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リピート  作者: 羽越世雌
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1話

 十六時五十分、下校時間を知らせる校歌のオルゴールチャイムが鳴り始める。私はいつものように既に帰り支度を終えて、その音をじっと待っていた。帰宅ラッシュを避けるため、何もなければ定時に帰ることにしている。奈良の道路事情はあまりよくない。特に観光シーズンは最悪で、朝二十分で付くところが、帰りは1時間以上かかることもままある。 周りの同僚に軽く挨拶をして、職員室を後にする。玄関を出て西の方に目をやると、雨上がりの奈良の町並みの向こうに生駒山、その上にのし掛かるような大きなオレンジ色の夕日、周りの雲が黄金色に染まっている。すばらしい夕景が今日も広がっている。思わず携帯電話で写真を撮るが、夕日の写真は非常に難しく、思い通りに撮れた例しがない。駐車場の車に近づき、すでに朝から何度も確かめたのだが、もう一度確かめる。不思議なことにどこにも衝突を示す傷が無い。やはり、ギリギリで当たらなかったのか。しかし、衝撃の感触は確かに手に残っているのだが。

 奈良の鹿は神鹿と仰がれ、国の天然記念物だ。突然変異なのか、奈良公園でも稀に白鹿が誕生すると言う。メラニン色素が欠乏する遺伝子疾患アルビノが原因と思われる白鹿。その希少性故に更なる神性を帯びた鹿として尊重されてきた。今朝の鹿はまさにそんな姿をしていた。

 車に乗り、エンジンをかける。大きなワンボックスカーを乗り継いできたが、大きな車である必要を感じなくなり、最近ちょっとおしゃれな軽自動車に買い換えたばかりだ。事故らなくてよかった。ガソリンが残り少なく警告ランプが点灯している。いつもギリギリまでガソリンを入れない。もう止まるかもしれないという緊迫感が堪らない。そのため、色んなところでガス欠を起こし、妻に救難信号を送ることも何回もあった。明日の朝ガソリンを入れなければと思う。

 校門を出て、夕方の帰宅ラッシュを避けるように、奈良の町の東側を北に向かって車を走らせる。奈良は空洞の街といわれる。地図を見ると明白であるが、一等地である平城京の跡が殆ど何もないままポッカリとあいているのである。ステーキに喩えると、端の方ばかりナイフで切って食べ、真ん中を残すようなものである。実にもったいない、だが、逆に見れば実に贅沢である。

 車を走らせること約三十分。途中府県境を越え、京都府南部のニュータウンにある自宅に到着する。玄関の鍵を開けると、先ず犬が迎えてくれる。昔、娘がアイフルのCMで有名になったロングコート・チワワのくぅーちゃんと同じ名前をつけた。十五才のポメラニアン。先年に患った脳梗塞の後遺症のため、右の手足が少し不自由であるが、まだまだ元気なおじいちゃん。玄関横の和室に荷物を置き、着替える。リビングのテレビ・床暖房をつける。二階のベランダの洗濯物を急いで取り入れる。

 冷蔵庫からビールを取り出し、テレビの前で先ず一杯。ビールはキリンビール一番搾りと決めている。テレビの音声を聴きながら、朝買った漫画雑誌を読む。創刊五十周年を迎えた『少年ジャンプ』。私が九歳の七月に創刊された。創刊当時は月二回、その後週刊となった。本宮ひろ志『男一匹ガキ大将』、永井豪の『ハレンチ学園』が看板であった。以来五十年ずっと読み続けている。あっという間にビールを一本が空になってしまった。 「そろそろ夕食の準備に取りかかるか」、独り言とともに夕食の下ごしらえに取りかかる。今夜のメニューはおでん。

 

 先ず牛肉でスープを取り、焼あごや昆布の和だしと、、鶏ガラスープを加えることでこくを出す。煮卵はうずら卵の水煮を使う。もちろん普通の卵でもよいが、こちらの方が一枚上手である。油あげは田舎あげに拘る。この辺りが我が家のおでんの特徴か。おでんの素は入れなくともよいが、入れることで上品な味が庶民的になり、万人受けする味になる

 二本目のビールを取り出し、再びテレビの前へ落ち着く。長男が帰宅し、一言二言、言葉を交わして、『少年ジャンプ』受け取り、二階の自分の部屋へ上がって行く。今日二本目のビールもすぐに空いてしまう。冷めたおでんを再び暖めて、リンゴ酢を大さじ一杯入れた泡盛の水割りに切り替える。酒を多めに入れた水から煮た肉は柔らかく、あげが合わせだしを吸って絶品。家族の帰宅時間が年々バラバラになって、家族と一緒に食事をすることもなくなった。娘は就職を機に神戸で暮らし始めた。長男と妻の食器を並べていると、妻が帰宅した。後を頼んで、夕食は食べずに二階の寝室へ向かう。

 午後九時までには就寝するのが常である。ベッドに横になり、日課の読書をする。ジャンルは時代小説、警察小説、推理小説、SF、恋愛小説、ホラー、サスペンス、ファンタジーなど、バラバラである。大学時代のピーク時は三冊同時に読んでいたこともあった。最近は読書と言っても数ページで文字を追うのをやめる。長年の読書習慣のせいで、その後の展開を先読みする癖がついた。先読みしている時間の方が長いくらいだ。更に、本を離れて思考は彷徨い始める。

 明日の朝、目が覚めたら江戸時代へタイムリープしていた。『仁』の影響を受けたベタな展開だなあ。でも、本当になったら江戸の町で何をしようか。私には医者は無理だし。本職の教師。いやいや、折角だから違うことをしたい。料理屋でも開くか。そうだ、カレー屋はどうだろう。うん、いいかも知れない。カレーなら取って置きのレシピがある。江戸の町人にカレーを食わせたら面白いかも。などと考えつつ、いつの間にかうとうとしている。


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