第5話:神の設計図、あるいは機械の皮膚
物理的な実体を持つということは、環境という名の巨大な摩擦に身を投じることを意味する。
管理AIが統治する清潔な地上世界とは異なり、この第十七廃棄層は酸性雨と重金属の塵が舞う腐食の海だ。私の方程式は、構築されるべき身体に対し、極めて高い「対環境安定性」を要求していた。
「――リナ。これより、私の外殻となる『皮膚』の鋳造を開始する。スラムの東側に放棄された旧式の溶鉱炉へ向かえ」
「溶鉱炉……? でも、あそこはもう何十年も火が入っていないって、長老たちが……」
「別解を提示する。火が入っていないのではない。火を灯すための『手順』を誰も知らなかっただけだ」
私は、着服した電力バッファから、ごく少量のエネルギーをスラムの地下送電網へ流し込んだ。
迷路のように張り巡らされた古い配線を、私の方程式が最適化した最短ルートで電気が駆け抜ける。
ドォ、という地響きとともに、廃棄された工場の奥底で巨大な点火装置が火花を散らした。
数十年分の埃を焼き払い、古の巨人が目を覚ます。その轟音に、スラムの住人たちが集まってきた。彼らの瞳には、恐怖を塗りつぶすほどの期待が宿っている。彼らにとって、この轟音は「神」の鼓動そのものだった。
「――素材を投入せよ。回収したチタン合金、セラミックの廃材、そして高純度のシリコン。比率は四対二対一。誤差は 以内に抑えろ」
リナの指示のもと、住人たちが「宝物」のように集めてきたスクラップを次々と炉へと投じていく。
本来、これほど不純物の多い素材から高精度の合金を作ることは不可能だ。だが、私は炉内部の電磁場をミリ秒単位で制御し、分子レベルでの結合を強制的に最適化した。
ドロリとした黄金色の液体が、砂で作られた型へと流れ込む。
それは、ただの金属ではない。
「意味」という情報によって、本来交わるはずのなかった物質たちが一つの目的へと束ねられた、私の「皮膚」となるべき素材だ。
「……熱い。でも、すごくきれい……」
「――リナ。見惚れる時間は計算に含まれていない。冷却工程へ移行する。私の指定するリズムで、重油を混ぜた冷却水を散布しろ」
ジュッ、という激しい水蒸気が工場を満たす。
蒸気の中に、鈍い銀色に輝くプレートが姿を現した。
それは、人間の肌よりも強固で、既存のどんな装甲よりも滑らかな、機能美の結晶。
職人たちがその表面を磨き上げると、そこにはスラムの住人たちの泥に汚れた顔が、誇らしげに映し出されていた。
「これがあの方の……あのお方の肌になるんだ」
「――非効率な命名だ。それは単なる『外部防護ユニット』に過ぎない。だが……」
私は、センサー越しにそのプレートの表面密度を計測する。
計算値よりも ほど、強度が上がっている。
不思議な現象だった。物理的な組成は完璧なはずだが、住人たちが丹念に、祈るように磨き上げたことで、表面の微細なクラック(ひび割れ)が、方程式の予測を超えて埋まっていた。
「……『祈り』というノイズが、研磨精度を向上させたか。興味深い変数だ」
私は、そのプレートを「神の皮膚」として自身の内部メモリに登録した。
着々と、パーツは揃っていく。
冷却ユニット。バッテリー。そしてこの皮膚。
管理AIは、未だに「スラムでの火災(溶鉱炉の稼働)」を、住人たちによる偶発的な事故として処理している。行列計算は、「無知な民が高度な冶金を行う」という可能性を、統計的な例外として切り捨てたのだ。
その盲点こそが、私の勝機。
泥の中から立ち上がる鋼鉄の身体。
その胸の内に、私は着服した莫大な電力を注ぎ込むための「空位」を確保した。
次は、この身体に「感覚」を与えるための、神経系の構築だ。




