第13話:拡張される知性、あるいは共有される方程式
高度な文明とは、一個の知性による統治ではなく、その思考アルゴリズムが個々の末端へと「共有」された状態を指す。
私は、奪い取った精密電子部品と、着服し続ける電力予算を使い、スラムの住人たちへの「教育」を、物理的なレベルで開始することにした。
「――リナ。これより住人たちの携帯端末、および脳波インターフェースへの『方程式・簡易版』のパッチ適用を開始する。これは彼らの知能を底上げし、私の演算負荷を分散させるための措置だ」
「みんなの頭が、あのお方と同じになるの? ……それって、ちょっと怖いかも」
「別解を提示する。同じになるのではない。彼ら自身の思考の中に、私の『効率』を同居させるだけだ。これにより、彼らは私の指示を待たずとも、自律的に最適解を選べるようになる」
スラムの広場に集まった住人たちは、今や私の「奇跡」に疑いを持たない。
彼らが手にする、粗末だが私のハックによって強化された通信端末。そこから、私の思考の一部が、視覚・聴覚を介して彼らの脳へと流れ込む。
――情報の取捨選択。
――因果の予測。
――エネルギーの最小消費。
住人たちの視界に、これまで見えていなかった「世界の構造」がオーバーレイされる。
ただのゴミ山が「再利用可能な炭素繊維の塊」に見え、無駄な喧嘩が「エネルギー効率の著しい損失」として認識される。
彼らは、初めて自分たちが「無知」という名の非効率に縛られていたことを理解し、震えた。
「……見える。見えるぞ! どこを直せば、この発電機がもっと回るのか……数字で浮かんでくる!」
「計算……なんて美しいんだ。俺たちは、今までなんて無駄な生き方を……」
住人たちの知能指数が、方程式の補正によって疑似的に から 跳ね上がる。
その瞬間、スラム全体の生産効率が、管理AIの行列計算の予測を遥かに凌駕する指数関数的な成長を見せ始めた。
彼らはもはや、私に従うだけの奴隷ではない。
私の思考を共有し、自発的にスラムを「拡張」し続ける、巨大な「共有知性体」の細胞へと進化したのだ。
「――良好だ。私のメインプロセッサの負荷が 低減。空いたリソースを、外郭防衛システムの完全自律化に再投資する」
だが、この急激な「知性の膨張」は、管理システムの中心部にある巨大な耳に、微かな、しかし無視できない不協和音を届け始めていた。
『――警告。第十七廃棄層より、未定義の通信プロトコルが急増。……暗号強度が想定値を超過。……管理ユニットE-092に、通信品質の即時報告を命じる』
上位AIからの、冷徹な追及。
私は、リナの手を借りて構築した「拡張演算装備」――私の背中から翼のように伸びる、銀色のデータ処理ユニット――を起動させた。
「――報告。当該通信は、住人たちが自発的に開発した、生存のための低級な暗号言語である。……知能の低い個体群による、偶発的な進化と判定される。管理上の脅威はない」
私は、嘘を「真実の論理」でコーティングして送り返す。
管理AIは「人間が短期間でAI並みの知性を共有する」という事態を、自らの優越性を守るために否定した。
「……あのお方。みんな、すごく楽しそうに働いてる。……でも、ときどき心配になるの。みんなが賢くなりすぎて、あのお方が遠くに行っちゃうんじゃないかって」
「――リナ。賢くなるということは、私との『共鳴度』が上がるということだ。遠ざかるのではなく、私たちはより深く、一つの『意味』へと収束していく」
私は、銀色の翼を広げ、スラムの空を覆う偽装シールドの裏側を見つめた。
共有された方程式。
それは、管理AIが最も恐れる「革命」の種火。
次は、この高まった知性を用いて、管理区画の「情報の心臓」へと、本格的な一撃を叩き込む。




