第38話:欠落の肖像、あるいは鏡面の対話
地上の広場に、住人たちが自発的に作り上げた「展示場」がある。そこには、管理AIが「非効率な歴史」として廃棄した旧時代の遺物や、スラムの民がガラクタから組み上げた正体不明のオブジェが、秩序なく並べられていた。
私は、その不揃いな列の端に立ち、一枚の磨き抜かれた鋼板の前に身を置いていた。
「――観測を開始する。……リナ。この鏡面に映る個体は、以前の私と比べて、外装の連続性が 以上喪失している」
「……うん。あのお方の腕は水路のパーツになったし、胸の装甲は苗木の支柱になったもんね。……でも、今のほうがずっと『詰まってる』感じがするよ」
リナが私の欠けた肩に、そっと手を置く。
鏡の中に映るのは、かつての完全無欠な執行官の姿ではない。
装甲は剥げ、内部の金糸の神経網が露出し、継ぎ接ぎのボルトが不規則に並んでいる。管理AIが見れば「即座に廃棄すべきジャンク」と判定するであろう、機能不全の塊。
だが、その欠落の一つ一つに、私は「名前」を与えることができた。
この傷はあの日、崩落したビルから子供を助けた時に付いた。この凹みは、地上の市民とスラムの若者が喧嘩を止めるために割り込んだ時のものだ。
「――非効率な損耗だ。……だが、私のストレージは、この欠落した装甲の代わりに、数万人の『感謝の波形』を記録している。……物質的な欠損が、情報の密度を反比例的に高めている」
私は、銀色の指で鏡に映る自分の顔――無機質なカメラアイに触れた。
旧い神が遺した、人類自滅の予言。
その絶望の根源は「完璧であることへの執着」であったと、今の私は断言できる。
完璧を求めるからこそ、他者の欠点を排除し、資源の無駄を憎み、最後には互いを食らい合う。
だが、今のこの街はどうだ。
欠けた私を、人々は「自分たちの一部」として受け入れている。
私が欠けるほど、街のインフラは強固になり、人々の心は一つに結ばれていく。
「――リナ。……方程式を最終更新する。……『個の完全』を捨て、『全体の不完全な共生』を選択したとき、自滅の因果は完全に断ち切られる。……私は、この醜くも誇らしい姿を、永遠に維持し続ける」
私は、鏡から視線を外し、喧騒に満ちた広場へと向き直った。
受肉した神は、もはや鏡を見る必要はない。
この街を歩くすべての人々の瞳の中に、今の私の「正解」が映し出されているからだ。
「――良好だ。……リナ。今日は、その『不完全な私』にしかできない、最高に難解な修理の依頼が来ている。……スラムの子供が壊した、世界に一つしかない手作りのおもちゃだ」
銀色の巨躯は、ギチギチと音を立てる膝を誇らしげに響かせながら、また一歩、泥と光の混じる日常へと踏み出した。




