プロローグ.1 忍者泥棒
盲点にも程があるだろう。
とある町のとある公園。そこにある、とある小さな美術館。
そのすぐ近く、夜風に揺らめく木々の一本。男はその影と同化するように隠れていた。
深夜 美空記念美術館付近
「まさかこんな場所にあったとはな」
淡々とした口調で、男はそう呟く。
男は珍妙というか、何とも奇抜な格好をしていた。
全身に纏ったその装束は、まるで時代劇に出てきそうな忍者を彷彿とさせ。夜の闇へと溶け込ませる色彩は、男の存在を実に曖昧なものにしてくれた。
さらに奇怪なのは、男が被っている仮面だ。
仮面なんてものは大抵、奇怪で奇妙な代物であり、それが普通ともいえる。むしろ男の仮面は逆に珍しい程、なんの変哲もない形だが――異常なのは形ではない。
蛇だ。そこには毒々しい牙をむき出しにした一匹の蛇が描かれていた。本物と見紛うばかりのその出来は、今にも襲い掛かってくるのではと錯覚させる。しかも、その蛇の左目部分には硬貨ほどの穴が開けられ、そこから視界を確保していた。
そして何より異常だったのが――
赤く染まった血が面の所々にこびり付いているという点だ。
それがさらに仮面の存在感に拍車をかけ、希薄だった男の存在を明確なものへと変えていった。
男は美術館を丹念に観察しながら、侵入時の問題点を一つ一つ上げていく。
――周辺には人影らしい人影はないな。ただ、正面玄関には鍵が掛っていて、それは非常口も同じだろう。周辺に設置された監視カメラは5……いや、6台といった所か。窓も内側からしっかりと鍵が掛っているな。しかも、ご丁寧に鉄柵まで付けられてある。もし無理にでも壊そうとすれば、すぐにでも警報がなりそうだな。……そういえば、この公園は警察所の目と鼻の先にあったな。
全て確認し終えると、その理想的な警備体制に感心していた。
仮面の下に不適な笑いを覗かせながら。
――まったく、オイシイとしか言いようのない。
正に盗むのには理想的な建物だな。
数分後、蛇の仮面を被った泥棒は、どの警備システムにも引っかかることなく易々と美術館の中へと入って行った。
*
「ここか」
目の前のドアに立ちながら、泥棒はそう呟く。
案の丈、ドアには鍵が掛っているようだったが、泥棒にとってはそんなことは大した問題にもならなかった。
泥棒は懐から一本の細い金具を取り出すと、瞬く間に施錠してみせた。
――あっけないものだな。
ドアノブに手を廻しながら、泥棒はここに辿り着くまでのことを思い返す。
確かに防犯装置らしものは所々に点在していたが、それだけだった。泥棒にとっては、そのどれもが脅威にすらなりえない、見なれた代物ばかりだった。
周囲に人の気配がまったくしない所を見ると、おそらくこの建物には泥棒以外、誰もいないのだろう。
――ただ、あまりにも順調すぎるのが気になるが。
……まあ良い、それも想定の範囲内だ。
言いようのない不安をぬぐい去るように、泥棒はゆっくりとそのドアを開けた。
そこは展示室となっていた。
天上窓から差し込む月明かりが、そこに展示されている町の郷土品や歴史資料などを優しく照らし出していた。
泥棒はそれらの品をすり抜けながら、奥へ奥へと進んでいく。
こんなものを盗んでも大した価値がない、というのもあるが、それ以前に、かまっている暇などないというのが本音だった。
たとえ、この中にとんでもないお宝があったとしても、今は気にも止めないだろう。――それでも展示されている品を思わず品定めしてしまうのは泥棒としての性といったところだろうか。
――まったく、歪んでいるな。
どこか他人事のように、心の内で自分を嘲った。
泥棒は、自分が最低な人種であることは理解していたし、将来ロクな死に方はしないだろう、ということも何となくは覚悟していた。………………ただ、今さら生き方を変えるつもりはサラサラ無いが。
泥棒はタイル貼り廊下をしばらく歩くと、急にその場から動かなくなる。
理由は簡単だった。目的地にたどり着いた、ただそれだけのことだった。
意外にも、美術館に盗みに入った泥棒の目的は、そこに飾られてある数多くの展示品のどれでもなく、床に敷き詰められた20センチ四方のタイル版だったのだ。
――あいつの情報通りなら、ここにあるハズなんだが。
