がる村の風景。
それはまさに地獄絵図ともいえるものだった。
もとは牧歌的で静かな村だったのだろう。
だが今はその全てを一変させている。
燃え盛る劫火。
崩れゆく建物
そして……村の端々に点在する無残な死体。
高揚を感じていた先程までの自分に、愚かさと嫌悪を感じる。
私は自惚れていた。
ルナを守りきれなかったというのに。
都合の良い物語の主人公の様に、今回は「間に合う」と無責任に思っていた。
その結果がこれだ。
何の咎もない無辜の人々。
明くる日を待ち、笑顔で過ごす当たり前の日常。
サリアが助けを呼び、
事情を説明し、
私達が準備を整える。
ほんの10分にも満たない時間。
何もかもが崩壊していた。
無力さに奥歯を噛み締めると共に、苦悶に目を見開いて絶命している少年の瞳を閉ざしてやる。
この子は僕だ。
ミラナさんが5年前に間に合わなければ、僕も彼らの仲間入りをしていた。
(「驕るなよ、シャスティア。力に酔い痴れ、前へ進む努力を怠る者は何も掴めん」)
かつて教わった師の言葉が重い戒めとなり私を打ちのめす。
「アメちゃん、魔術で消火をお願い。
シャスくんは索敵をお願いできる?」
簡略した弔いの祈りを捧げると、ミラナさんは毅然と言った。
彼女の心は、まだ折れていない。
「了解~『天上の恵みたる汝の帳を……』」
「範囲50以内に動きを為す……生きているものはいません」
呪文詠唱に入ったアメトリさん。
私は転移したと同時に展開していた固有射程円「イーグルアイ」の精度を高め応じる。
村1つが死滅していた。
瞬時にそれが分かるからこその絶望。しかし、
「でも……死体の数が少な過ぎませんか?」
そう、村ひとつ分にしてはあまりに死体の数が足りない。
多く見積もっても10を超えない。
「シャスくんも気付いた? この村の人口は100人前後。
つまりあと90人くらいの人が連れ去られたと推測できそう」
「いったい何の為に?」
「それは多分、」
「苗床にする為デスヨ」
驚愕に頭上を仰ぎ見る。
半ば崩れかかる教会の尖塔。
その頂きに手を絡みつけながら「それ」は言った。
奇怪、としか喩えようのないない造形。
一番近いのは溶けた蝋細工の道化師だろうか。
人に似た容貌に嘲りの笑みを浮かべ見下ろしている。
私は最大限の警戒を行っていた。
射程円は無論頭上もカバーしている。
先程からの探査に引っ掛からず、声を掛けられた今も存在が儚げにしか感じられない。
つまりこいつは……こいつこそが、
「お初にお目に掛かりマス。
ワタシの名は栄えある魔族が一人「蜃朧のフラッグ」と申しマス。
以後、お見知りおきを」
巫山戯た口上を述べ、慇懃無礼な一礼をする。
「まあ、長い付き合いになるつもりは更々ありませんガ、ネ」
一人、クツクツと笑う。
「罠、だったのね。あの娘を見逃したのも」
「ほう、気付きますか。そうです、あの娘が助けを求め転移したのは知っていマシタ。
だがワタシは待つ事にしたのデスヨ。
我らが器となるべくノコノコやってくる……
活きの良い、愚かな獲物ヲネ!」
「は~い、そこまで~<ストームブリザード>!」
愉悦に浸るフラッグを遮る様に、アメトリさんが上級呪文を炸裂させる。
彼女とて馬鹿ではない。
奴の口上が始まると同時、降雨呪文へ雹嵐呪文を織り交ぜ変節し、不意打ちの機会を待って解き放ったのだ。
さすがは魔術協会の秘蔵っ子「二重詠唱」。
「どう~少しは効くでしょ?」
勝ち誇る様に笑うアメトリさん。しかし次の瞬間、
「いえ、それほどデモ」
「え……?」
言葉と共に背後から爪によって貫かれた自らの腹部を、不思議そうに見る。
「あっ……カフッ!」
何かを喋ろうとして血を吐き崩れ落ちる。
「アメちゃん!」
「駄目だ、ミラナさん!」
駆け寄ろうとするミラナさんを制し、周囲の気配を探る。
一撃でアメトリさんを昏倒させたフラッグは一瞬にして消えていた。
「そこ!」
ミラナさんの右横に気配を感じるより早く、矢を紡ぎ放つ。
だが奴の体に突き刺さったかに見えた矢は、その背後へと通り抜けてしまう。
「まったく無粋だな、人間というモノハ」
今度は壊れている桶の上に姿を現し、バランスを取りながらおどけて見せる。
「ヒトが話す時は最後まで聞きタマエ。
その娘には罰則として舞台から降りて貰っタヨ」
「効いて……ないの?」
眼差しを鋭くしながら尋ねるミラナさん。
回復法術を施そうとするも隙が見えない。
「ん? 魔術の事カネ? ん~まあ痛いには痛いが我慢出来ない事もナイ。
その少年の矢についてならば、これは残念ながら蚊ほどにも聞いてナイ。
略して蚊聞。
おや? これは字と用法が違ウカ」
「……王都でも10本の指に入る魔術師の呪文が効かないとは、ね」
額に浮き出る汗を拭う。
「驚く事はあるマイ? 中位魔族ならこれくらいは普通ダヨ。
むしろワタシは中位でも下の方の実力だかラネ」
肩を竦めるフラッグに、私達は共に戦慄を抱いた。