序章 悔悟する回顧
最初は冗談のつもりだった。
子供同士のくだらない意地の張り合い。
まぁ……誰しも経験がある、幼児期特有の度胸試しというものだろうか。
だが、決定的な破局(言い争い)の末に私は「そこ」へと足を踏み入れる事になった。
のどかな弓手村「フェイム」唯一の魔所。
禁忌の洞窟へと。
冒険者以外は立ち寄る者とていない死者の褥。
命を蝕む病に倒れた人々が彷徨い歩く、現世と幽界の境界。
恐る恐る足を踏み入れた私は、生者を妬む死者達の手招きに混乱をきたし、必死に逃げるうちに迷子になってしまった。
不安に駆られる私。
襲い来る死者。
絶望に打ちひしがれる私を救ったのは、清涼なる癒しの風だった。
「<ヒール>!」
その言霊により紡がれる暖かな癒しにより、死者達は感謝の声をあげ土へと還える。
「大丈夫? 独りでこんなところへ入っていくんだもの……心配しちゃった」
涙と鼻水でぐちょぐちょになった、かなり残念な私の顔を丁寧にハンカチで拭きながらその人は言った。
聖職者の衣装に身を包み、慈愛の笑顔を浮かべる女性。
歳の頃は私より6つくらい上の16だろうか?
優しさの中にも強い意志を感じさせる柔和な顔立ち。
長くしなやかな黒髪から漂う、微かな香り
私は何故か気恥ずかしくなり顔を赤らめた。
「あの、あの……ありがとうございます……」
「理由は聞かないけど……無茶しちゃ駄目よ?
ここは死者の念が強すぎる場所なのだから。
さっ、帰りましょう」
その人が胸元から青く輝く石を取り出し祈り始めると足元に光の円陣が浮かびあがる。
次の瞬間、私達は洞窟前へと転移していた。
洞窟前では涙を浮かべ逃げ出してくるであろう私を待っていた苛めっ子達が、その人の仲間らしい戦士に叱られていた。
戦士さんは凄い剣幕だったが、私達が姿を現すと満面の笑みを浮かべ迎えてくれる。
「お~心配したぞ。大丈夫だったか?」
「まあね。タマネ……あんまり叱っては駄目よ? 勿論、反省は必要だけど」
「ああ……まっ、そうだな。
もういいぞ、お前ら。ただこういう事は二度とすんなよ!」
タマネと呼ばれた戦士の言葉に蜘蛛の子を散らすように家路へと駆け戻る苛めっ子達。
「さあ、貴方もお帰りなさい。ご両親が心配しちゃうから」
「はい……あの、でも一つだけ質問していいですか?」
「な~に? わたしで答えられることなら」
「その……貴女の名前を教えていただけませんか?」
その人はきょとんとした表情を浮かべると大きく口を開けて笑った。
「あはは♪ そうね、ごめんなさい。まだ名前を名乗ってませんでしたね。
わたしの名はミラナ。
ウインドオブキュアの称号を抱くプリーストです。
さて……そういう君は? 勇気ある少年くん」
「僕はシャスティア。弓手の見習いをしてます」
「そうなんだ。ならば……いつかまた何処かで逢えるかもね。
そうだ。これを二人の縁としましょう」
優しく微笑むと、ミラナさんは先程も見た青石を取り出し私に握らせた。
「それじゃさよなら、シャスくん。貴方に大いなる風の祝福を」
聖印を私に切るとミラナさんは仲間の戦士さんと再び洞窟へと足を踏み入れていった。
村長が集会の時に言っていた腕利きの冒険者に洞窟の再調査依頼した云々を思い出したのは後の事。
その時の私は彼女達の後姿を何時までも見つめていた…その手に微かな絆を抱きつつ。
思い起こせば、この事こそ私を冒険者に駆り立てた出来事だったのかもしれない。
そして月日は流れ5年後……