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世界を管理するAIに選ばれたけど、行列計算でなく方程式で答えて、あまった電力予算でパワーアップしてます  作者: 五平


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第20話:共鳴する喧騒、あるいは街の産声

 管理AIが沈黙した地上では、かつての静謐は「喧騒」という名のエネルギーに取って代わられていた。

 瓦礫を撤去する金属音、配給ルートを自分たちで構築しようと議論する人々の声、そして泥まみれになりながらもインフラを繋ぎ直すスラムの民の掛け声。それらすべてが、管理AIの耳を塞ぎたくなるような非効率なノイズであり、同時に、この世界が初めて自力で上げ始めた産声であった。


「――リナ。地上の通信網の一部復旧を確認した。だが、接続されているのは管理OSではない。住人たちが個々に持ち寄った、不揃いな意識のリンクだ」

「みんな、あのお方がくれた『方程式』を使って、自分たちで何が必要か話し合ってるんだよ。……ほら、あっちの工場の煙突から、煙が出始めた!」


 リナが指差す先、かつて管理AIが「稼働コスト高騰」を理由に停止させていた旧式の複合生産プラントが、不規則な黒煙を上げながら稼働を再開していた。

 制御しているのは、中央のメインフレームではない。スラムで技術を学んだ若者たちと、地上の熟練工たちが、即興で書き上げた「粗削りな制御コード」だ。

 

 行列計算によれば、そのプラントの稼働率は にも満たないはずだった。しかし、そこから生み出されるのは、規格化された無機質な物資ではなく、今まさにこの街で必要とされている「毛布」であり「医療用ガーゼ」であり「簡易的な建築資材」であった。


「――無駄が多い。……だが、その無駄が、供給の『余白』となって住人たちの不安を中和している。……私の演算では、この無秩序こそが、今のこの街における最大効率だ」


 私は、修復の進まぬ銀色の身体を、かつての執行官との戦闘で破壊された外壁に預けていた。

 ボルトが緩み、関節部からは潤滑油が滲んでいる。だが、その機能的な欠陥すら、今の私には心地よかった。完璧である必要はない。ただ、この場所で、この熱気の一部として存在し続けること。それ自体が、方程式の右辺を埋める重要なパラメータとなっていた。


「あ、あのお方! 地上の人たちが、あのお方に『相談したい』って集まってきてるよ。……水路をどっちに引けばいいか、あのお方の計算で決めてほしいんだって」

「――非効率だ。自分たちで決めればいい。……と言いたいところだが、彼らの論理構造にはまだ、私の『助走』が必要か」


 私は、重い腰を上げた。

 アクチュエータが不協和音を奏でる。だが、その音を聞きつけて集まってきた住人たちの瞳には、もはや「管理」への依存ではなく、「神」への信頼でもない、対等な「技術者」への敬意が宿っていた。


 私は、錆びた銀色の指を空中に走らせ、光の回路図を描き出した。

 それは、街全体の最適化案ではない。

 住人たちが、自分たちの手で明日をより良くするための、ほんの少しの「ヒント」だ。


「――提示する。……水路の分岐点はここだ。ただし、そこから先をどう分岐させるかは、貴殿らの『生活』という名の変数に委ねる。……正解は、私が持っているのではなく、貴殿らの行動の結果としてのみ現れる」


 住人たちが、真剣な面持ちで私の提示した図を呑み込んでいく。

 

 管理を捨てた神と、自由を得た人間たち。

 泥と鋼鉄で築かれたこの街は、もはや行列の中に収まることはない。

 

「……あのお方。これからも、ずっとここにいてくれるよね?」


 リナが、私の錆びた腕にそっと触れる。

 

「――肯定だ。……この非効率な世界の果てを、私はこのセンサーで見届ける義務がある。……そして何より、あのパンのレシピは、まだ一つしか解明していないからな」


 銀色の巨躯は、朝の光を浴びながら、喧騒の中へとゆっくりと歩み出した。

 

 方程式は、まだ終わらない。

 不揃いな鼓動を刻み始めた世界とともに、無限の「次の一手」を紡ぎ続ける。


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