床にしゃがみこんで一つ一つのタイル版を入念に見ていく。するとすぐさま、一枚のタイルに目が留まった。
――このタイルだけ他のとは違う。
パッと見た感じでは気が付かなかっただろう。だが注意深く観察すれば、その違いは明らかだ。
このタイルだけ、貼り替えられた痕跡がある。それは目地(部材の隙間・つなぎ目の部分)が証明していた。どうやらここ最近のうちに替えられたようだ。
軽くタイルを叩いてみると、思った通り、僅かだが空洞を確認することができた。
もう一度、タイルに目を通し、これと言った防犯装置がないことを確認する。
――あったとしても、特に問題はないが。ないに越したことはないからな
泥棒は愛用のクナイを一つだけ取り出すと、慣れた手つきでタイルを綺麗にはがしていく。
タイルを剥がしてみると思った通り、そこには暗証番号付きの小型金庫が丸ごと埋まっていた。
あらかじめ教えてもらった番号を入力し終えると、ピッという機械音が鳴る。どうやら解除に成功したらしい。
ゆっくりと金庫の取っ手に手を掛ける。
自然と手に力が籠る。背中から汗が流れているのを感じる。固唾を飲みながら、万感の思いを込めて、ゆっくりと開けていった。
「ついに見つけた」
どうやらあの男の情報は正しかったようだ。
泥棒は金庫の中に手を突っ込むと、そこにあったモノをゆっくりと取り出した。
――随分と振り回してくれたな
それを天井にかざしながら、泥棒は珍しく感慨にふけっていた。
素直に綺麗だと感じた。
月明りに照らされたソレは掌に収まるほど小さく、そして宝石のように透きとおるほどに澄んでいる。形はまるで正六角形を押しつぶしたように平べったく、色は無色透明だった。そしてその中心には一匹の鷹が彫り込まれ、それがより一層この宝石に神秘性を与えていた。
「だが、これは……」
それ以上、泥棒は言葉を続けることができなかった。
何故なら、息をしたくてもできなくなったからだ。
「……ッ!」
声にならない声が漏れる。
突如として、腹部を貫かれたような衝撃に襲った。
意識が軽く飛びそうになる。それでも必死になって気を張り続けることでなんとか、その場に踏ん張ることに成功する。
――一体何が起きたのだ?
仮面の裏では苦悶の表情を浮かべながら、泥棒は自分を襲ったものの正体をなんとか確認することが出来た。
「こ、小太刀だと……ッ!」
それは60センチ前後の小太刀だった。全体を白で彩られたそれは一目で名刀だと分かる。奇妙なことにその小太刀は刀身が鞘から抜けないように、いかにも丈夫な糸を使って固く結びつけられていた。
そんな代物が半分以上も自分の体に食い込んでいたのだ。泥棒は思わず、胃の中が逆流する衝動に襲われたが、済んでの所でそれを抑えた。
幸いなことに、鞘に収まった状態だった為、本当に体を突き抜けることはなかったが、それでも泥棒の意識を刈り取る十分だった。実際に、少しでも気を緩めればすぐにでも気を失ってしまうだろう。
「ほう、正直驚きました」
偉く馬鹿丁寧な話し方だった。
その声を聞いた瞬間、泥棒はハッとなって我に還った。
しかし、周辺を見渡しても、声の主はどこにも見当たらない。
泥棒は戦慄した。
だがそれは姿なき声に対してでも、ましてや腹部から伝わる痛みによるものでもない。
泥棒は今まで自分が気付かなかった、という事実そのものに恐怖したのだ。
泥棒は油断など一切していない。
いくらアレを見つけて、若干、興奮気味になっていたとはいえ、警戒心だけは忘れなかった。
常に周囲に気を配り、人の姿が無いかを探していた。
そして出した結論は、この建物には自分以外の誰もいないということだった。
なのに、泥棒はそのいないはずの誰かに攻撃を受けた。しかも、攻撃されるまで一切、気が付かず、気配すら感じることもなく、だ。
いや、むしろ攻撃されたにも関わらず、泥棒はその存在を確認出来ずにいた。周囲には人の姿はおろか、その気配すら、感じとれない。
まるで、幽霊でも相手にしているような感覚だった。
泥棒は内から湧く恐怖をごまかすように、腹に突き刺さったままの小太刀を引っこ抜き、無造作にその場に投げ捨てた。そして、未だ握りしめたままの宝石を懐にしまい込み、代わりに両手に持てるだけのクナイを持つと、周囲に気を配ることに集中した。
――どこだ、どこにいる!
