婚約者の浮気、目撃者は王子と公爵令息と聖女と私
目の前で婚約者が見知らぬ女とあついあっっつーいキスをしているのを目撃した時、どう反応すべきか分からなかった。
しかも、女の方は服を乱して胸はもろだし、スカートもたくしあげられて足は丸出し。
はっきり言って、貞淑であれと育てられた令嬢にはきっつい光景だった。
これが私一人なら多分何も言わずに立ち去っていたのだろうが、生憎私一人ではなかった。
「きゃあああっ!」
私の隣にいたのは私よりも小柄でとても可愛らしい同じクラスの友人の子爵家の令嬢オリビア。彼女が大声を上げたのだ。
そして私の後ろには課題の関係で同じグループになった第二王子のモーリス殿下と公爵家の令息のロバートがいた。二人は聖女であるオリビアを男性から守る役目がある。
女性の方は私が調整しているけれど、やはり異性は難しいので二人には助けられている。まあ、それだけではないけれど。
教室の移動で時間が無いので近道をしましょうと笑って提案してくれたオリビアの案内で人気は無いが通り道ではあるそこは、密会場所としては最適だったのだろう。
そこそこに大きな木の下で婚約者が浮気相手と破廉恥なことをしても今まではおそらく見つからなかったのだろうが、それも今日までだったらしい。
「レ、レティシア!」
「……ごきげんよう、ケヴィン様。貴方様有責の婚約破棄の手続きをするよう、父に伝えておきますね」
「は? 何を言ってるんだ!」
混乱しながらもやけに冷静になっていた私がそう告げるとケヴィンは慌てて浮気相手を引き剥がしていたが、トラウザーズがずり下がっている時点で終わりだ。
「レティシア嬢、私が証言者になろう」
「俺も証言してやるよ。学園内で浮気相手に種をばらまくような婿はやめた方が良いってな」
「やだやだやだやだ、気持ち悪い、不潔! 気持ち悪い! レティ、こんな男やめて! レティが汚れちゃう!」
私達を守るようにずっと前に出て壁になってくれたモーリス殿下とロバートの後ろで、オリビアが私に抱きつきながら泣いている。
オリビアにとってはそりゃあ衝撃的な光景だっただろう。
彼女は幼い頃に「聖者の証」を与えられた立派な聖者だ。女性の聖者なので略称の聖女と呼ばれているが、神の教えを忠実に守る純真な乙女である。
教義として一夫一妻制であり、不貞や浮気は言語道断。聖者は一度力を与えられると奇跡の力で平和を維持することがお役目であり、清い体である必要はないので結婚できるからこそ夢見がちなところがある。
聖者は幸福であればあるほど良い、ということで、下手に愚か者に手をつけられないようにとモーリス殿下の庇護下で私が友人として彼女の補佐もしていたのだけれど。
穢らわしいものを見せてしまって怒られないか不安になってしまった。
ケヴィンと浮気相手は上位存在のモーリス殿下とロバートを前に言い訳などを繰り広げている。
私は授業の始まりを知らせる鐘の音を聴きながら、婿入り男なのに浮気など勇気あるな、と現実逃避をしながらオリビアを宥めていた。
優秀な第二王子、公爵令息、聖女、そして侯爵家の娘の私が揃いも揃って授業に出ていない時点でおかしいとなり、教師達が慌てて探しに来た時、そこは修羅場が継続していた。
片や服を乱した男女二人。片や王子と公爵令息が壁となり、その後ろで聖女が泣きながら私に抱きついている。
パッと見はオリビアが被害者っぽいけれど、今回の件の被害者は私よね、なんて思いながら端的に説明をした。
「近道のためにこちらを通っていたら、私の婚約者が浮気相手と屋外で破廉恥な行為に及んでおり、目撃した聖女オリビアがショックを受けたのです」
「……学園内で風紀を乱す行いが起きたのですね?」
「はい。私達四人は全員目撃者ですの」
「汚らわしい……汚らわしいわ! 女神様の教えの下、不貞や浮気は許されないのに! 彼らは女神様の教えに逆らったのよ! 破門させるよう司祭様に伝えなければ」
「オリビア、落ち着いて。確かに教えに背いたことは許されないことだけれど、破門してしまえば彼らはどうでも良いけれど、彼らの無実な家族達までが巻き込まれるわ。お家は断絶し、領民が路頭に迷うわよ。それは神の教えとして許されるの?」
