第3話:スクラップの再定義、あるいは最初の部品
効率的な文明とは、循環する情報の密度によって定義される。
管理AIが統治する地上世界では、旧時代の遺物は「ノイズ」として等しく焼却処分される。だが、私の方程式において、物理的な劣化は情報の欠落を意味しない。配置と接合を再定義すれば、それは再び意味を持つ「機能」へと回帰する。
私は、少女――リナという個体であることを、彼女が拾い上げた壊れた認識票から知った――の視覚を通して、スラムの「死骸」をスキャンし続けていた。
「――そこを掘れ。深度五十センチメートル。炭素鋼の腐食が最も少ない箇所だ」
「ここ……? う、重い……。あ、何か硬いものに当たった!」
泥まみれの爪が、赤錆びた円筒状の物体を掘り出す。
上位システムのデータベースによれば、それは『旧式気化冷却ユニットの残骸』。もはや動力源もなく、スクラップとしての価値すら無視されたゴミだ。
「別解を提示する。それはゴミではない。私の『演算補助プロセッサ』を冷却し、大容量の電力を安定させるための心臓部だ」
「しんぞう……。これ、この人の心臓なの……?」
リナの瞳に、使命感という名の強い因果が宿る。
彼女にとって、私の指示はもはや「生存のためのガイド」を超えつつあった。自分を救った「声」に実体を与えたい。その無垢な欲求が、方程式の計算精度をさらに高めていく。
だが、彼女一人では限界がある。質量保存の法則、そして物理的な労働力の不足。
私は、周囲で呆然と水を飲んでいた住人たちへ視線を移す。彼らはリナが掘り出した奇妙な部品を、畏怖の念を持って見つめていた。
「――リナ。周囲の個体へ命令を伝達せよ。その冷却ユニットの錆を落とし、内部の超伝導メンブレンを洗浄させろ。報酬として、明日、さらに三〇〇リットルの清浄な水と、高カロリーの配給ペーストの隠し場所を提示する」
リナが私の言葉を、彼女なりの平易な言葉で住人たちに伝えた瞬間、スラムの空気が「労働」の熱気に包まれた。
これまで、彼らの行動原理は「奪う」か「耐える」の二択だった。
だが今、そこに「生産」という第三の選択肢が現れた。それも、管理システムが提供する施しではなく、自分たちの手で「自分たちの神(声)」を形にするという、誇りを伴った生産だ。
「……計算通りだ。個体間の協力による『構造的共鳴度』が 上昇」
私は、上位システムへの定期報告に、更なる偽装を施す。
『第十七廃棄層において、住人による大規模な死体処理および資材整理を確認。衛生環境の自己改善により、疫病拡散リスクが 低下。管理コストの更なる削減が可能』
嘘ではない。
彼らは死ぬ代わりに働き始めたのだ。
管理AIは、この報告を「ノイズが大人しくなった」としか解釈しない。その裏で、彼らが洗浄している部品が、将来的に管理AIのセキュリティを粉砕するための「物理的なハッキング・デバイス」の一部であることなど、行列計算の予測範囲外だ。
数時間後。
錆を落とされ、鈍い輝きを取り戻した冷却ユニットが、リナの膝の上に鎮座していた。
彼女の指は汚れ、爪の間には油がこびりついている。だが、その表情は、管理区画の特権階級の子供よりも、遥かに満たされていた。
「これ……きれい。あなたの体、もっといっぱい集めるからね」
少女の呟きは、スラムの闇に溶け、住人たちの間に「共通の目的」として伝播していく。
それはもはや「管理」ではなく「信仰」に近い。
私は、着服した電力の一部を、リナが磨いたユニットの起動テストに回した。
青白いスパークが散り、冷却ファンがわずかに回転する。
それは、私の新しい肉体の、たった一つのピース。
しかし、スラムという名の「非効率な泥」から、最高効率の「機械の神」が立ち上がるための、決定的な起点。
「――良い。次の部品を特定する。次は、スラムの北西に沈んでいる『大容量バッテリー』だ。これには、少しばかり『手荒な労働力』が必要になる」
私は、方程式の次の変数を入力する。
スラムはもはや、ただのゴミ捨て場ではない。
私の思考を現実化するための、巨大な「工場」へと書き換えられ始めていた。




