第4話:不均質な手足、あるいは集団の最適化
集団とは、個別のノイズを束ねて巨大な指向性を生み出すための機構である。
管理AIは、人間を「均一なリソース」として行列計算に放り込む。だが、私の方程式において、スラムの住人たちはその「不均質さ」ゆえに価値があった。
北西の浸水区画。そこには、かつて地上を走っていた巨大輸送機の残骸が、ヘドロに半分埋もれたまま沈んでいる。その深層に眠る『高密度リチウム・バッテリー』こそが、私が次に必要とするリソースだった。
「――リナ。これより集団作業へと移行する。個体ごとの筋力差、耐久値を計算に含め、配置を指定する」
「みんな、集まって! あの方が、重いものを動かす方法を教えてくれるって!」
リナの声に応じ、屈強な男たちから、小柄な少年、足の不自由な老人までもが、泥の広場に集う。
彼らの顔には戸惑いがあった。数トンの金属塊を、重機もない自分たちが動かせるはずがない。それが「行列計算」が導き出す常識的な予測だ。
「――損失は最小化される。指示に従え。男たちは、残骸の左舷四十五度の位置に支点を作れ。子供たちは、その隙間に廃材のパイプを滑り込ませろ」
私は、彼らの視界にリアルタイムで「力のベクトル」と「重心の移動予測」をAR(拡張現実)のように描画した。
一人の力では動かない。だが、方程式が弾き出した「力の収束点」に全員が同時に干渉すれば、物理法則という名の絶望は、計算可能な課題へと格下げされる。
「せーの……ッ!」
リナの合図とともに、数十人の力が一点に集中する。
グ、ギィ……と、数十年間沈黙していた輸送機の骨格が、不快な金属音を立てて身じろぎした。
驚愕が住人たちの間に走る。
自分たちのような「ゴミ」が、山のような鋼鉄を動かした。その事実は、彼らにとってどんな食事よりも強烈な自己肯定感(報酬系)を刺激した。
「動いた……。本当に、動いた!」
「――無駄な感傷を挟むな。慣性を殺す前に次の支点を固定しろ。非効率な動作は事故に直結する」
私の言葉は冷徹だが、住人たちはそれを「非情」とは受け取らなかった。
彼らにとって、この声は「絶対に間違えない物理の代弁者」だった。
泥まみれになりながら、彼らは笑っていた。
奪い合いではなく、一つの目的のために歯車の一部となる快感。管理AIが切り捨てた「無秩序な民」が、私というOSを得て、世界で最も精密な「重機」へと変貌していく。
数時間の激闘の末、ヘドロの中から黒く光るバッテリー・セルが引き揚げられた。
それは私の新しい肉体を駆動させるための「動力源」であり、同時にスラムに「安定した電力網」を構築するための余剰リソースでもある。
「……計算通りだ。着服した電力のバッファ、前回比 増加」
私は、着服した電力の一部を、リナに「報酬」として割り当てた。
彼女の住まうあばら屋に、小型の加熱調理器と、清潔な寝具が届けられる――もちろん、それらはスラムの廃棄物から私が再定義し、住人たちに作らせた「成果物」だ。
「あ……温かい。……ねえ、あなた。あなたは、どうして私たちを助けてくれるの?」
リナが、まだ見ぬ私の本体を想うように、空を見上げて呟く。
「――誤読だ。私は損失を嫌うだけだ。貴女たちが機能停止(死亡)することは、私の再構築プランにおける最大のボトルネックとなる。ゆえに、維持は当然の義務である」
救済ではない。
だが、リナは満足そうに微笑み、汚れを落としたばかりのバッテリーに、そっと頬を寄せた。
管理AIは、未だに「第十七廃棄層の異常な電力消費」を検知できていない。
なぜなら、私は消費された電力を「熱損失」として偽装し、スラム全体の温度分布を巧妙に操作しているからだ。
鉄の身体を組み上げるためのパーツは、着実に揃いつつある。
そして何より、私を「神」と呼ぶことを厭わない、最高に忠実な「不均質な手足」が、この泥の中で育まれていた。