「うぅ……許されないわ……」
「大丈夫よ。あなたが破門に相当すると判断した。殿下やロバート様も目撃者で証言してくださるから、この婚約は無くなり彼とは縁が切れるわ。それでは駄目かしら?」
落ち着いてきた私はオリビアを宥めているようでさっくりとケヴィンを切り捨てる発言をした。
私は侯爵家の後継者。ケヴィンは伯爵家の三男で婿入り予定だったのだけど、何故浮気をしても大丈夫だと思ったのだろうか。
私一人なら言いくるめでも出来たかもしれないケヴィンだが、私以上の権力を持つ二人と、何よりも夢見がちな聖女に見られたのが致命的だった。
言い訳一つすら許されない。
オリビアは幼い頃に「聖者の証」が出てからというもの、神殿に保護されながら教えを受けて育ってきたのもあり、友達を作るような時期に作れなかったからか、「はじめてのおともだち」の私のことが大好きなのだ。だから元々私の婚約者のことがそこまで好きではなかった。
婚約者との交流の時はそちらを優先するからだ。
それなのに、私ではない女と不埒な行いをしているのを見たオリビアはそれまでの鬱憤が爆発したのかもしれない。
とりあえず場所を移動、となったのだけど、私の腕にしがみついたオリビアの力が強い強い。骨が折れちゃいそうよ。
とてもでは無いけれど、授業に出られるような精神状態ではないので浮気者とは別の部屋で休んでいた私達。あちらはあちらで教師の監視下に置かれていることだろう。
「嫌なものを見てしまったね」
「真っ最中じゃなくて良かったんだろうけどさぁ……見たくないよな」
「汚らわしいぃ~!」
長椅子にはわたしとオリビアが座っているけれど、オリビアが私にくっついて離れる気配がない。モーリス殿下とロバートは苦笑しながら一人がけの椅子に座り、教師は一応という形で事情聴取を始めた。
とは言えどもあくまでも形式的なもので、私が教師に簡潔に伝えたことを多少付け加えただけ。
オリビアは思い出して気持ち悪くなったのか、私にしがみついてまた泣き出したので聴取はあっという間に終わり、そして四人だけになったところで誰からともなく深いため息が出た。
「証拠を揃える前に証拠が現れたって感じだな」
「良かったね、レティシア嬢」
「汚らわしいものをお目に触れさせて申し訳ありません。オリビアもごめんなさいね」
「いいよぉー。でも、気持ち悪かったぁー」
もともとケヴィンが浮気していたのには気づいていたけれど証拠がない状態で、そろそろどうにか手を打たなければと考えていたのだ。
初めは誠実だったのに、段々と調子に乗ってきたケヴィンは私との約束を反故にし始めていた。回数的には少なかったけれど、ふとした瞬間におかしいな、と思うことがあったのだ。
そこに来て、派閥の下位貴族の令嬢から密告があり、手を打とうとした矢先のことだった。
目の前で行われた誤魔化しようのない不貞行為。種をばらまくような男に信頼などない。あちらの家から売り込まれて問題がないからと結んだ婚約だけど、五年を超える婚約期間のせいか油断したらしい。
「新たな婚約者を探さなければなりませんね」
嫁に行くならば焦る必要があるかもしれないが、婿を取る立場なので次はしっかりと吟味しなければ、とこれから先の予定の段取りを組んでいた私に対して声を掛けてきたのはモーリス殿下だった。
「ならば良い男を紹介したいのだけど」
「まあ。殿下の紹介ですか?」
「ああ。年は同じで公爵家の次男だから高位の貴族の立ち回りは理解しているし、家の利益としても十分にあるよ」
「……公爵家の、次男、ですか」
「回りくどいのも面倒だね。ロバートはどうかな?」
モーリス殿下が視線を向けた先にいるロバートは、あーとかうーとか言いながら髪の毛を掻き乱していたが、軽く整えると私の方をしっかりと見ていた。
「うちは王家派の穏健派で、レティシア嬢の家とは敵対していない。次男だからスペアとして公爵教育を受けてきたから侯爵家の補佐も出来る。家の利益的には問題ないと思うんだけど、どうだ」
「……確かにロバート様なら問題ないとは思いますが……よろしいの?」