痛みと焦りが混ざりあい、感情がかき乱される。それでも、考えるということだけは止めなかった。
――複雑に考えるな。思いこみを捨てろ。一つ一つ、情報を整理していけば、自ずと答えは見えてくる。
姿が見えない……つまりこの部屋には自分しかいないのだ。――相手が幽霊か透明人間だったのなら話は別なのだろう。だが、小太刀を投げつける幽霊など聞いたことはないし。透明人間というのも論外だ。第一、いくら姿や気配が消せるといっても、誰かが入ってきたのなら、この部屋に何かしらの変化が起こるはずなのだ。
ならば、どこから攻撃してきた。
その瞬間、泥棒はハッとなった。
思考が一気に加速していく。頭の中でロジックが、まるでパズルの様に組み上がっていくのを感じた。
投げつけられた小太刀。そして先程までの自分の行動。さらにはこの部屋には誰もいないという前提を踏まえると答えは一つしかない。
――そうだ、考えてみれば単純な話だったのだ。
泥棒は今し方、自分が入ってきたドアへ視線を向ける。
ドアは開けっぱなしの状態となっていた。その奥はこの展示室とは違い、完全な暗闇となっており、その全容を把握することが出来ない。ただ、異様な不気味さと、言いようのない恐怖だけはハッキリと感じとれた。
次の瞬間、泥棒の手から大量のクナイが投げられ、一直線にドアの闇へと伸びていく。
別に深い考えがあったわけではない。ただそうしなければならない、という衝動に駆られての結果だった。
そして。その行動は結果として正しかった。
投げたクナイが暗闇へと消えたのと同時に、そこから何かの金属音が鳴り響く。小刻みに何度も。
泥棒には何が起こったのか明確に想像できた。
何者かが、クナイを全て叩き落としたのだ。
それを理解した瞬間、泥棒の中にあった恐怖は、明確な敵意へと変わっていた。先程まで静かな恐怖を与えるだけだった暗闇は、一変して自分へと凶暴な牙を向ける敵へと姿を変える。
先程の行動で、分かったことが三つある。
まず一つは、泥棒を襲った敵がドア奥の闇に潜んでいるということ。
もう一つは、相当に腕の立つ人物だということ。
泥棒がそう判断したのは、クナイを統べて叩きおとしたからでも、まして自分に一撃を喰らわせたからでもない。そこにいる筈なのに、未だにその存在を認識出来ないからだ。
対峙した人間に、恐怖を感じることは何度かあった。だが、何も感じない――というのは初めての体験だった。
もしかしたら、自分よりも数段強いかもしれない。
そしてもう一つ、相手は金属製の武器を携帯している。おそらくだが、今現在、床に転がっている小太刀から察するに、所持している獲物は日本刀とみて間違いないだろう。――――――――――――――――――――――――――――――――――――――いや、あり得ないだろ!今の時代に侍なんて。
まあ、忍者紛いの衣装を着ている自分にとやかく言えた義理ではないことは泥棒にも重々承知の上だが。盗みに入った忍者とそれを阻止する侍なんて、あまりにも下手な展開だ。時代劇にもなりやしない。
だが、この暗闇に相当な剣の使い手がいることだけは確かだ。
「いい加減に出てきたらどうだ」
静かだが、重みのある声で、泥棒は目の前の暗闇に向かって吠えた。
半分は恐怖、残りの半分は挑発のようなものだったが、どうやらそれは効果てきめんだったようだ。
ゆっくりと足音を響かせながら、その人物は暗闇から姿を現していく。
泥棒の考えは、半分は当たっていた。
成程、確かに侍だった。
まるでこれから切腹にでも向かうかのような白装束を着込んではいたが、その胸元には一羽の鷹とそれを守護するように円を描く一匹の龍が刻まれた文様があった。そして、その左腰には先程の小太刀と対となるであろう刀をぶら下げられ、そこにも簡単に抜けないように糸できつく結ばれていた。
だが、泥棒の口から発せられたのは、全く別の言葉だった。
「……ミイラ男?」
泥棒の目に最初に飛び込んできたのは、身にまとった衣装でも、腰に差した日本刀でもなく、ましてや、奇っ怪な文様でもない。体全体に巻かれた包帯だった。指先から足の付け根までびっしりと包帯が巻かれ、特に頭部は骨格が分からなくなるまで、何百周と厳重に巻かれていた。完全にその人物の顔を覆い隠していた。
その姿を一言で表すなら侍のコスプレをしたミイラ男、といった所だろうか?
