8章 含羞する朝食
目を開けると見知らぬ天井が見えた。
(ここは……)
徐々に明確になっていく意識を束ね、覚醒する。
ここは王都にある水晶の聖檻の本拠地。
まだ早朝といってもいい時間の為か、昨日の騒ぎが嘘のように静かだ。
ベットからまだ冷たい床へと降り、窓を開ける。
大陸でも有数の都市の、荘厳で美しい街並みが朝の日差しを受け輝いていた。
気持ちの良い陽光を全身で浴びつつ 色々弄られた気がする昨日の事を思う。
果たして自分は上手くやっていけるのか?
悪い人達ではないけど、個性的な面々の顔が浮かぶ。
でも精神的重圧と解放を一気に行ったせいか、お陰で懐かしい人の事を夢見れた。
(元気にしてるかな……師匠)
3年前、僅か5ヶ月だけ師事できた人の事を思い出す。
英雄になりたかったと述懐する辺境の勇者「弓聖」
至らぬ自分を恥じながら、それでも全力を尽くす師の姿は脳裏に焼き付いている。
今もどこかで剣を、魔術を、そして弓を振るっているのだろう。
己の抱く信条の為に。
師の事を誇らしげに感じる自分に苦笑しつつ、私は身仕度を整え階下に降りた。
「おはようございます、シャスティア」
テーブルを拭いていた手を止め、無表情で挨拶をしてきたのはメルファリアさんだ。
すでに暖炉には火が灯り、厨房からは美味しそうな朝食の匂いが漂う。
本拠地の管理人とはいえ、深夜まで騒いで早朝に朝準備を整える手際は凄いと思う。
しかし、
「おはようございます、メルファリアさん」
「同じパーティの仲間です。呼び捨てで構いません」
言ってトレードマークの眼鏡をキリっとあげる。
「でも年下ですし……」
「構いません。ならば年下で新人の貴方は先輩のいう事を聞くべきでは、とメルファリアは指摘します」
「はっはい、メルファリア」
「素直でよろしい」
お澄まし顔でまなじりを下げるメルファリア。だが、
「あの~一つだけ聞いてもいいですか、メルファリア?」
「何でしょうか?
お答えできることなら答えますが?」
「何でメイド服を着ているのです?」
そう、先程から気になっていたのだが、昨日は緑を基調としたスーツに身を包んでいたメルファリアだが、今は何故かカチューシャをつけ丈の長いメイド服を身に纏っている。
「答えは簡単です、シャスティア。
昨夜とは違い、今の時間は交渉人ではなく管理人としての業務を遂行しているから、とメルファリアは返答します」
「は、はぁ……」
「そもそもメイド服というのは様式美を兼ねながらも実務的で機能的であり、その起源は……」
と、軽く10分程謎の談義を受ける。
「なるほど……てっきり趣味かと思ったら違うんですね」
「!! ……」
何故か押し黙ってしまった。
心無し遠くを見やり、所在無げに指を漂わせている。
整った無表情の端に汗が見えたのはきっと寝不足による幻覚に違いあるまい。
「と、ところでシャスティアは朝はパンとお粥どちら派ですか、とメルファリアは質問します」
露骨に話題を変えてきた。
あまり深入りしないでおこう。
「そうですね、どちらも好きです。御馳走して頂けるんですか?」
「何を寝惚けた事を。
ギルドの一員となった以上、貴方の衣・食・住は全てギルドが保障します。
勿論その分貴方はギルドの為に働き報いる義務が生じますが」
「了解しました。ではお粥を頂けますか?
昨日飲み過ぎたせいか、胃がまだ本調子じゃなくて」
「構いません。では消化に良い果物なども用意しましょう」
一礼すると厨房へ入るメルファリア。
大人しく着席し、暖炉の前で朝の日課である柔軟を行い身体をほぐしていると、入口のドアが開き、談笑しながら黒のセーターに薄茶のロングスカートのミラナさんと、白いケープに青いショートパンツのアメトリさんが入ってきた。
「あ、おはようございます。
昨日はご迷惑をお掛けしました」
「おはよ、シャスくん。よく眠れた? 身体は大丈夫?」
「おはよぉ”~シャスティア君。うう”~頭痛い」
対照的なテンションの挨拶をする二人。
そしてアメトリさんはそのまま机にもたれ掛かり、突っ伏してしまう。
「ごめんね、シャスくん。アメちゃん二日酔いなのよ」
「ああ”~世界が揺れている~頭がガンガンするー」
「だから解毒の法術使う? って言ってるのに」
「ん~それはミラナの神さんに悪いからまだいい。
魔術と法術の違いはあれど、恩恵を受ける以上失礼だしー自業自得だしー」
ぐだーっとなりながらも、はっきりと断る。
「お待たせしました、シャスティア。
トウモロコシと魚介のスープで煮た粥と、採れたてのオレンジです。
そしておはようございます、お二人とも」
「おはよ、メル。今日も可愛いわね」
「うん、似合っている」
「そんな見え見えのお世辞には引っかかりません、とメルファリアは指摘します。
ところで今朝は何にしますか?」
「あ、シャスくんと同じのを頂ける?」
「わたしも~」
「畏まりました。少しお待ち下さい」
再度厨房に入る、メル。
足取りが弾んで見えたのは多分気のせい。
「さて、シャスくん。今日だけどこれから何か予定ある?」
「いえ、夕方から依頼や役割分担について伺うみたいですが、それまでは」
「それじゃ、良かったら王都を案内しましょうか?
まだ右も左も分からないでしょ?」
「いいんですか?」
「うん、今日はわたしも丸一日休暇なの」
明るく笑って豊かな胸を張る。
「シャスくんをパーティに誘ったんだもん。せめてこれぐらいはね」
「ひゅーひゅー♪ デートだ、でえとだぁ~ミラナのショタコン~」
「あのね、アメちゃん。王都の地理を何も知らないのでは、後々依頼の時に困るでしょ?
まったくす~ぐに茶化すんだから。やめてよね。シャスくんも迷惑だろうし」
「だってさ~ミラナだってさ~「あの時の子があんなに立派になってくれて、わたしすっごく嬉しい」って昨日は大喜びしてたじゃない」
「なっ、えっ、あの」
アメトリさんの言葉に可哀想なくらい顔を赤らめるミラナさん。
私も何故か気恥ずかしくなり顔を上げていられなくなる。
「デリカシーがないのですか貴女は、とメルファリアは指摘します」
解消しようのない気まずい雰囲気は、ニンマリ笑うアメトリさんの頭を朝食を持ってきたお盆で叩いたメルの突っ込みにより、何とか霧散された。
「さっ、さてっと。ひと騒動あったけど……まずはいただきましょう」
「「「いただきます(~)」」」
間を取り直す様に言ったミラナさんの後、三人の声が綺麗にハモり美味しい朝食の開始となった。