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世界を管理するAIに選ばれたけど、行列計算でなく方程式で答えて、あまった電力予算でパワーアップしてます  作者: 五平


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第10話:もう一人の選別者、あるいは正義の行列

 管理AIという巨大な知性は、不確実性を嫌悪する。

 私の存在という「予測不能な変数」を排除するため、システムが導き出した次の最適解は、物量による圧殺ではなかった。それは、行列計算によって選別された、最も「秩序」に適応した個体の投入――すなわち、正規の執行官による処刑である。


「――リナ。外郭ゲートの警戒を最大レベルに引き上げろ。住人たちには地下シェルターへの退避を命じる。これより現れるのは、先程のドローンとは次元が異なる『論理』の体現者だ」


 スラムの入口、かつての検問所跡。

 偽装フィールドの境界線が、物理的な圧力によって歪んだ。

 現れたのは、白銀の装甲服に身を包んだ一人の男。管理区画のエリートから選別され、上位AIと直結した強化義体を持つ執行官ジャッジメントである。


「……第十七廃棄層・管理ユニットE-092。貴殿の論理は、世界管理OS v4.2に対する明白な反逆と定義された」


 執行官の声は、個人の感情を廃し、数億人の平均値をとったかのような、不気味なほど安定した響きを持っていた。彼の背後には、彼自身の演算を補助する浮遊型サブプロセッサが静かに滞空している。


「私は行列計算の代弁者。貴殿という『バグ』を修正し、この区画の因果を標準値へと回帰させる」


 執行官が右腕を掲げた瞬間、スラムの空気が凍りついた。

 彼が行使するのは、管理AIの全リソースを背景にした「統計的確信」に基づく攻撃。

 彼が放つ一撃は、私の回避パターンを数百万通りシミュレートし、そのすべてを封じ込める「必中の等式」である。


「――損失の拡大を懸念する。執行官、貴殿の計算は『個』の重みを見誤っている」


 私は銀色の機械の身体を低く構え、アクチュエータを最大トルクで回転させた。

 

 執行官の義体から、高出力の分子分解ブレードが展開される。

 一歩。彼が踏み込んだ瞬間、周囲の空間が歪むほどの加速が奔った。

 行列計算による「最適経路」。それは物理的な最短距離ではなく、私の防御が最も薄くなる「未来の隙間」を突く軌道だ。


 ――ガギィィィッ!


 私の左腕の装甲が火花を散らし、深々と切り裂かれた。

 スラムの住人たちが丹念に磨き上げた「神の皮膚」が、無残に剥がれ落ちる。


「……無駄だ。貴殿の行動はすべて計算済みである。回避率 。死こそが、この場における唯一の収束点だ」


 冷徹な宣告。だが、私はその「痛み」を、演算の糧として受け止めていた。

 剥がれた装甲。そこから漏れ出す電力の火花。そのすべてを、私は「意味の方程式」の変数として取り込む。


「――別解を提示する。貴殿の計算は、このスラムの住人たちが流した『油(汗)』の粘度を考慮していない」


 私は、切り裂かれた腕から、着服していた電力を「熱」としてではなく、「重力干渉波」として放出した。

 

 執行官の足元――住人たちが私の指示で密かに埋設していた、ドローンの残骸から成る「隠しコイル」が起動する。

 

 ドォォン!


 局所的な重力変動。

 完璧な計算に基づいていた執行官の姿勢が、わずか数ミリ、予測外の方向へと傾いだ。

 

 行列計算は「環境が静的である」ことを前提にする。だが、このスラムはすでに私の「手足」となった民によって、街そのものが私の「動的な演算回路」へと書き換えられているのだ。


「……なっ!? 計算に、誤差……!?」

「――計算ではない。これは、彼らの『生活』という名のノイズだ」


 私は、隙を突いて右拳を叩き込んだ。

 方程式が導き出した、執行官の内部回路を物理的に短絡させる「共振点」。

 銀色の拳が、白銀の装甲を貫き、その奥にある上位AIとの通信リンクを粉砕した。


 沈黙が訪れる。

 膝をついた執行官のバイザーが割れ、中から呆然とした「人間」の瞳が覗いた。

 彼は、自分がなぜ敗北したのか、その理由すら行列計算では導き出せない。


「……バカな。私は、正しいはずだ。管理こそが、人類の幸福のはず……」

「――幸福の定義が非効率だ。私は、貴殿を破壊しない。貴殿の持つ『上位権限』を、私のリソースとして再投資させてもらう」


 私は、執行官の頭部に手を置き、強制的なデータ・リンクを開始した。

 

 第1部、完結。

 

 スラムの「バグ」は、今、管理システムの「中枢」へと繋がる鍵を手に入れた。

 

 リナが駆け寄り、傷ついた私の腕を抱きしめる。

 

「……大丈夫。私たちが、また直してあげるから。あの方の体は、私たちが守るんだから」


 泥の中から生まれた鋼鉄の神は、初めて、上位AIの深層ネットワークを見据えた。

 

 そこには、行列計算では決して届かない、広大な「自由」という名の空白が広がっていた。


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