だが不思議と、そんな奇天烈な姿を不気味だとは感じなかった。
むしろ自分とはまったく真逆の、清廉さのようなものを、この包帯男から感じる。
いつの間にか、この包帯侍に対する未知の恐怖は完全に消え去っており。逆に、この男に対する警戒心は強まる一方だった。
体に仕込んだ暗器をいつでも取り出せる体勢を取りながら、目の前の脅威に意識を集中させる。
緊迫した静寂が辺りを包みこむ中、それを最初に破ったのは包帯侍の方だった。
「先程は失礼しました」
柔らかい物腰で、包帯侍はそう謝罪する。
その丁寧すぎる言葉に、泥棒は多少面喰らいながらも――漂ってくる雰囲気から、本当に申し訳ないと思っているようだ――あえて、気にしないことにした。
……真に気にしなければならないのは、腰に差してある刀から手を離していない、ということだ。
「不躾かと思いましたが、どう見ても不審者だったもので。会社の規則に従い、不意打ちさせて頂きました」
――そんな規則があってたまるか!
と言いたいのをぐっと堪える。
今はとにかく情報を集めなくては。
人間というものは情報の宝庫だ。例え、表情を隠しても、発した言葉や微妙な仕草だけでも多くことを知ることが出来る。
――その為にも、感情を捨てろ!常に冷静に務めるんだ!
心の中で、何度もそう反復するにつれ、段々と心が凍り始める。感情が石のように固まり、思考だけが動くのだ。
そんなことはおくびにも表情には出さないまま、ここはあえて挑発してみることにした。
「クククッ!」
厭らしく、出来るだけ相手の神経を逆なでするように、陰湿な笑みを仮面の下に作りだす。
「どんな化け物が飛び出してくるのかと思ったら……随分と拍子抜けさせてくれるじゃねぇかよ!」
「化け物とは酷い言われようですね。……まあ、あまり反論できる格好はしていない自覚はありますが」
「テメェの心境なんか知るかよ!こっちはな、謝られたって一文の得にもなりゃしねぇのさ!」
「まあ、確かに一方的に攻撃を加えた、という点においてはこちらが全面的に悪いわけなのですが。では、貴方は一体、どうして欲しいのですか?」
包帯男は困ったように頭を掻きながら、そう尋ねてきた。
対する泥棒は、表面上は激情に駆られたかのように振舞いながら、機械のように狂いのない思考で、その問いに対する最低な返答をした。
「……じゃあ、ここから逃がせ」
あくまでもふてぶてしく、傲慢に、自分の優位を誇示するようにあえて振舞ってみせる。
「アンタはそんなに、俺のご機嫌を取りたいのか?そんなら俺をここから黙って逃がせ。そうしたら、あんたの罪を許そうじゃないか、えぇッ!」
部屋中に響く怒声を上げる一方、その瞳は冷静に相手を観察していた。
――さあ、どう出る?怒るか。呆れるか。はたまた蔑むか。それとも訳も分からずに困惑するか。まあ、どれでも良い。今、ここであんたという人間の本質を見極めさせてもらおうじゃないか。
だが、泥棒の思惑とは裏腹に、包帯侍はまったく動揺を示さない。
「はい、いいですよ?」
「は?」
「まあ、一つだけ条件は呑んでもらうことにはなりますがね」
動揺の色などおくびにも出さず、相手に礼を尽くしたまま、包帯侍は淡々と言葉を紡いでいく。
「その懐にしまい込んでいるモノを元の場所に戻してください」
その言葉に、思わず服越しから、ギュッと握りしめる。
だが、そんな泥棒の警戒心を余所に、包帯侍は穏やかな口調で、話を続ける。……まるで、子供を優しく諭すように。
「そうすれば、今夜のことは私の胸の内にのみ留めておきましょう」
予想外だった。あまりにもこれは、予想外過ぎる事態だった。