「兄夫婦に二人目の子が生まれてスペアとしての役目が終わったから、婿入り先を探さなきゃいけなかった。これ以上の縁はないと思っている」
敵対派閥なら断るしかないけれど、中立派の我が家としては穏健派の王家派から婿を取るのは問題がない。
ロバートとは入学前からの付き合いでお互いにそれなりに性格も知っている。ケヴィンとの婚約前に父はロバートを考えたこともあるそうだけど、その時のロバートは健康に不安のあった兄のスペアとして婚約者になることは出来なかった。しかし、その制限が解除されたのならば間違いなく理想的な相手である。
「レティ、私もロバート様ならいいと思うなぁ。浮気しないと思うし」
オリビアは『聖者の証』を有しているからか、直感というものが働くようだ。
すっと体を引いて離れたオリビアがにこにことしているので、多分きっといいようになるだろう。
モーリス殿下からの紹介でもあるのだ。
「今はまだ婚約中ですので、それがなくなりましたら……」
「分かった」
今ここで明言は出来ない。婚約とは家と家が行うことで、私とロバートが良しとしても親の許しがなければ成立しないのだ。
ただまあ、学園であのような不埒な行いをした男よりも遥かに誠実そうで『聖女』も良いと言うロバートならばきっと問題は無いのだろう。
その日は残りの授業を休んでも良いと言われた私達はそのまま城に向かった。父は王城内にある宰相府の補佐官をしており、屋敷で待つよりも早かったのだ。何せ証人に殿下がいるので。
仕事中で申し訳ないと詫びながら呼び出した父は私達四人を見て驚いていた。そして私達が目にした不貞行為を聞いた後、低い笑い声を出していた。
ちょっと怖かった。
ケヴィンの父親は王城勤めでは無いけれど、社交シーズンで王都に来ているので問答無用で伯爵を呼び出した。
その間、私達は機密に触れない程度に宰相府内を案内してもらったのだが、案内人は殿下と聖女オリビアの存在にちょっと腰が引けていた。ごめんなさいね。
国の中枢の中でもとくに多忙な宰相府は多くの文官が動き回り、私とオリビアは滅多に目に出来ない光景にはしたなくも口を開きっぱなしだった。
それから一時間ほどして伯爵が登城し、改めて同席した私達。
伯爵もまたそこに殿下と聖女オリビアがいることに驚き、私たちが見たものについて知って愕然としていた。
初めこそ婚約の破棄は考え直して欲しい、継続して欲しいと言っていたけれど。
「もー面倒だなぁ。やっぱ破門するように司祭様に伝えようよ、レティ」
オリビアがまたもや破門を口にしたことで伯爵は諦めた。ここで受け入れなければお家断絶となるのだ。
モーリス殿下だってにこにこしていたけれどかなり苛立っていたのだ。もう少し早く決断していればこの二人の不興を買わなかったのに。
ここは国の中枢で、証人に殿下と聖女がいて、婚約の破棄ではなく解消にしたのは私の名誉の為だ。ただし、有責がどちらにあるかを明確にする為に慰謝料は貰うことにした。
書類の作成の専門家がいるし、私の父だって専門家なので、さくさくと関係書類の作成が終わって伯爵はふらふらと出ていった。きっとケヴィンは怒られるだろうけれどもう私には関係がないことだ。
それにしても、外であんなはしたない行いをするなんて変態なのかしら。私は男女の睦み合いは閨で行うと聞いたのだけれど。
縁が切れた男のことはどうでも良くて、今私の目の前ではモーリス殿下からの紹介という形でロバートと父がにこやかにお話し合いをしている。
あくまでも婚約は家同士が行うけれど、公爵家から侯爵家への申込でお断りがしづらいのだから、その前に父はロバートの適性を見極めるつもりなのだろう。
そこに娘の意見は反映されない。跡取りは私なのにね。
それにしてもケヴィンと浮気相手はこの国で生きていけるのだろうか。
オリビアの怒りは深い。間違いなく神殿に行って聖者のお勤めを終わらせた後、司祭にでも愚痴を零すだろう。
そうなると一気に神殿内で共有されることになる。聖女オリビアがケヴィンの姿を見たら不機嫌になるだろうからそれを避ける為に。
浮気や不貞をオリビアが見てしまった以上、教義に反しているのは間違いない。
伯爵家が傷を浅く済ませるためには彼の籍を外す以外道はない。
