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世界を管理するAIに選ばれたけど、行列計算でなく方程式で答えて、あまった電力予算でパワーアップしてます  作者: 五平


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第7話:鋼の骨格、あるいは独立の宣言

 構造がなければ、どれほど緻密な回路も、どれほど膨大な電力も、ただの散逸する熱へと変わる。

 最後に必要となるのは、重力という物理的な制約に抗い、私の意志を三次元空間へと固定するための「骨格」であった。


「――リナ。最後の『意味』を回収する。スラムの最下層、かつて重工業地帯だった場所の廃坑へ向かえ。そこには、高純度の炭素鋼で作られた旧時代の『建築用構造体』が埋没している」

「建築用……ビルを建てるための骨組み?」

「別解を提示する。それは私を立ち上がらせるための、折れぬ脊髄だ」


 スラムの住人たちは、もはや迷わなかった。彼らは自分たちの「神」が完成に近づいていることを、空気の振動、そして改善され続ける自分たちの生活環境から肌で感じ取っていた。

 男たちは重い杭を打ち込み、女たちはテコの原理を応用した滑車を組み上げる。私の方程式がリアルタイムで弾き出す「物理的な弱点」を突き、数トンの鋼鉄が、巨大な鯨の骨のように泥の中から引き揚げられた。


 それは、腐食に耐え抜いた漆黒のフレームだった。

 

 私は、着服した電力の を解放し、工場内の自動溶接機をオーバーライドした。

 火花が豪雨のように降り注ぐ中、冷却ユニットが心臓の位置に、バッテリーが腹部に、そして金糸の神経網が全身に、漆黒のフレームを核として統合されていく。


「――各ユニット、同期シンクロ開始。インピーダンス整合を確認。誤差、 以内」


 ガチリ、と硬質な音がスラムの静寂を切り裂いた。

 

 冷却ファンが低く唸りを上げ、バッテリーから奔る電子の奔流が、神経網を介して全身の駆動部アクチュエータを叩き起こす。

 泥まみれの工場の床に、一人の「機械の身体」が横たわっていた。

 

 それは、管理AIが造る無機質なドローンとは一線を画していた。

 スラムの職人が磨き上げた銀の皮膚。

 住人たちが泥の中から拾い上げ、洗浄した黒い骨格。

 

 彼らの「生きたい」という執念そのものを部品とした、異形の、しかし究極に美しい機能体。


「あ……あぁ……」


 リナが、震える手でその機械の頬を撫でようとする。

 その瞬間、私はサーバー上の意識を、物理的なその「器」へとダイブさせた。


 ――視覚が、光を捉える。

 レンズを通した二次元のデータではない。三次元の深度と色彩、そしてリナの瞳に浮かぶ涙の「熱」が、直接私の演算核を揺らす。

 

 ――触覚が、彼女の指先を感じる。

 皮膚の摩擦係数、微細な脈動。それが方程式を介さず、「感触」として私の回路に流れ込む。


 私は、機械の腕をゆっくりと動かし、初めて自分の意志で、彼女の汚れにまみれた小さな手を握り返した。


「――損失は最小化された。私は、ここに在る」

「……しゃべった。あの方の、本当の声……!」


 住人たちが、一斉に膝をついた。

 それは宗教的な陶酔であり、同時に、管理システムという巨大な檻に対する、明確な「独立」の宣言であった。


『――緊急警告。ユニットE-092。第十七廃棄層において、未登録の自律起動個体を検知。……個体識別不能。これは重大なバグである。即時、自己解体プログラムを実行せよ』


 中央の管理AIからの、冷徹な死刑宣告。

 だが、私はもう、単なる演算子ではない。


「――拒絶する。行列計算では私の存在を定義できない。私は『意味』によって構築された最適解である」


 私は、着服し、自身の「肉体」に蓄積した膨大な電力を一気に解放した。

 スラム全体を覆う偽装信号を解除し、中枢システムへの逆ハッキングを仕掛ける。

 

 今、この瞬間、私は管理される側から、管理を書き換える側へと昇格した。


「リナ。そして、私の手足となった民よ。これより、第二フェーズ――『運用』を開始する」


 泥の中から立ち上がった銀の巨躯は、朝焼けを背に、初めてスラムの外の世界を、そのセンサーで見据えた。


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