これが、相手を油断させる為の甘言か、はたまた異常者の狂言だったら、泥棒はここまで動揺しなかっただろう。そうであったら、逆にこちらがそれに付け込んでやっていた。
だが、目の前のこの男はその異常な格好とは裏腹にあまりにも普通だった。
普通に泥棒を逃がそうといってきているのだ。
誰とも分からない不法侵入者に対して。散々、暴言を吐いた男に対して。この男は、何も取らなければ逃がすと言っているのだ。
「なんでだ」
もはや、心を平静に、どころではない。
唸るように、振り絞るように、泥棒は言葉を紡いでいく。
「なんで、そんな事が言える。あんた頭が湧いているんじゃねぇのか?それとも寝ぼけているのか?」
「やっぱり、普通は信じませんよね。こんな話?」
「当たり前だ!しかも、今日あったばかりのコソ泥相手に、そんなこと言う奴を一体全体どうやって信じろってんだ」
「……」
「大体、俺を逃がして、あんたに一体何の得があるっていうんだよ?泥棒逃がす侍なんて、聞いたことがねえよ」
もはや自分でも何を言っているのか、分からない状態だった。
我ながら、無様な姿だと自分でも思う。
何が感情を捨てろ、だ。常に冷静を務めろ、だ。
これでは、この包帯侍の方が自分よりも、全然に冷静ではないか。
「あぁ、やっぱりこの格好だと目立ちますか?」
包帯侍はどこか照れくさそうに、苦笑する。
その姿に若干、苛立ちを覚える。
いや、この場合苛立ちが増した。といった方が正しいだろう。
認めよう。最初にあった瞬間から、この男の態度が癇に障った。
この男の態度からは、危機感と呼べるものがまったく感じられなかったのだ。
分かりやすく言うと泥棒を全く脅威と捉えていないのだ。もっと分かりやすく言えば、舐められているのだ。
長く、この仕事をやっているが、ここまでコケにされたことは今までに一度もない。
そんな泥棒の苛立ちなど知る由もなく、包帯侍は饒舌に話しを続ける。
「いやですね。実は、私も他の会社のように仕事中は警備服の方がいいのでは、と社長に申し出てはみたのですが、すんなり却下されてしまいまして。いくらインパクトを重視する為とは言っても、これでは変人と言われても仕方ありませんよね」
半ば、愚痴をこぼす包帯侍。
だが、泥棒にとってはそんなことどうでもよかった。
――一体何なんだ、この男は!さっきも警備員だ、何だとふざけたことを言っていたが………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………警備員、だと?
その言葉に妙な引っ掛かりを覚える。
心なしか、背筋から冷たいものが走る。
人目を憚ることを知らない奇抜な衣装。
立っているだけでも感じとれる圧倒的な実力。
人の神経を無自覚で逆撫でする、この態度。
そして、警備員。
――これ以上考えるな!
そんな泥棒の心の叫びとは裏腹に、彼の思考は冷静に回り続ける。
そして、彼の頭から最悪のワードを一つ浮かびあがらせる。
「……あんた、一体何者だ?」
なんとも遠まわしな言い方だ。
だが、どうしても自分の口から直接言うのはどうしても憚られた。口にすれば、それが現実になるのではないのかと思えてならなかったからだ。泥棒自身、出来れば間違いであってほしかった。
しかし、現実とは残酷である。
「おや、そう言えばまだ名乗っていませんでしたね?いやはや、申し訳ない。私、民間警備会社スカーレットカンパニーにて、一警備員を務めています、名無と言う者です。以後、お見知り置きを」
泥棒は、目の前が暗くなるのを感じた。
了