一時休戦
ルッカウの戦いに先立つ一八一三年五月末、連合軍本営。
連敗の衝撃に揺れるアレクサンドル一世とプロイセン国王フリードリヒ・ヴィルヘルム三世は、ナポレオンからの休戦提案に飛びつこうとしていた。
「これ以上の出血は神の御心に背く……。一時退いて、体勢を立て直すべきではないか」
弱気になる皇帝を前に、ベルナドットは怒りを押し殺した低い声で言い放った。
「陛下のお考えは分かりますが、ここでの休戦はナポレオンに息を吹き返す時間を与えるだけです。ナポレオンには今、騎兵がない。機動力という牙を失った今こそ、包囲を縮める好機なのです。ここで足を止めれば、奴は瞬く間に新兵を鍛え上げ、再び我々に襲いかかってきます」
ベルナドットの論理的な猛反対も虚しく、結局、連合軍は休戦へと舵を切った。
それならば、とベルナドットは即座に頭を切り替え、アレクサンドル一世との交渉に臨んだ。
「アレクサンドル陛下。ならばこの休戦期間を使い、軍の編成と、ナポレオンを完全に追い詰めるための戦略の策定を、私に委ねていただきたい」
こうして、ベルナドットの頭のなかにあった対仏包囲の構想が、休戦という静寂のなかで、確かな道筋となって形を結んでいく。
嵐の前の、静かな沈黙。
一八一三年六月、プラハ近郊。その「休戦」の最中に、シャルンホルストの最期が訪れた。
死の床にある彼は、ベルナドットへの反感と焦燥を、二人の弟子に託すように叫んだ。
「……グナイゼナウ、クラウゼヴィッツ。よく聞け。プロイセンを救えるのは、貴公たちの『気合』だけだ」
シャルンホルストは血を吐くような思いで二人の腕を掴んだ。
「あの……北から来たガスコーニュ人に、わが軍の指揮権を渡すな。あやつの言うことは確かに正しいかも知れん。だが、だからこそ気に食わんのだ。戦争は理屈ではないのだ! いいか、わが意志を継ぎ、貴公らだけの手で、あの小男を地獄へ叩き落とせ……!」
シャルンホルストが息を引き回した瞬間、グナイゼナウとクラウゼヴィッツの瞳には、危ういまでの狂熱が宿った。
「クラウゼヴィッツ、聞いたか。閣下は我々にすべてを託された。ベルナドットのような『臆病な作戦』の言いなりになどなってたまるか」
「お前はベニグセン閣下の元に戻れ。そうして、ボイエンと二人で、あの狐を内部から監視しろ」
グナイゼナウは師の遺志を胸に、太鼓を強く一打ちした。彼らにとって、自分たちだけが「高潔な情熱」の正当な後継者であった。
そこへ、ベルナドットからの使者があわただしく現れる。
「殿下より伝達。休戦中に全軍の兵站を再構築します。諸君、シレジアのトラッヘンベルクへ集まられよ。独断での戦闘再開は固く禁じます」
「……フン、これだ」
グナイゼナウは使者を睨みつけた。
「戻って伝えろ。我々は我々の『魂』に従って動く、トラッヘンベルクには命令されて赴くわけではないとな」
この報告を聞いたベルナドットは、深い溜息をついた。
「……グナイゼナウめ。シャルンホルストの死で、いよいよ歯止めが利かなくなったな」
ベルナドットは冷めかけた紅茶を静かに口に運び、ただ前方の闇を見据えた。
「構わん。情熱も気合も、私の盤面の上で踊る変数に過ぎん。……さて、ブラへ、書類を回せ。英国からの資金とハンザ同盟からの援助金、フランスから解放された地域の行政と税金、そして貿易の再開と関税。休戦中にするべき仕事は、いくらでもある。英国の資金だけでは足らん。その何倍も資金を用意するぞ」
北方軍の戦い方って、駄犬先生の 「追放された商人は金の力で世界を救う」 の世界史版なんです。駄犬先生の作品はどれも説得力のある作品で素晴らしいのですが、ちゃんと世界史的にも正しい戦い方なので凄いです。




