表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ギルドの受付嬢はうごかない ~定時に帰りたいので、一歩も動かず事件を解きます~  作者: ぱすた屋さん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

7/14

第7話:濁った「……、はい」と窓口の違和感

驚く程反響があったのでもう1シリーズ追加です。

本当にありがとうございます。


16時10分。

冒険者ギルドの正面玄関に設置された大時計の針が、非情な角度を刻んでいます。

この時間は、コールセンター界隈では「魔の時間」と呼ばれていました。終業間際に飛び込んでくる、複雑で、粘着質で、処理に一晩かかるような……そう、「質の悪いチケット(案件)」が舞い込みやすい時間帯だからです。


私は羽ペンの動きを止め、指先でこめかみを軽く揉みました。

定時退勤オンタイム・デパーチャーまで、あと50分。このまま何事もなく、未処理の書類バックログを片付けてシャットダウンしたかったのですが。


「……アイラさん。お手隙、でしょうか……はい」


重い扉を押し開けて現れたのは、Bランクパーティ『黄金の天秤』の面々。

その中心で、今にも消えてしまいそうなほど小さくなっている少女――ヒーラーのミア様が、私のデスクに一枚の羊皮紙を差し出しました。


それは、ギルド公式の「パーティ脱退届」……ではなく、さらに質の悪い「冒険者ライセンス返納および私的従属契約への移行申請書」でした。


「おや、ミア様。本日はどのようなご用件でしょうか。その書類は……事務手続き上の不備が、初見で三箇所ほど見受けられますが」


私は営業用のスマイルボイス――周波数を一定に保ち、相手に安心感と「これ以上の踏み込みは無駄である」という拒絶を同時に与えるトーンで応対します。


「私が……、あまりにも未熟だから、なんです、はい。パーティの皆さまに、取り返しのつかないご迷惑をおかけしてしまって……はい。だから、責任を取ってギルドを辞めて、これからはゼクスさまの『個人的な従者』として、一生をかけて贖罪をすることに決めたんです、はい……」


彼女の声は、私の【残響の波紋エコー・パルス】を通すと、どす黒く濁った紫色に見えました。

「嘘」ではありません。彼女は本気で、自分がゴミクズ同然の存在だと思い込んでいる。ですが、その色の奥底には、本人さえ気づいていない「助けて」という悲痛なノイズが混じっています。


「アイラさん、そういうことだ。彼女の意志は固い。事務的に処理してくれないか?」


リーダーのゼクスが、ミア様の肩を抱き寄せながら、いかにも「慈悲深い保護者」といった顔で口を挟んできました。彼の声は、下卑た満足感が透けて見える、ぬらぬらとした灰色です。


(……やれやれ。これは「自発的な解約」を装った、悪質な「強引な囲い込み」ですね)


私は無表情のまま、書類をトレイに置きました。


「ゼクス様。恐れ入りますが、当ギルドのコンプライアンス規約により、Bランク以上のパーティにおけるライセンス返納には、詳細な理由の聞き取り(ヒアリング)と、過去三ヶ月の戦闘ログの照合が義務付けられております。……ミア様、バックトラッキング(オウム返し)で確認させていただきますね」


私はミア様を真っ直ぐに見つめました。


「『取り返しのつかない迷惑』。具体的には、本日のクエストでどのような失態ミスを?」


「それは……、私が回復のタイミングを間違えて、ゼクスさまの、高価な鎧を壊してしまって……はい。私のせいで、パーティに金貨30枚もの損害が出たんです、はい……」


「金貨30枚、ですか。それは……中堅パーティの半年分の利益に相当しますね」


私は手元の端末(帳簿)を叩くふりをして、彼らの「過去のチケット」を検索しました。

すると、妙なログが引っかかります。


(……見つけました。半年前、このパーティを抜けた前任のヒーラー・サラ様。彼女の脱退理由も……『聖水の大量紛失による多額の損害賠償』。全く同じパターン(テンプレ)ですね)


コールセンターで言えば、これは「同じ手口で返金を要求し続けるクレーマー」と同じです。


「ミア様。その鎧の破損、本当にあなたの魔法のせいでしょうか? 物理的な衝撃によるものではなく?」


「ゼクスさまが、そう仰ったので……。私が、ぼんやりしていたから、はい……」


ゼクスの背後に立つ魔導師カレンと盗賊バルが、冷笑を浮かべてこちらを見ています。

「余計なことを聞かずに早く受理しろ」という無言の圧力。


時計の針は16時25分。

これを放置して受理すれば、私は5分で業務を終えられます。ですが、彼女が「私的従属」という名の奴隷に堕ちれば、後のギルド監査で私の「見落とし」が指摘され、再調査という名の最悪な残業が発生するでしょう。


「……承知いたしました。では、本件を『重要確認事項レッドチケット』として受理します」


私はペンを持ち直し、最高に冷ややかな笑みをゼクスに向けました。


「ただし、鎧の現物を確認させていただくまでは、手続きを完了クローズすることはできません。ルーク!」


「は、はい! アイラさん、お呼びですか!」


新人職員のルークを呼びつけます。彼は私の視線だけで、指示を察して背筋を伸ばしました。


「今すぐ『黄金の天秤』が今日利用した演習場の残留魔力をスキャンしなさい。それと、ゼクス様の鎧の『破片』が落ちていないか、一粒残らず回収してくること……定時までに、ね?」


「了解です! 走ってきます!」


ゼクスの顔色が、わずかに変わりました。

私はあえて彼から視線を外し、ミア様に向けて、最も柔らかなトーン――「同情の共鳴音」を響かせました。


「ミア様。事務職プロとして一つだけ。数字というものは、感情(嘘)をつきません。……17時までには、真実の計算書スコアをお出ししますから、それまで少々お待ちくださいね」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