第8話:過去のチケット:前任者サラの足跡
16時38分。
窓口のカウンター越しに、ゼクス様たちの苛立ちが「ノイズ」となって伝わってきます。
貧乏揺すりの音、舌打ち、そしてミア様に向ける冷酷な視線。コールセンター時代、理不尽な要求を通そうとオペレーターを威圧するクレーマーたちを何度も見てきましたが、彼らの手口はそれよりもずっと卑劣で、組織的です。
「アイラさん、まだか? 鎧の破片なんて集めて何になる。彼女が壊したと認めているんだ、時間の無駄だろう」
ゼクス様の声は、苛立ちでさらに濁った灰色を深めています。私は手元の資料を整理しながら、一瞥もくれずに答えました。
「事務手続きにおいて『言った、言わない』の主観は、エビデンスにはなり得ません。事実にのみ基づくのが、当窓口のポリシーですので」
その時、ギルドの扉が勢いよく開き、息を切らしたルークが飛び込んできました。
「ハァ……ハァ……! アイラさん、持ってきました! 指定された演習場の残留魔力スキャンデータと、ゼクス様の鎧の……これ、破片です!」
ルークが差し出した小さな布袋には、ひび割れた金属片がいくつか入っていました。
私はそれをピンセットでつまみ上げ、魔力鑑定用の拡大鏡で覗き込みます。
「……なるほど。興味深いデータですね」
「何がだ?」
不機嫌そうに身を乗り出すゼクス様に、私は鑑定結果の数値を記載した書類を突きつけました。
「この金属片の断面、魔力による『熱膨張』の跡が一切ありません。ミア様の治癒魔法は光属性の熱源を伴うはずですが、この鎧を壊したのは……物理的な、それも内側からの加重による金属疲労です。つまり、あらかじめ細工を施されていた、あるいは自分で壊した(自損事故)の可能性が極めて高い」
「なっ……! 貴様、適当なことを言うな!」
「さらに、ルーク。別件の『前任者』については?」
ルークは表情を曇らせ、一通の報告書を差し出しました。
「……アイラさんの予想通りでした。半年前、このパーティを脱退したサラさん。彼女は現在、隣町の場末の酒場で……ゼクスさんの叔父さんが経営している店で、無報酬の『借金返済』という名目で働かされています。彼女もまた、ミアさんと全く同じ『高価な備品の紛失』という身に覚えのない罪を負わされていました」
その瞬間、ミア様が顔を上げました。
「サラ、さんが……? でも、彼女は……自分の不手際で、大損害を出したから、故郷へ帰ると、はい……」
「それは彼らがあなたに吹き込んだ『シナリオ』に過ぎません、ミア様」
私は【残響の波紋】を集中させます。ゼクスたちの周りに漂う色が、隠しきれない焦燥でドロドロとした黒に変色していくのが見えました。
「彼らの手口はこうです。まず、自己肯定感の低い、しかし能力の高いヒーラーを助っ人(期間限定)として雇い入れる。そして嘘のミスを捏造し、多額の賠償金を背負わせる。最後は『温情』を装ってギルドから切り離し、自分たちの息のかかった場所で無償労働を強いる……。これはパーティ運営ではなく、ただの『人的資源の横領』です」
「デタラメだ! そんな証拠がどこにある!」
魔導師のカレンが叫びますが、私は淡々と、ギルドの共有ブラックリスト――いわゆる「要注意顧客データベース」を端末に表示させました。
「他地区のギルド三箇所から、同様の『ヒーラーの不審な脱退』が報告されています。すべて、あなた方が立ち寄った後のことですね。……これだけの『共通点』が揃って、まだ偶然だと言い張りますか?」
私は時計を見ました。16時48分。
ゴール(終業)までのカウントダウンが始まっています。
「さて、ここからは事務的な『清算』の時間です。ゼクス様、ならびに『黄金の天秤』の皆様。あなた方には、ミア様への不当な損害賠償請求の撤回と、前任者サラ様への未払い報酬の返還、およびギルド規約違反による査察を受けていただきます」
「ふざけるな! そんな一方的な……!」
「拒否されるのであれば、現時刻をもって、あなた方の全資産をギルド側で一時凍結させていただきますが……よろしいですね?」
私の【アッサムプティブ・クローズ(前提条件による追い込み)】に、ゼクス様は言葉を失い、顔を真っ赤に染めて絶句しました。
ミア様の瞳から、少しずつ紫色の濁りが消え、戸惑いと、微かな希望の光が差し始めるのが見えました。
「私が……、悪くなかったんですか……、はい?」
「ええ。あなたは数字の上でも、事実の上でも、非常に優秀なヒーラーです。……それを今から、このクレーマーたちに証明させてあげましょう」




