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新解釈・アリとキリギリス

余命三ヶ月の働きアリ、キリギリスと出会う

作者: 地野千塩
掲載日:2026/06/14

「残念ながら病気の進行はとても早いです。余命三ヶ月といったところでしょうか」


 医者から余命宣告された。死刑宣告といってもいい。目の前が真っ暗になり、正気を保つだけでも精一杯だ。


 俺は働きアリだ。コツコツと働き、投資や貯金も頑張り、老後資産も問題がない。まあ、妻や子供には無縁な一生だったが、退職金も受け取ったし、これでようやく平穏な老後生活を送れると思っていたのに。


 まさかの余命宣言。確かに現役時代から健康とは言い難かったし、最近は妙な頭痛や眩暈もあって何かおかしいと病院で検査を受けたらこの結果だ。しかも今週から入院も決定し、もう本当に絶望。


「はぁ。必死に貯めた老後資金も入院代や手術代に消えるのか……」


 病院のベッドの上でため息が溢れた。医者からは手術を提案された。万の一つの可能性ではあるが、手術が成功すれば余命は数年まで伸ばせるという。ただ莫大な費用がかかる。迷ったが命には変えられない。結局、コツコツと貯めた老後資産を手術代に前ツッパという。


「はぁ。虚しいね……」


 病院の真っ白な天井を眺めながらため息しか出ない。一体何のために投資や貯金を頑張っていたのか。真面目に働いていたのか。その意味が根底から揺らぎ、働きアリとしての一生に疑問が出てきた。


「頑張って働いてきたのに……」


 虚しさは消えないが、今はとにかく手術が成功することを願うしかない。


「ふぅん。今は動画サイトで音楽を発表しているやつらも多いんだな」


 そんな思考に押しつぶされそうな時は、なんとなく動画サイトを見ていた。いわば暇つぶしだったが、音楽は嫌いじゃない。若い頃はバンドを組んでみたこともあった。まあ、ものにはならなかったし、正社員の内定が出てしまったからすっぱりと諦めたが。


「あ、このキリギリスの音楽はいいな。古めかしいフォークミュージックで悪くない」


 とあるキリギリス族の音楽が気に入った。キリギリス族は働きもせず遊び回っている連中で軽蔑していたが、今見るとどうも違う気もしてきた。俺みたいに老後資金が手術代に消えるようなバカはいなかったし、スモールサイズとはいえファン作りにも成功し、そこそこ頭を使って上手くやっているようだった。


 しかもライブ配信でお悩み相談などもやっているらしい。上手い戦略だと感心すると共に、投げ銭を入れ、現状を相談してみた。


 ◇◇◇


 キリギリスくん、こんばんは。質問があります。俺は働きアリです。といってももう老ぼれで余命宣言も受けているぐらいだ。せっかく貯めた老後資金も手術代で消えそうで、後悔しかない状態です。こんな俺はこれからどうしたら良いと思う?


 ◇◇◇


 働きアリさん、ご質問ありがとう! それにいつも投げ銭くれてるよね。ありがとう。


 今は辛い状態だね。でもそれって逆にチャンスじゃない?


 もしかしたら神様が働きアリさんに「やりたいことして生きろ!」って言っているのかもしれない。僕が音楽を始めたきっかけも病気だったから。脳の病気になって僕も余命数年って言われた。だからもういっそ好きなことやって生きるしかないじゃんって覚悟ができた。


 後悔なんてしている暇、本当はないんじゃないの?


 ◇◇◇


 キリギリスくんの解答を聞きながら、何かわからないが、身体が熱くなってきた。


「そうか。俺、もう好きなことして生きて良いのか……」


 思えば、仕事、老後、お金、世間体なんかを言い訳にして自分のしたいことをよく考えてこなかった。


「今がそうか、やりたいことをするべきか……」


 覚悟が決まった気がする。その日から作詩や作曲を試してみた。AIを使うと案外簡単にできるし、何より充実感もある。ずっとベッドの上で腐りそうだったのに。


 その上、身体の調子も回復し、一時的に自宅に帰れることにもなった。さらに音楽作りにハマっていくが、あのキリギリスくんに会いたくなった。背中を押してくれたのは確実に彼だったから。


 とある街でストリートミュージシャンをする情報を得た俺はキリギリスくんに会いに行った。


 伸びやかな歌声だった。空にまで届きそうな歌声に、眩しいぐらいだ。キリギリスくんの周辺だけが光っているようで。


「働きアリさん!」


 演奏が終わったら、すぐに声もかけられた。ちょっと恥ずかしいが、今の状況を話し、お礼も言う。


「君のおかげでやりたいことに一歩踏み出せたと思うよ。ありがとう」


 もう余命宣言を受けた頃のような後悔は消えていた。


「良い余生だったよ」

「何言っているんですか。まだ三ヶ月もあるんでしょう? 手術も受けるんでしょう?」


 キリギリスくん、子供のように無邪気な笑みを見せていた。


「まだまだじゃないですか? 実際俺も医者の余命宣言よりだいぶ長生きしていますし?」


 キリギリスくんの目はキラリと輝く。その生命力に吸い込まれそうになる。


「そうか。まだまだかもな?」

「とりあえず、一緒に歌わない? まだ数曲演奏したいし、新曲も作りたいし、動画配信も色々やりたいよ!」

「キリギリスくん、いいね!」


 もう後悔している時間は無いかもしれない。

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