もしそれを避けられたとしても、第二王子と公爵令息という二人が許しはしない。
それは浮気相手にも言えることで、貴族社会で生き残る道はどこにも無い。
「ケヴィンは所詮、侯爵であり当主となる私の夫でしかないのになぜ馬鹿なことをしたのかしら」
「勘違いしたんじゃないかな? 女性当主は少ないから」
「それはそれで我が家のことを学んでない愚か者ということではありませんか」
モーリス殿下の言葉に肩を竦める。先々代は女性当主だった。代々子が生まれにくいからか、子供は多くて二人なので私の一族は少ない。結束力は強いのだけどね。
父からの圧のある話し合いを終えたロバートはぐったりしていたけれど、父はつやつやと良い笑顔をしていた。
「ロバート君。レティシアの婚約が無くなった。早めに釣書を送ってくるように」
「父にも伝えておきます」
「頼むよ」
モーリス殿下とオリビアに頭を下げて退室した父は意気揚々と仕事を再開するのだろう。
宰相様の胃が痛まなければ良いのだけれど。
「嫌なものを見てしまったけれど、レティシア嬢の悩みはなくなったし、聖女様はレティシア嬢の側から嫌いな男がいなくなった。ロバートは婿入り先がほぼ決定、と良い方向に進んだね」
「一部は不幸な道に進んでいますけれど」
「それは自分たちで選んだ道だから仕方ないよ」
「あーあ。私が聖女でなければレティの侍女になりたかったのになぁ。ねぇ、レティ。聖女兼侍女ってどう思う?」
「駄目に決まっているでしょう? それにあなたは定期的に国内を巡る旅をするのでしょう?」
「はい……色んなところに行くので、そこの特産を送りますね!」
「聖者のお勤めに励みなさい」
ぺちりと額を叩くと、オリビアはうへへ、と締りのない笑顔で私に抱きついてくる。本当にこの子は私のことが好きね?
物語にあるような、聖女が王族と結婚して王妃になるなんてことは実際にはない。聖者は神から与えられた力を使って奇跡を起こすのだけど、現地に赴いて田畑に祈りを捧げるのだ。
平和を維持するためには豊穣であることが大事なのだ。王都で微笑んでいるだけで国の隅にまで奇跡の力が行き渡るなんて都合の良いことはない。
歴代の聖者は神の力で健康的な体、特に健脚を与えられている。馬車が通れない山道でも元気よく歩いて踏破するためだ。
「モーリス殿下も神殿騎士になって将来はあなたの旦那様になることは忘れてはいけないわよ」
「はぁい」
モーリス殿下は元々臣籍降下する予定で、騎士として国に生涯尽くすつもりだった。
オリビアに出会って恋に落ちたモーリス殿下は、騎士は騎士でも神殿騎士となりオリビアを守る道へと転向した。聖者が幸福であればあるほど奇跡の力は効果を最大限に発揮する。
即ち国の安寧に繋がるので、大局を見れば王家の為になるということだ。
オリビアはある意味で無垢に育ったのでモーリス殿下と同じ感情を持っているわけではないけれど、何かにつけて優しく接してくれるし、守ってくれるという甲斐性を見せているのもあり好意はある。
婚約を願った殿下に応えたのはオリビアなので、国内を巡る旅に出ている間で愛に発展すれば良いと思っている。
ケヴィンとの婚約は父が決めたことなのでなぜ彼だったのかは分からない。ただ、まあ、次の婚約者は聖女様お墨付きのロバートなので問題は無いだろう。
「ロバート様、これからもどうぞよろしくお願いしますね」
「ああ、こちらこそよろしく頼む」
この時の私は頭を悩ませていた問題が無くなったことや、次の婚約がほぼ決定していたことに安堵していたので考えてもいなかったのだ。
ロバートが私のことを恋愛として好きでいてくれていることとか。
モーリス殿下とオリビアは気付いていて後押しをしていたとか。
オリビア以上に恋愛に対して鈍感だと言われることになるなんて、この時の私が知るわけもなかった。
ひねりも何も無く、聖女と侯爵令嬢は仲良し。
レティシアはこの後ちゃんとロバートのことを好きになるし、幸せになる。
モーリスは臣籍降下して神殿騎士となり、オリビアと一緒に国内各地を巡り奇跡を起こし、特産品をゲットしてレティシアに送ります。
ケヴィンと浮気相手以外は皆ハッピー




