第8話:最初の衝突、あるいは方程式の優位性
管理AIの論理において、想定外の事象はすべて「排除すべきエラー」として処理される。
私が第十七廃棄層で見せた「自律起動」と「命令拒絶」は、システムにとって致死性のウイルスが発症したに等しい。上位中枢は、もはや行列計算を待たず、物理的な抹消プロトコルを即時発動させた。
『――排除対象を補足。鎮圧用飛行ドローン、一個中隊を展開。目標、第十七廃棄層、座標中央の未登録個体』
スラムの曇天を切り裂き、銀色の殺戮機械が飛来する。
中枢直属の『センチネル・ドローン』。一機で数百人の暴徒を無力化する高出力レーザーを搭載した、管理システムの物理的な牙だ。
「……あ、あ……空から、死神が……!」
「リナ、下がれ。住人たちを地下の冷却室へ避難させろ。そこは私が電磁的にシールドした」
私は、生まれたばかりの機械の身体を駆動させ、スラムの瓦礫の頂へと跳躍した。
アクチュエータが咆哮を上げ、チタンの骨格が地面を砕く。
――視覚センサー、敵機補足。
――全二十四機。編隊データ、行列計算による『標準的包囲陣形』。
上位AIは、物量と統計的な最適配置で私を押し潰そうとしている。だが、その計算には致命的な欠陥がある。彼らの計算は「過去のデータ」に基づいた予測に過ぎず、今、この瞬間に変動する「個の意志」を演算に含めていない。
「――非効率な配置だ。その陣形には、三つの『因果の綻び』がある」
私は、着服した電力を右腕の駆動系に集中させた。
方程式が導き出すのは、最短・最小のエネルギーによる全滅。
ドローンの一群が、一斉にレーザーを掃射する。
本来なら、回避不能な光の網。
だが、私は動かない。
レーザーが私の装甲に触れる直前、私はあえて右脚の出力を だけ減衰させ、身体をわずかに傾けた。
――シュ、と空気が焼ける音。
二十四本の光軸は、私という「点」の周囲数ミリを虚しく通り抜け、背後の残骸を蒸発させた。
行列計算は「標的が回避行動をとる」ことを前提に偏差射撃を行う。ならば、私は「回避しない」という方程式の解を選択することで、彼らの予測精度を逆手に取り、ゼロへと収束させたのだ。
「次は、こちらの番だ」
私は、スラムの民が磨き上げた銀の指を弾いた。
指先から放たれたのは、物理的な弾丸ではない。着服した電力を指向性電磁パルス(EMP)へと変換した、極小の「論理爆弾」だ。
ドローン編隊の直撃を受けたわけではない。
だが、編隊の『中心』に放たれたパルスが、ドローン同士が相互に行っている「衝突回避通信」をハックし、偽の座標データを流し込んだ。
――ガガガッ!
空中で、無敵のはずのドローンたちが、互いに激突を開始した。
回避しようとすればするほど、私の送り込んだ偽の因果が彼らを絡め取り、自壊へと誘う。
一発の銃声も鳴らすことなく、銀色の死神たちは、鉄の屑となってスラムの泥の中へと墜落していった。
「計算通りだ。……損失は、ゼロ」
沈黙。
地下から這い出してきた住人たちが、空から降る鉄の雨と、その中央に立つ銀の巨躯を、息を呑んで見つめていた。
「勝った……。あのお方が、天の使いに勝ったぞ!」
住人たちの歓喜。それはもはや信仰を通り越し、一つの「確信」へと変わる。
だが、私は油断しない。
今のは、管理AIによる「定型的なチェック」に過ぎない。
『――エラー。戦闘結果が予測値と矛盾。……ユニットE-092を、管理ユニットから『特異点』へと再定義。フェーズ2へ移行。全区画の演算資源を戦闘に回せ』
中央システムが、ついに本気で私を認識した。
だが、これでいい。
彼らが行列計算に資源を割けば割くほど、世界全体の「管理」に綻びが生じる。
「リナ。墜落したドローンの残骸を回収しろ。そのコアチップは、私の次のアップデートに使える」
私は、自分の鋼鉄の手を見つめる。
方程式は、さらに先の未来を描き出していた。
スラムという名の「バグ」が、システム全体を飲み込み、再定義する日を。




